休日は心の栄養補給


『悪い。仕事が長引きそうだ』
『了解です。明日早いので先に寝てます』

メッセージアプリに返ってきた返信を確認して、ポケットにスマホを仕舞う。ミーティングに意識を戻せば、隣の席に着いている先輩ヒーローが声を掛けてきた。

「イレイザー、大丈夫か?」
「問題ありません」
「そうか。いやしかし、お前もほんと大変だよな。雄英教師にチームアップ要請。売れっ子は大変だねえ」
「そりゃどうも」

嫌味なのかなんなのか、そんな話を聞き流して適当に相槌を打つ。一応目上だというのに、正直先ほどメッセージをやりとりしたなまえの顔の方が脳内を占めていた。

急に来たチームアップの要請。立場的にも内容的にも断れないそれに参加を決めて、放課後にそのまま作戦ミーティングに向かうことになった。今日は久しぶりに早く家に帰れると思ったのにこれだ。
ヒーローという肩書がある以上、ある程度プライベートが犠牲になることはしょうがない。例えそれが久々の恋人とのゆっくり過ごせる時間だったとしてもだ。

シンプルを極めた返信。普通なら怒ってるとも取れるほどそっけない文面だが、これが別に怒ってる訳じゃないのを知っているから返信のしようもない。むしろ無駄に機嫌をとる必要もない。なまえらしいっちゃなまえらしい。

正直出来た恋人だと思う。同じヒーローという職に就いているからか、学生の頃からの長い付き合いだからか、俺のことをよく理解してくれている。むしろ理解されすぎているというべきか。

「あんま仕事ばっかしてると嫁貰い損ねるぞ、いい歳だろ、お前。彼女のひとりやふたり作っとけ」
「……忠告痛み入ります」

今連絡していたのがその彼女ですが。
そう言いたいのを堪えて何事もなかったかのように社交辞令を返す。人気ヒーロー、アルキミスタのスキャンダルは避けたい。相手が特に俺なら。元教え子と教師の関係なんざ週刊誌のいいネタだ。

なまえと恋人という関係に落ち着いてから数年が経っていた。とてつもなく濃密な3年間は生徒と教師の絆だけでなく、異性同士の関係をも近づけるらしい。
卒業と同時になまえとそういう関係になって、そして気づけばお互い寝食を共にしていた。人生はわかんねえもんだな、とつくづく思う。

隣のヒーローはまだ話しかけてくる。面倒な絡みだ、なんでもいいが俺が早く帰れるように仕事だけはしてくれ。そんなことを考えていたら、ちょうど良く集合がかかった。助かった、と思ったと同時にスマホが震える。

なんだ、と画面をタップすれば、ファイト!というオールマイトのスタンプ。本人は気付いていないと思っちゃいるが、スタンプを送ってくるのは寂しいときのなまえの無意識な意思表示だ。相変わらずいじらしくて可愛いことをする。伊達に何年もお前のこと見てないよ。

幸いなことにこぼれた笑みは誰にも見つかることはなかった。




「ただいま」

寝ているだろうなまえを起こさないように玄関を静かに開ける。寝ているとは分かっていても、それでもつい口から漏れた挨拶はもう口癖に近い。

リビングに行けば、ラップが掛けられた夕食と、「もう食べてるなら冷蔵庫へ。明日の私の朝食にします」というメモが机の上に寂しく鎮座していた。ふと、体育祭の後になまえが家に泊りにきたことを思い出した。あの頃はまだ効率重視の食事をとってたな、そういや。

見かねたなまえがメシを作ってくれるようになってからは、10秒チャージのゼリーのストックはとんと姿を消した。疲れたときに食べる温かいメシというより、なまえと食べる飯が美味くて、気づけば外食も減っていった。

その分、くたくたになって帰って来るなまえを見てなにかしてやりたいとも思って、最近は柄にもなく料理に手を出し始めた。マイクに言ったら笑われたが、俺にだって恋人に何かしてやりたいという人間の心はある。

なにより、与えて貰った分なまえに返せば、なまえは嬉しそうに笑ってくれるのだ。おそらく、俺にしか見せない笑顔を浮かべて。あたたかい陽だまりのような、そんな笑顔を向けられてグッと来ない男がいるか。いねえだろ。

シン、と静まり返ったリビングから扉一枚隔てた奥。微かに人のいる気配はするものの、起きてくる気配はない。相当疲れているか、深い眠りに入っているか。顔を見たいと思ったが、せっかく寝ているのに起こすのも忍びない。
人の気配に敏感ななまえが、こうしてゆっくり寝るのにそれなりの時間が掛かっているのを知っているから、どうにもそれ以上取っ手を押し下げることもできなかった。

「寝てるか……そりゃそうか」

自分の事務所を構えるまでに成長したなまえは、毎日忙しそうにヒーロー活動に追われている。
今日はそんななまえと久々に晩飯を食える予定だったんだが、しょうがねえ。汚れた仕事着を洗濯機に突っ込むついでに風呂に入って、飯を食う。疲れた体に沁みるが、なんだかいつもよりも物足りなかった。

さっと雑務を済まして、寝室に入る。2人で選んだダブルベッドの上で縮こまって寝ているなまえからは一向に起きる気配がしない。いつも向けてくれる目が見れないのは少しだけ残念だった。

足りない。物足りない。なまえが。

吸い込まれるように目の前ですやすや眠る柔らかい頬を撫でる。なに考えてんだ俺は。ガキじゃあるまいし、我儘なんざこの歳で。そう思っていたら、ぴくりと瞼が動いた。

「んぅ……あれ、しょーたさん」
「悪い、起こしたか。ただいま」
「んーん、ふふ、おかえりぃ……」
「なまえ、どうし」

舌足らずに俺の名前を呼びながら、なまえは俺の首に腕を回した。柔らかい肌が触れる所から、少しずつ疲れが解れていくようで、思わず体が固まった。
干したてのシーツ、風に吹かれたカーテンが僅かに立てる衣擦れ、コトコト音を立てる鍋。なんてことはない細やかな日常を享受しているかのような、そんなあたたかさ。

お返しとばかりに腕を回せば、再び聞こえてきた寝息にいよいよ体の力が抜けた。ゆっくりとなまえを起こさないように、一緒に横たわる。途端にさっきまで物足りないと思っていた体が満たされて、そうして解れていくのだからもうどうしようもない。

胸にかき抱いた熱がずっと隣にいてくれればいい。

次の休日はなまえとずっと一緒にいようか。そんなことを考えていたら、ふわりとどこからか香る陽だまりのにおい。それを肺に閉じ込めながら、俺の意識は溶けるように消えていった。





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