適温のわからない熱をぶつけて




「西谷が嫉妬?ごめん想像つかない」
「それな」
「言ってて思った。私も想像つかない」

お昼休み。
仲良しのイツメンで話をしていたら、なんでか分からないけど嫉妬の話になった。女子の話題転換はびっくりするくらい激しくて、正直どこをどうやってこの話にたどり着いたのか忘れてしまった。

それぞれに特定の彼氏を持っている私たちはお互いの恋愛事情を話していたわけだけど、その話題も私の彼氏である西谷夕が出てきた瞬間に完全停止した。
なにしろ彼女である私にも西谷が嫉妬するところが想像できない。きっぱりと想像できないと言う2人に同調すれば、いやしっかりしろ彼女と怒られた。世の中には理不尽が息をひそめている。

なまえは気にならないの、と聞かれて生返事を返す。嫉妬、嫉妬かあ。でも想像できる?あの赤道直下の太陽の如き笑顔と性格にじめっとした高温多湿な感情などあるんだろうか。存在した瞬間消し飛びそうだ。

「なまえ、嫉妬されたくないの?西谷に!彼氏に!」
「んー、別に。なんか西谷にそれ求めても……」
「いやいや、危機感もて?それ飽きられてる可能性あるんじゃね?」

飽きられる。夕に。考えもしなかった。

確かに、毎日メールとか電話はしてるけど2人みたいに放課後一緒にいるわけじゃないし、土日だって夕は基本的に練習だし。全然デートしてないの、部活だからだと思ってたけど本当は違うのかな。
そう考え始めた途端に不安になってきてなんだか胃の奥が重くなった。急に黙り込んだ私に2人が焦ったようにフォローを始めた。

「……げ、元気出してって、なまえ!」
「ごめん、言い過ぎた!西谷もきっと内心は嫉妬してるって――……げ!予鈴鳴ったやばい、次教室移動じゃん!」
「やば!武ちゃんだよ!急ご!」

その言葉に頷いて慌ててお弁当を仕舞う。チャイムが鳴って少しだけほっとした。バタバタと教室へ戻る途中、隣のクラスにいる夕が目に入った。田中と縁下くんと笑っている表情を見て少しだけ寂しくなった。
確かめないと。私のこと、夕はどう思ってるのか。結局、現代文の授業はそればっかり考えていてなにも頭に入ってこなかった。




夕に嫉妬してくれるということが分かれば、私はまだ飽きられていないと言えるんじゃないだろうか。
そう思った私は早速夕にさりげなくアピールすることにした。しかし西谷夕という男は分かりやすく見えて、私の考えるより100倍難しい男であることを身をもって理解する羽目になった。

「夕ー、今日みんなでカラオケ行ってくる」
「おう!楽しんで来いよ!」
「うちのクラスの男子もいるけど」
「? いいじゃねーか!」
「う、ん。行ってきます」

これである。やっぱり嫉妬心の欠片も存在していない。他にもいろんなパターンを試してみた。
夕の前で他の男子と仲良さそうにする、昨日見たバラエティの話で盛り上がる、今度みんなでどっか行こうと約束する。けれど夕は楽しそうだな、行ってこい、と言って笑うだけだった。制限されるよりはいいけど、少しはなんか言ってくれたっていいじゃん、と思うのが面倒な乙女心なわけであって。

やっぱ飽きられてるのかも。
気持ちに折り合いがつかないまま、もやもやとした気持ちを抱えて廊下を歩く。無意識に深いため息が出た。
今日はこの間夕に借りた変な文字Tシャツを返さないといけない。いつも思うけどこのセンスのない文字Tを夕は何枚持ってるんだろうか。

そう思って夕の教室に足を入れようとしたら、後ろから声を掛けられた。聞き慣れない声に誰だろう、と振り向けば私の想像よりもはるかに大きな人がいて思わず肩を跳ねさせてしまった。
でもその特徴的な顎髭とお団子頭ですぐに知っている人だと理解する。そういえば、私この人の苗字知らないなと思って夕の呼び方に倣うことにした。

「えっと、旭さん、ですよね?バレー部の。いつも夕がお世話になってま……あの?」
「いや、なんでも……。そうそう、東峰旭です。これなんだけど、西谷に―――」
「なにやってんすか旭さん!」

渡しといて、と旭さんが差し出そうとしてきた何かを受け取ろうとした瞬間、いつもよりも大きな夕の声が飛んできた。その音の強さにびっくりして旭さんと思わず振り返る。見ればぶすっとした表情の夕が私たちを睨んでいた。え、なに、なんでそんな表情。

初めて向けられた表情に動けなくなった私を置き去りにして、夕が旭さんから荷物を受け取った。それと同時に手を掴まれてぐいぐいと廊下を引っ張られる。夕、と声を掛けても泊らなくて、結局人気のない校舎裏に連れてこられた。

理由が分からなくて、死ぬほど気まずい。どうしようだけが頭をぐるぐる回っていたのに、あまりの気まずさに何を考えたか私の口からは夕ってさ、と言葉が漏れていた。しまった。もう戻れない。

「おう」
「私のこと、どう思ってんのかなー、って」

きょとん、と夕の目が丸くなった。ただでさえ大きな目がもっと大きくなって、芯の強い瞳をまっすぐ見返せなくて俯く。本当はその瞳も、底抜けに明るい笑顔も好きで、どうしようもないのに今はその視線から逃げたかった。
私、やっぱり飽きられているかもしれないけど、夕のこと好きなんだよ。だからさ、ちょっとだけでいいから、もう少しだけ私のこと見て欲しい。

「カラオケとかさ、他の男子と出かけてもなんも言わないじゃん。だから、その、なんていうか夕は気になんないのかな、って」

終わった。

途端に後悔した。重い女じゃん、嫉妬してほしいとか、一番面倒くさいやつ、と心の中で自分を詰る。

言外に滲ませた空っぽな欲望を夕が拾えるか分からない。でも、拾うことに関しては本当にすごいんだと田中が言っていたから、これも拾われてしまうのかもしれない。ああ、でも拾う価値もない、と思われたら。いやだな。

そんな暗くて重い思考回路に陥る私に、夕がぽん、と私の頭に手を置いた。大きい手だ。ごつごつした、固い手。え、と顔を上げればさっきとは違ういつもの太陽みたいな笑顔が広がっていた。

「カラオケも出かけんのも、色んな奴と話すんのも、なまえがしたいことなんだろ?じゃあ俺が止めることじゃねえよ」

あっけらかんと、そう言った夕に思わずぽかんとしてなにも言えなくなる。そうだけど、と言えばにかり、と笑った。本当に太陽のような笑顔だ。

「それに、俺はなまえがやりてーことして、笑ってんのが一番だ!」

そうだ、夕ってこういう人だ。
懐が広くて、人のことを否定なんてしなくて、どんなことでもポジティブに捉えて、負のエネルギーも無理矢理変換してしまうような、そんな人。

そんな夕だから、私は好きになったんだ。バカみたい。嫉妬してほしい、なんて周りに言われて流されて、夕の好きなとこを勝手に消そうとした。
夕の気持ちを疑ってしまった罪悪感が浮かんだけれど、それ以上にどうしようもないくらい好きだなあと、いう気持ちが湧いてくる。

「あ、でも旭さんとか龍とかと出かけたりすんのは駄目だ!名前も呼んで欲しくねえ!」
「なんで!?」

疑ってごめんなさい、と落ち着かせようとしたのに、夕からの言葉に思わず突っ込んでしまった。しかもなんで旭さんと田中限定。
そう言えば夕が何を言っているんだ、と言わんばかりにむっと顔をしかめた。なんで私が怒られる流れになっているんだろうか。そう思っていた考えは次の瞬間、見事に吹き飛ばされた。

「嫉妬するからだ!」

その言葉に体も思考も全停止した。今、なんて言った?
しっと?嫉妬、夕が?へえ、嫉妬、するんだ。うっそだあ。

「は?妬くの??夕が?」
「俺だって男だぞ!好きなヤツが他のヤツと話してんのは気に食わねえ!」

思わずそう聞き返した私に、夕が騒ぎ始めた。しまった、返す言葉を間違えた、と思いながらもさっきと180違うことを言い始めた夕にただ驚く。なんで、好きなことしたらいいって言ったじゃん。私の聞き間違い?

そう思ってさっき旭さんと話したことを思い出す。もしかして、あの時会話に割り込んできた声の鋭さは。
思い返せば男バレと話しているときには、そういうことは何度かあった気がする。私が気付いていなかっただけで、結構、夕は分かりやすく表現していたのかもしれない。だって、と夕が続けた。

「旭さんとか龍みてえなかっけえヤツに!なまえが惚れちまったら嫌だ!」

ハッキリ自分の気持ちを届ける、いつも通りの夕だ。けど、顔が赤い。私も、きっと同じくらい。それだけで私には十分だった。
急に直った自分の機嫌に現金なやつ、と呆れながら目の前の夕の肩に額を押し付ける。人気がないとは言え、学校でこんなベタベタするの本当は好きじゃないし、キャラでもない。のに。

「大丈夫だよ、夕だけだから」
「俺だってそうだ、なまえ以外見てねえよ」

それでも今くらいは、同じ熱を味わっていたかった。





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