どんなときもTPOはとても大事



「だっかっらっよぉ……!さっきから言ってンだろうが!!ここの応用にはこの式使え!!(1)で出した問題の答え使わなくてどうすんだ!!問題製作者の意図をよめっつってんだろうが!!目ン玉付いてんのかクソ髪ィ!」
「いてえいてえ爆豪!目ェある、あるからよ!こっちは!?」
「テッメ……!さっきと同じこと聞いてんじゃねえ!」

向かいに座る上鳴がやんわりと突っ込むのを聞いて思わず顔を上げた。爆豪が丸めた参考書で切島の頭を叩こうとする動作が目に入って思わず目を逸らす。ポコポコと軽い音がするかと思いきや、パァンと良い音がした。隣にいる上鳴と瀬呂の肩が小さくなるのが分かる。

「ひええ……メンタル鋼かよ」
「それな。あ、みょうじ、これは?」
「みょうじ、俺もわかんねえ……」
「ハイハイ。瀬呂君はここの化学式違う、上鳴君はこっち違う」

それぞれの間違っている箇所を指摘すれば、はああ〜、と深いため息が漏れる。いやため息つきたいのはこっちだから。君ら授業ちゃんと聞いてた?と聞けばぎくり、と震える肩。ため息を呑み込むようにコーヒーをすする。
安いファミレスのドリンクバーに設置されているコーヒーはやたらと濃くて思わず眉間に皺が寄った。

「みょうじてめえ面倒なやつ押し付けんじゃねえよ!」
「そうは言われても……」
「俺もみょうじに教えてもらいてえよ!」
「うるっせえ!俺が教えてやっとんだ!ありがたく学べや!」

爆豪の声で周りの視線がきつくなった。無理もない。騒ぎすぎである。もう嫌だ、机を分けてほしい。

「なんでこんなことになったんだ……」




化学と物理ついでに数学もヤバい。教えて欲しい。

上鳴と瀬呂にそう頼まれてなんとなくOKを出した。私も前世で学んだとはいえ、古文や漢文といった暗記系の教科に関してはもうほとんど記憶にない。1人で暗記をしていても気が滅入るし、ちょうどいいか、と話に乗った。

当日、上鳴から指定されたファミレスに入ると同時に聞き覚えのある声がしてきた。先に入った上鳴がぴしり、と固まる。背後で瀬呂も固まっている気配がした。なに、どうした。

「……、あれ?爆豪と切島?え、ちょ、上鳴、瀬呂合流すんの?」
「みょうじ、テメェも付き合えや……!」
「ええ、顔怖……」

ちょいちょい、と指で招くような動作をされれば私よりも先に上鳴と瀬呂がふらふらと向かって行った。まるで上司に呼び出された部下のようだ、と思っていたら爆豪にギン、と音がするくらい睨まれた。分かりやすくご機嫌ななめだ。

渋々席に座れば、目の前には唸りながら真っ白なノートと数式と戦う切島がいた。爆豪は背後に修羅を背負っている。控えめに言ってもブチ切れた上司とやらかした部下の構図にしか見えない。

触らぬ神に祟りなし、と存在感を消して静かに自分のノートを広げた。目の前に座る上鳴と瀬呂は落ち込みながらも同じようにノートを開いた。

そうして話は冒頭に戻る。どうにもそんなことを思うくらいには集中力は切れたらしい。
少し疲れた、と顔を上げると上鳴と目が合った。疲れた顔をした上鳴がにへらと気を抜いたように笑って、空になったコーヒーカップを指さした。

「ドリンクバー行ってくるわ。みょうじ、なんか飲む?」
「あ、じゃあコーヒー。ブラックで」
「おっけ〜、つーか大人だな、みょうじ。カッケエ」
「俺は?」
「自分で行けよ」

コーヒー飲むくらいで、と思ったけど考えてみれば高校生の時にブラックコーヒーを飲めるのは大人の仲間入りをしたように見えていたな、と過去を振り返る。
そういうもんか、と思っていたら上鳴が私の分のコップを攫って行った。チャラく見えて意外と気遣いの塊である。人の懐への入り方といい営業向きだな、と見送れば瀬呂に声を掛けられた。

「なあ、みょうじここなんだけど」

そう言って瀬呂が手元のノートを指す。ここ、と言われても手元が遠いうえに逆さに見えるからわかりづらい。気づいた瀬呂が悪い、と言いながら席を立って隣に座った。ここはこうで、とノートを指させばうんうんと瀬呂が頷く。

ちょっと、ちゃんと聞いてんの、と思って顔を上げればじっと私の顔を見ている瀬呂と目が合った。な、なに……、とあまりの視線の強さに少ししどろもどろしていたら、机に大きな音と共にコップが置かれた。

「か、上鳴おかえり。はやかったね」
「いや〜〜〜、普通っしょ〜〜〜、瀬呂、お前ほんと抜け目ないよなあ」
「なんのことですかね上鳴くん」
「ねえ、話噛み合ってる?」
「てめえら……随分余裕そうだな、アァ?」

地を這うような爆豪の声に上鳴と瀬呂がピッ、とノートに向き合った。鬼教官と化した爆豪がジロリ、と睨んでくる。いや別に遊んでないけど、と言えば爆豪はフン、と鼻を鳴らした。

この男も大概機嫌が行方不明になりがちだ。
あんま触らんとこ、と思って別のノートを開く。ちょうどいい、と爆豪に呼びかければ意外にも素直に視線を寄越した。

「あ、ちょっと、爆豪。古文の範囲どこまでだっけ。これって入ってる?」
「あ?貸せ。……ここは入ってねえよ、こっちまでだ」
「そっか、ありがと。あとこれって係り結び?」
「……ここにこそ入ってんだろ、已然形になんだよ」
「ああ、なるほど。流石」
「……別に」

流石に古文漢文といった暗記ものは記憶の彼方である。細かなルールはいささか不安が残っていたこともあって、隣に座る爆豪にあれこれ聞くと意外にもまともな答えが返ってきた。さっきまでの機嫌の悪さはどこへ行ったのか。まあ、機嫌がいいならなによりだ。

そう思っていたら前に座っていた上鳴があのさ、と呟いた。ア?と返したもののまた機嫌が急降下した。なんだ株価じゃないんだぞお前。自分のご機嫌くらい自分でとりなさい、とは思ったものの黙っておく。

「だってよ〜〜〜、バクゴー……お前近くね〜〜〜?」
「あ?いいからテメェはその10分つっかかってる化学式さっさと片付けろや!」
「10分も掛かってません〜。つーか俺じゃなくて瀬呂の方が性質悪いと思うんですけど〜?」
「おい、余計なこと言うなよ上鳴、ちげーって爆豪。おれフツーだろ」
「いやいやいや!普通??あの距離で?どこがだよ!お前頭おかしくなった??」
「てめえなめとんのか!!」
「やめろ爆豪個性使うんじゃねーよ!」

軽い口論からついには普通に騒ぎだした面子をシカトする。内容は多分私と爆豪の距離感だろうが、なんで君らまで盛り上がってるんだ。
そう思いながら耳にシャッターを下ろす。社会人はオートで聞きたくない話をシャットアウトするスキルを持っているのだ。
それにしても喧しい。少しはノートにかじりついてる切島を見習え、と思って見てるとすぐそばに人の気配が生まれた。

「お客様」

ひやり。明らかな怒気が伝わってきた。はっと顔を上げてももう遅い。三つ巴で胸倉を掴み合っていた爆豪たちが動きをピタリと止めた。

「長時間のお勉強はお控えいただけますでしょうか」

にっこりと笑った店長に、私たちは荷物をまとめるしか出来なかった。





「にしても、みょうじってやっぱ教え方うめーな!」

日もとっぷり暮れた帰り道。方向が同じということで切島が送ってくれることになった。
疲れ切った、という顔をした上鳴と瀬呂は爆豪が連れて帰るらしい。嫌そうな顔をした爆豪たちに別れを告げて街灯に照らされた道を歩いていたら、切島からそんな言葉を貰った。

「なあ、また今度教えてくれよ!みょうじが教えてくれたら試験乗り切れそうだしよ!」
「いいけど……ノートは自分で取ってね」
「うぐ……善処シマス」

笑いながらそんな話をしていたらマンションの前に着いた。じゃあここで、と手を振れば切島もまた明日、と手を振ってくる。オートロックのマンションの扉を潜る寸前、背中に声を掛けられた。振り向くと切島の笑みが向けられる。

「みょうじ!今度は2人で、勉強会やろーな!」

そう言って切島はくるりと背中を向けて走っていった。あっという間に見えなくなる。2人。……2人?
強調された言葉の意味を考えて、思わず硬直した。人生2度目だ、そんなに察しが悪いわけじゃない。まさか、と思ってもそれを問う相手の背中はとっくに見えない。

それでも、最後。いつもの太陽のような笑みとは違う優しい切島の笑みが、なんだか頭から離れなかった。





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