【ご送付】顛末書の提出について

「みょうじ〜、今日のトコノート貸してくんね!?頼む!」
「上鳴くんまた寝てたの?いい加減貸さないよ」
「そこをなんとか!!お願いします!エクトプラズム先生こえーんだって、な!みょうじ様!この通り!」

実習授業の後、着替えて教室に帰る途中で上鳴に捕まった。今日の午後イチで行われた数学の授業のことだろう。確かに眠気は認める。たかがノートだし貸すことも吝かではないが、いかんせん頻度が、その、非常に多い。

それよりもエクトプラズム先生のお小言の原因になっている居眠りをどうにかした方がいい気がするけど、とそう思っていたら背中に衝撃が走った。突然のことに踏ん張りが効かなくて、そのまま目の前の上鳴に倒れ込んだ。上鳴も予想していなかったのか、2人で廊下に倒れ込む。

「いてて……、ごめん上鳴くん、今どくね……え」
「いやおれはだいじょ……ほあ?」


手が離れない。


一緒に倒れ込んだ上鳴の手には私の手が重なっていた。そこは大して問題はない。よくあることだ。
問題は、倒れ込んだ状態から立ち上がろうと手を離そうとしたとき、それが出来なかったことだ。なんで、と思って振り返ったと同時にざあ、と頭から血の気が引いた。
瓶底眼鏡のお下げ髪。確か経営科の、確か、この子の個性って―――!

「ごっ、ごめんなさい!!私の個性『磁力』で……!まだコントロールうまく出来なくて、すいません、お2人はN極とS極になってて離れられないんです、本当にすいません!」

やっぱりか!!!なんていうご都合個性!!しかも今度は強制密着だと!?一体どんな都合だ!!出廷を命じる!!
内心で荒ぶる私を余所に、ぽかん、とした表情で上鳴が繋がった手と私の顔を見比べた。早く事態を飲み込んでくれ。由々しき事態だと苛つく私をそのままに、何を思ったのか上鳴はひゅう、と口笛を吹いた。

「ラッキー!」

いや、全然ラッキーじゃないんだけど。

思考停止の上鳴に思わずつっこんでしまった途端、苛立ちを含んだ大声が廊下中に響いた。アァ!?という輩も真っ青な言葉に思わず3人でぴしりと固まる。脱臼しそうな勢い跳ねた経営科の子の肩がひどく憐れに映った。

ぴきり、と額に浮かんだ血管を隠しもせず、切島と瀬呂を振り切るような足取りで廊下の奥から、修羅、否、爆豪が現れた。

「はわわ……ばくごうだ……」

なんで君がそんなこの世の終わりみたいな声を出すんだ、上鳴。怪獣映画のモブじゃないんだ、止めてくれよ。仲いいでしょ、君たち。
私が呆れている間に、爆豪が上鳴に詰め寄った。被害者なのに可哀想が過ぎる。
合流した切島、瀬呂に事情を話せば、ちゃっかり聞いていたらしい爆豪が経営科の子に詰め寄った。どう見たって事案発生である。

「オイコラそこのモブ磁石!さっさと解除しろや!」
「ひぃ!ごごごごめんなさい!わ、私じゃ解除できなくて……!その、解除できる人呼んできますぅうう!!」

そう言って廊下を全速力で駆けて行った後ろ姿を目で追う。大丈夫かみょうじくん俺も行ってくる大人しく待っているんだぞ!とドップラー効果を体現しながら、飯田も職員室に向かって行ったからまあ、大丈夫だろう。
爆豪や切島のときみたいに人気のないところで起きた事故でもないし。ぞろぞろと爆豪たちの奥から現れたA組の面々を見て内心でほっと息をつく。

いい加減このご都合主義にも慣れたというのもあるが、今回の私には絶対の自信があった。今日は相澤先生がいる、というのもあるが、万が一な事態になっても上鳴相手なら遠慮しないだろうと予想が付いた。
主に、この2人が。

「みょうじ大丈夫か?」
「ん、たぶん今のところくっつく以外問題はないけど……あの、轟くん、この手は一体」

いつの間にか来ていた轟にぐい、と上鳴とくっついていない方の手を引かれて立たされる。礼をいいつつ出てきたその疑問を投げかけた。
いや、ほんとに、なんでずっと握っているんだろうか。今更手を繋ぐぐらいじゃなんとも思わないが、いつになったら離してくれるんだ。私を立たせるなら上鳴も立たせてやればいいんじゃ……。

そう思っても轟は上鳴に一切視線を向けなかった。その徹底ぶりが逆に怖い。横で上鳴が俺の手は…、と目をすぼめて小さく呟いた。上鳴のお尻はまだ廊下に張り付いたままである。

「……みょうじは嫌か?」
「嫌じゃないけど、なんでかは気になるかな……」
「ワリィ……なんか、……その、モヤッとした」
「漠然としてるね……」

動機が本人にも分からないのではどうしようもない。捨て置かれた上鳴はさておき、言外に手を離してほしいと言ったのだが、どうやら聞こえていなかったらしい。いや、違うか。遠回しな表現が伝わらなかっただけか。失敗した。

「漠然、としてるわけじゃねえが、俺は―――」
「くっそ、テンめぇら!イチャ付いてんじゃねえぞクソ、コラァ!!」
「情緒どうした」

BOOMB!!と手を爆発させた爆豪に思わず突っ込んでしまった。どこをどう見たらいちゃついていると見えるんだろうか。小学校2年生じゃないんだ、今更手をどうこうしたからって喚かないでほしい。

「なにイライラしてんの爆豪」
「うっせ!テメーこそなに鼻の下伸ばしとんだ!」
「いやそれむしろ上鳴……」

爆豪にそう言えば目尻を直角に釣り上げた。そもそも鼻の下を伸ばしているのは私ではない。言いがかりだ。理不尽の極みである。そもそもなんで爆豪はこうもキレ散らかしているんだろうか。はあー、と深いため息を溢せば爆豪の額にさらに血管が浮いた。

「爆破したらァ!」
「待て爆豪、今爆発したらみょうじも巻き添え食うだろ」
「うるっせえ!俺に指図すんじゃねえよ!」
「むしろやんなら上鳴じゃねえの?」
「おおおおれかよ!?切島ァ!!俺だって被害者だろ!?不可抗力だって!理不尽すぎねえお前ら!?」

さっきラッキーって言っていたことは黙っておいてあげよう。

「俺とみょうじは今一心同体だもんね!俺をやればみょうじも傷つくことになるぞ!いいのかよお前らァ!」
「上鳴くん……君のそういうところ嫌いじゃないけど」

爆豪と轟に睨まれた上鳴がガタガタ体を震わせながら私の手を強く握って、私にぴったりとくっついた。目の前で瀬呂と切島が呆れたような視線を向けてくる。言いたいことは分かる。
なんだろう、どうしても否めない小物感。少なくともヒーロー科が言っていいことではないだろうな。そう思っていたら爆豪の後ろから鋭利な言葉が聞こえてきた。

「最低ね、上鳴ちゃん」
「ちょっと、なまえちゃんになにしとるん!?上鳴くん!」
「いーぞ!もっとやれー!なまえを押し倒せー!」
「待って、透と三奈はどうして写真を撮っているの??」

梅雨ちゃんの最低、という絶対零度の言葉によって上鳴が石化した。怯えたりショックを受けたりと忙しいな。
ひゅーひゅーと囃すような三奈と透の声が聞こえてきたと思った瞬間、ばああん!ととんでもない勢いで扉が開かれた。そうだ、しまった、ここB組の前だった。

「あれあれあれェ!?流石A組!人様のクラスの前で落ち着きなく騒ぐなんてヒーローにあるまじきじゃないかい!さあ、僕のみょうじさんの手を、今、すぐに!離したらどうだいAぐみ゜……っ!」
「お前はかき乱すことしかしないから黙ってなって、物間」
「悪いな、みょうじ……」
「一佳に泡瀬……、いつもありがとう」

秒速で沈められた物間くんには悪いが、彼が出てくるとややこしくなるので静かにしておいてもらおう。主に爆豪だけだけど。その後も私を置き去りにしてぎゃあぎゃあと廊下で騒ぐみんなを元気だな、と眺める。刹那、背中に寒気が走った。こ、これは、これは来る……!

嫌な気配を感じた。反射的に即座にその場を離れようにも、上鳴と手が繋がれた状態になっているせいでその場から動くこともできない。しまった、普段なら逃げられるのに上鳴がいたんじゃどうにも逃げ切れない!立て、ほら!逃げるぞ上鳴!!相澤先生に見つかったら面倒なことにしか。

「お前らいい加減にしろ。……どこ行くつもりだ、みょうじ」
「あ、いえ……その」

終わった。
観念して肩を落とす。いつの間にか梅雨ちゃんや切島たちは消えていて、廊下には騒いでいた3人と私だけが取り残されていた。私は悪くない!むしろ被害者です!情状酌量の余地を!

「爆豪、轟、それに上鳴、みょうじ。お前ら、罰として1週間の寮の掃除だ」






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