交換条件は華金のビール奢りで



お好み焼き大会が開かれることになった。らしい。

部屋で積読と化していた本を読んでいたら、外からモモに控えめに声を掛けられた。なんだろうか、と首を傾げてもモモの態度はハッキリしない。そのままちょっとよろしいでしょうか、と手を引かれてあれよあれよという間に寮のリビングへ連れてこられた。

事態を全く理解できないまま、キャベツを2玉抱え込んだお茶子に待ってましたとばかりに迎えられた。嫌な予感がする。なにしろお茶子の目が爛々と光っているのだ。こうなったお茶子は、静かに絡んでくる爆豪と自分の感情に処理落ちした轟並みに厄介なことを私は知っている。

なんとか逃げられないだろうか。
爆豪たちも仮免補講でいないし、大多数はどっか出掛けている。どうせキャベツ切る係をやらされるんだろうことはメンバーを見て簡単に想像がついた。合宿ぐらいでしか包丁握ってない面子だと見る。これはいただけない。

そう思いながらダメ元でいやちょっと今忙しい、と部屋に戻ろうとしたが、今回に限ってはお茶子の方が素早かった。

「私、こういうこと初めてでして……その、なまえさんも一緒にどうかしらと思いまして……!」
「………………………………わかった、やろうか」

結論、モモを使ってくるのはずるい。
普段からモモにはお世話になっているし、普段クラスを取りまとめてくれる才女の可愛らしいお願いを私が断れるわけもなかった。そもそも私は後輩に弱い。土台無理だった。

なまえちゃんはい!とお茶子から笑顔で渡されたキャベツは異様に重かった。流石、いいキャベツを選んでいる。





「あっ、瀬呂くん、尾白くん!そっちちゃうで!」
「見よ!ピヤングで鍛えた俺のマヨビーム捌き!」
「かつおぶしのペース配分ミスったわ」
「キムチいれよーよ!キムチ!!」
「もちチーズだろ!!」
「蠢く悪魔の触腕……」
「常闇ー、こっちにもイカちょーだい!」

わいわいがやがや。
数人しかいないというのにも関わらずリビングはお祭りのように賑やかになっていた。そういえば学園祭はもう少し先だったか。そんな賑やかな声を聞きながらシンクの中のボウルたちを洗う。

私の経験上、洗い物は先にやっておいた方がいい。加えて共有の場所だということを考えれば、早めに片付けておくに越したことはないだろう。
2玉は多すぎじゃないのか、と思ったキャベツは気付けば見事に全て無くなっていて、高校生の胃袋の強さをしみじみと感じた。私も食べる方ではあるが男子の勢いにはやはりかなわない。

何度目かのお好み焼きをひっくり返すせーの、とはしゃぐ声が聞こえてきた。思わずその光景が平和すぎて笑いが零れる。

「はは、賑やかだねえ……」
「みょうじ、食べなくていいのかよ」
「瀬呂くん、今行くよ」

1人で感傷に浸る私にそれまでお好み焼きに集中していた瀬呂が顔を覗かせた。どうやら私を呼びに来たらしい。そんなにお腹もすいているわけでもないので、最後の方にちょこっともらえればいいと思っていたが瀬呂は許してくれないらしい。

「つーか洗いもんまで、ホント、いつもサンキューな」
「勝手にやってることだから大丈夫だよ、気にしないで」
「気になるっつーの。俺にも手伝わせろって」

そう言って、瀬呂は棚から別の布巾を取り出した。これである。
私は案外この男のまめまめしく、気が利くところを気に入っていたりする。なんとなく派手な個性を持っている爆豪や轟に目が行きがちだが、人間は個性が全てではない。むしろ人間性の方が重要である。

いくら顔が良くて強個性でも人間性に問題アリはごめんである。前世でそういう人間に散々な目に合わされたとあって敏感には感じている。こっちの世界にも多少はいるが。そう、赤い羽根のあんたですよ。募金箱用にその羽根むしってやろうか。

思考を飛ばしながら、2人で濡れた皿を拭いていく。リビングから聞こえてくる声は変わらない賑やかさを持っていた。そんな賑やかさとはすこし離れて2人だけでいるキッチンは意外と心地良かった。

「みょうじが来てくれると思わなかったわ」
「やることないわけじゃないけど、まあ、たまにはいっかな、って」
「じゃあ、俺が誘っても良かった?」
「もちろん。瀬呂くんだったら断らないよ」

正直なところ瀬呂だったら大歓迎だ。よく人のことを見てるし気も利く。そう思って返せば、ぴたり、と皿を拭く手が止まった。

「へー……みょうじ、それってどういう意味?」
「せ、瀬呂……?」

どういう意味もなにも。瀬呂なら安心できるし、多少の無茶なお願いを聞けるくらいには信頼している。そういう意味だ。
普段は爆豪たちと一緒にいることが多いけど、交友関係が狭いわけじゃない。それに、本当に突っ走りそうなときはきちんと言葉で、冷静にストップをかけられる。

仮免の時だって、あの時はきちんと自分の個性が誰かの助けになることを考えて、爆豪たちから離れてクラスメートのサポートに回った。そういう意味でもきちんと周りが見えて、気を利かせられる男なのである。
私としては最大限褒めたつもりだったが、何か気に障ったんだろうか。ワントーン下がって聞かれた言葉の真意が読めなくて少し焦った。

「じゃあ、今度一緒に出かけようってっつても行ってくれんの?」
「え、ま、まあ、いいけど」
「2人がいいっつったら?」

これは、その、なんだろうか。あえて2人でということは、そういうことなんだろうか。
いやでも高校生だろう?一緒にどっか行くなんて別に普通じゃないか?いや、普通なのか?もう最近の高校生が分からない。
しかし、相手は瀬呂である。そんなことあるんだろうか、この男が私に?いや、ないでしょ。

急に真剣な表情でそう言ってくるから柄にもなく心臓がどきどきと脈を打っている。相手は高校生だ、と思うけど自分も高校生だと思い返してなんだか急に逃げ場を失ったような気分になる。

詰められると逃げたくなるのが人間の性だから、私も逃げたくなる。でも瀬呂の視線とキッチンに充満した空気がそれを赦してくれなかった。

「みょうじが俺のこと男としてみてねーの、なんとなく分かってっけどさ」

そう言って、瀬呂が少しだけ体を寄せた。逃げ場を奪われたような気がして足を引こうとした瞬間、そっと手を取られた。思わず息を呑むと同時に、さっきと比べものにならないくらい早い速度で心臓が脈打っていた。

うそだ。さっきまで気に入ってるくらいだったのに。なんでこんな急に。

「俺が、みょうじのこと狙ってんの、覚えといてくれな」

囁かれるように呟かれたその言葉は、2人だけのキッチンにころりと落ちる。ひっそりと秘密と一緒に重ねられた手の熱さだけが、どうしてか痛いほど胸の奥にじんわりと滲んで、全身を駆け巡って行った。






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