推しが頑張れって言うから頑張る



「出張?」
「うん、そう、海外に」

担当しているアイドルユニットの海外ロケに同行することになった。行き先はアジア数ヵ国で、期間は1週間にも及ぶ。正直信介くんの元を1週間も離れるのはしんどい。
でもあの子たちにこんな大きいバラエティの仕事は初めてだからとても嬉しかった。話が来たときには思わず飛び上がってしまうほどに。

「海外か、新婚旅行以来やんな?」
「確かに。そうだね、久しぶりだなあ」

ソファに腰掛けながらそうこぼすと、隣に座る信介くんがしみじみと呟いた。
最後に海外に行ったのは新婚旅行でだっけ。結婚する前は新婚旅行に行くか悩んでいたのが懐かしい。
信介くんの農家のお仕事が忙しいのを知っていたから私は無理に行かなくても良かったんだけど、そういう妥協とか遠慮を許さないのが北信介である。

仕事から帰ってきたら信介くんがきちんと姿勢を正して、どこがええ? とずらり、とパンフレットを差し出してきた。国内から国外まで網羅されたそれに思わずびっくりして正座したっけ。その数秒後に姿勢は崩されたんだけど……。

「なまえとの新婚旅行は一生に一度しかないんやで。こっちのことはちゃんとやっとくから、なまえは行きたいとこ決めて、楽しんでくれたらええ」

あ〜〜ほんと私の推しが仕事でき過ぎてやばい〜〜!今思い出しただけでもにやける〜〜!
あの時の信介くんかっこよかったし、旅行行程もばっちりすぎて最早プロの領域!!新婚旅行は最高でしたありがとうございます!!

思わず思い出してしまってにやけていたら名前を呼ばれて現実に引き戻された。あぶ、危ない……。変な顔見られるとこだった……。

「……ごきげんやんな」
「うん、ふふ。楽しみ」

そんなわけで、私は1か月後の初海外ロケに向けて意気揚々と準備を進めるのだった。





「パスポート持ったか?薬も大丈夫やんな?」
「うん、大丈夫だよ!信介くんも朝早くからごめんね、車まで出してもらっちゃって」
「かまへんよ、どうせ収穫も終わって繁忙期ほどやることもないしな」

海外ロケ出発当日の朝。
まだ空が暗いくらいの早い時間なのにも関わらず、私を送ると言って聞かない信介くんは案の定、私よりも早く起きてきちんと出発の準備を開始していた。

わかります??なまえ、起きてや、とやっっっっさしい声で起こされた私の気持ちが!!前日ギリギリまで仕事をしていたせいで起きれるか心配だなあとこぼしたら案の定!!やっぱり私の推しが仕事できるし優しいし最高〜〜〜!!!

「それにな、」
「うん?」

そこまで言って信介くんが私を見て、ふにゃ、と表情を崩した。ヴァッ!?!?!

「なまえとデートみたいで俺は嬉しいで」

ヒエエ……!
そそそそういう不意打ち困ります、あああ困ります〜〜!!デートみたい??え、待って空港まで送ってくれる道のりすらデートと称してくれるの??ささやかな日常の中に特別を見いだす推しの着眼点がはんぱない〜〜!!すき!!!

あああ〜〜と悶えているうちに空港の出発ゲートに着いてしまった。あっという間だったな……推しとのドライブデート……。しょんぼりしながら、車を降りて荷物を取り出す。スーツケースはそれなりの重さになっているけど、あっさりと信介くんが車から下ろしてくれた。すま、スマート〜〜〜!!

「それじゃあ信介くん、行ってくるね」
「おん、気をつけていってき」

ありがとう、とお礼を言って歩き出そうとしたら信介くんに手を引かれた。忘れ物でもしたかな。ちゃんとチェックしたんだけど。

「なまえ」
「? なに、信介く」

振り返ったらそのまま信介くんにぎゅう、と抱き締められた。エッ。うそ、わたしいましんすけくんにぎゅうされてる。なん、え?は?

思わずかちん、と固まった私に信介くんがくすくすと笑った。アッアッ私の好きな笑い方です〜〜!!なんて幸せそうに笑うんだ私の推し〜〜!!

信介くんの匂いに包まれて心臓がドキドキと音を立てる。き、聞こえちゃってないかな、どうしよう、心臓破裂しそう……!そう思っていたら、信介くんの大きな手が頬に添えられてくい、と上を向かされた。

まっっっって!!なんて優しい顔をしているの私の推し!お待ちください、あの、そんな甘い笑顔照れるっていうか照れます!!ほら見て私力一杯信介くんのコート握り締めちゃってるから!余裕ないから!

しかしながら。北信介はこれで終わる男ではなかった。

頬に添えられていた手が前髪を掻き分けたと思ったら、ちゅ、と可愛い音と、額に当たるしっとりとした熱。エッ。
ぴし、と固まった私に信介くんがしてやったりと言わんばかりの笑顔を向けた。

「充電。続きは帰って来てからや。――ええ子にしとるから、はよ帰って来てな、なまえ」

そう言った信介くんは追撃とばかりに頭を撫でた後、車に乗り込んで颯爽と帰っていった。迅速に所用をこなしていく推し流石過ぎない??もうめちゃくちゃ仕事できる人じゃないですか??うん。はい。


ねえ整理できないんだけど今何があった??


もう一度思い返そう。はい終了。
聞いて良い?ええ子にしとるって自分で言ったよね??間違いないよね??ねえ待ってなにそれ??えっ。ええあああ、おっ、わっ、私の推しいいい!!!
思わず足から力が抜けてその場にしゃがみこんで顔を覆う。

わ、わっ、わたしの推し兼旦那さんが!!こんなにもあざとくて可愛くてもう、ほんと、ああああ好き〜〜!!どうしよう出張行きたくない〜〜!!でも推しに頑張れって言われたらもう頑張るしかない〜〜!!

やばい、にやにやが止まらない!どうしようこんな顔あの子たちに見られる訳には…………へっ、平常心、平常心……!…………だめだ〜〜!!にやける〜〜!!

「ふへへ、はあ〜〜私の旦那さん最高〜〜〜」

これでどんな過密スケジュールもこなせる!!!待ってて信介くん!!なまえは仕事をやり遂げてお家に帰ります!

「あっ!プロデューサー!いたいた、って、……もしやこれは旦那テロ!旦那さんにやられてるプロデューサーかっっっわ!!フォロワーのみんな私の推しを見ろ!!」





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -