肌色含有率と死亡率は比例する



「あ〜、も〜、さいっあく……!」

大きな雨粒が地面を割るように叩きつけられていた。紛ことなきゲリラ豪雨だ。しかも家まであとちょっと、逃げ場のない住宅地。最悪、と何度嘆いても雨足は強くなるばかりで止む気配は一向に見えない。

洋服どころか靴の中までびしょびしょ。思い切り踏みつけた水溜まりも気にならないくらいには濡れ鼠。こんなことならお母さんに言われた通り折り畳み傘を持っていけばよかった。天気予報じゃ雨は降らないって言っていたから油断したなあ、とひたすら足を前に動かす。

唯一の救いは楽器を持って帰ってこなかったことくらいかもしれない。流石にあんな重い楽器を背負って走ることも出来ないし、不幸中の幸いだ。本当に良かった。
でも夏とはいえこんなにびしょ濡れになったら風邪のひとつやふたつ引きそう。演奏会が近いからそれだけは避けないと。

「う〜〜さむいさむい!ただいま〜」

ようやくたどり着いた家に飛び込む。乱れた息を整えていると、スカートの裾から落ちる雫が玄関に広がっていった。思ったよりも酷い。
ひとまずバスタオルとってもらわないと、と思っていたら玄関に靴が自分のものを含めて3足しかないことに気付いた。
そのうち2つは全く同じ、大きくて踵が潰れたローファー。雨で色の変わったそれぞれが雑に転がっていた。弟たちは既に帰ってきているらしい。

「あれ、お母さんの靴がない……買い物かなあ」

弟たちの賑やかな声も聞こえないということは、部屋にいるんだろうか。そうなると、びしょびしょのままお風呂場までいかないといけない。まあ濡れたとこは拭けばいいだけの話なんだけど。それより。ちら、と廊下の奥に視線を滑らせる。

しん、と静まった家に少しだけ背中がざわついた。
雨のせいで家の中は薄暗いし、2人の賑やかな声が聞こえないせいか、いつもの家じゃないみたいで少し怖い。二重の意味で寒くなって体がぞわりと跳ねた。途端くしゃみに襲われる。
びびってる場合じゃない、とお風呂場へ向かう。

「ま、まあいっか、早くシャワー浴びてあったま……」

ろ、と続くはずだった言葉は脱衣所の扉を開けた瞬間にトんだ。

「あ」
「ファ」

…………………………えっ??
明るい脱衣所には見慣れたグレーの髪。あっ眩し……?んん?
しっかりと目の合った治のいつも眠たそうな目はきょとんと大きくなっていた。美味しそうにご飯を食べている口は半開きで、わかりやすく混乱している表情。ヴッ!!!しんどい!!なのその表情!!しんどい!!
いやでも問題はそんなことじゃない。

裸。はだかなの。何が起きたかわかんないでしょ?私もわかんない。いや上半身だけですけどね、やっぱり裸なの。は?幻覚?なんなの?視界の肌色含有率高すぎませんか??

これ、私やらかしたのでは。

「ぅぎ、あ、う、ゴエンナシャイ!!」
「あっ、なまえ……!ふく」

ドバギャァンという盛大な音を立てて扉を閉めた。治が何か言おうとしていたけど、違うよ!それどころじゃないんだよ!
びっくりした!いやまじでびっくりした!R18かと思った!!
しまった!二度見する前に閉じちゃった!!エッどうしようもう1回開けたい!いやだめだそうすると眼福で私が死ぬ!いや生きるけど!

アアアどうしよう!最推しである前に彼は弟!肉親の肉体に心躍らせることがあっていいの??いやそれはそうとすごい体でした。ごちそうさまです。

ちょっとねえ、改めて考えて?治の肉体美やばくない??彫刻、いやもはや美術という概念。私の最推しはいつのまに文化財的価値を得たんだっけ??
ちなみに、どこの美術館に寄贈されてるの??ルーブル?ルーブルだよね?もちろん入ってすぐの正面でしょ?全人類見ろよってとこに置いてるんでしょ?ていうか腹筋!!

あああでも最推しの上半身美しくて隙間という隙間に万札捻じ込みたい〜〜〜!!おひねり、おひねりさせて〜〜〜!

心臓を抑えながら廊下に蹲る。だめだ、心臓が押しつぶされそう。そうだ、水。ひとまず水を飲もう。水を飲んだらなんとかなる気がする。
なんとか居間に続く扉に手を掛けて押し開けると、今度は見慣れた金髪がぱちくりと目を瞬かせてこっちを見ていた。

「お」
「ハェ」

…………………………えっ??
私いつの間にループした??いや違う。さっきと顔も違うし、色も違う。なによりさっきより視界の肌色含有率が跳ねあがった。は??ねえまってまって、く、苦しい!心臓が既に苦しい!

「し、シュ、しちゅれいしました!!」
「あっ、なまえ……!ふく」

バァアン、と盛大に音を立てて扉を閉めた。
し、しまった、ついうっかりすごい勢いでドア閉めちゃったよ!!え、でも開けたい!もう1回……いやいや、開けたら死ぬ!確実に私が爆発四散する!

いやだってね??まさか上半身どころかパンイチの最推しがいるなんて思わないじゃん??なんで??全部脱いだ??いやわかるけど。でも服着よ??私が死ぬから。
というかここにも美術品あったんですけどいつから我が家は美術館になったの?オルセー?オルセーなの??もう美じゃん。圧倒的美の概念なんですけど!?

知ってる?供給が多すぎるとオタク死ぬよ??でも眼福でした。ありがとうございます!それにしても太腿とふくらはぎが大変けしからんかったです、隊長!

なんて日だ!こんな1日に2度も芸術鑑賞をしていいの?やばい、いくら、拝観料いくらですか!?
ああああ今すぐ豪雨の中に戻って天に向かって叫びたい!全世界に感謝したい!推しを生んでくれてありがとう!圧倒的感謝!

ぐうう、と崩れ落ちそうになる足をなんとか押しとどめて心臓に手を当てる。痛い、心臓が、はあ、ああ〜〜やばい。ほんと過剰供給すぎてぐちゃぐちゃ……。だって2人揃ってバキバキの腹筋……!はい、軽率に死。あまりにも死。

で、できるなら……あの腹筋と太腿、触りたい、触ってみたい……!許される?いやいや、私如きが最推しの裸体に触れるなど許されるわけがない。堪えろ、イエス!推しNO!タッチ。法に触れてはならない!

考え方を変えよ??公式では見えなかった双子の裸体。普通に考えて見れただけ幸せでは?いけない、このままでは強欲なただのオタクになってしまう……。推しに迷惑を掛けるのだけは、駄目、絶対。

まずは落ち着こう。そうだ、寒いから着替えなければ。うん、着替えないと。えっと、着替えなきゃいけないから、まず脱ぐ。そう、脱がないとだめだから、脱がなきゃ。
内心で自分に声を掛けながらシャツのボタンを外す。全部外せた。うん。キャミソールまでびしょ濡れだ。知ってた。着替えないや。……、あれここ廊下だけど、うん、まあでも脱がなきゃだよね。

……いや、ちょっと待って、なんで脱ごうとしてるの私?着替えもないのに?廊下で?いや、まってよ、おかしいよ私。やばい、どうしよう、唐突な推しの供給に順調に狂って来た。私なに、え?どうしたらいいんだっけ?

「へっ、くし!」
「「風邪ひくでなまえ!?」」

這い上がってきた寒気にしてやられてくしゃみを落とせば、今度はボカァアン!ととてつもない勢いで扉が開かれた。ひぎゃあ!!!まって、まって!!なんで2人ともまだ服着てないの!?殺す気!?あああまって私も今はやばい!

「「「アーーーッ!服〜〜〜〜!」」」

直後帰ってきたお母さんに近所迷惑と拳を落とされて、結局私だけが風邪を引く羽目になってしまった。




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