今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます



「期末試験のV見たぞ、イレイザー。A組は相変わらず対応力あるな」
「ブラドか、俺も見たよB組のV。いい感じに伸びてきてんな、個性」

ブラドにそう言われて思わずキーボードを打つ手を止めた。ちょうど集中力も切れ始めていたところだ。コーヒーを一口含んで、ブラドと少し話をすることにした。

自分の受け持つ生徒はもちろんだが、他のクラスの生徒も気になりはする。特に期末試験は1年前期の集大成だ。去年よりも格段に難易度の上がった試験をどうクリアしたのか抑えておきたい。……まあ、結果的にA組は赤点続出だが。

仮免取得を前倒しする話もあることだ。なんにせよ合宿は全員地獄だな。

「しかしみょうじは圧巻だったな。マイクは油断しすぎじゃないか?」
「俺は可愛いみょうじのためにだな」
「おい生徒を口実にすんなマイク」
「シヴィー……」

ブラドからみょうじの話題が出た。こいつまたか。俺が言うのもなんだが、あんまみょうじばっか注目すんなよ。まあ、俺はどブラドとは違う意味でみょうじから目が離せねえと思っちゃいるが。

期末試験の中でも、みょうじの試験の難易度は他の生徒に比べて数段上に設定した。そのせいか職員室でも話題に上がってほとんどの教師が試験のブイを見たらしい。つまりマイクの情けねえ姿も見られたわけだ。

多少手を抜いたとはいえ、みょうじに昏倒されたのは少なからずマイクのプライドを刺激したらしい。
手が空いた際に他の教員と訓練する頻度を少し増やしたマイクはセメントスと連れだってどこかへ行った。大方今日も秘密の特訓だろう。

次は負けねえ、とリベンジに燃えるマイクを見たら顔をひきつらせるみょうじが簡単に想像ついた。嫌がるだろうな、あいつ。

しかしあの面倒事からとことん逃げる癖はどうにかなんねえものか。まあ、合宿でしごいてやるから覚悟しろよ、と合宿要綱を見ながらコーヒーを啜った。

「……個性の扱いも抜きん出ているが、不利な状況を把握しての判断力と対応力には目を見張るものがあるな。普段の授業での他生徒との共闘も悪くない……なんで学級委員に選ばれなかったんだ」
「生徒の自主性を尊重しただけだ。あの頃はあいつまだ猫被ってたしな。面倒だと思ったんだろ」

委員長をやりたいという人間が圧倒的に多い中でみょうじは手を挙げず、クラスのやりとりを見守っていた。学級委員長を決める、と言ったときの虚無顔を俺は未だに覚えている。

「なるほど。まあ、優等生2人でやりやすいだろ。B組も拳藤のおかげでだいぶやりやすいしな……まあ物間はいるが」
「あいつな……」

こっちにも爆豪やら緑谷やらいるが、物間はまた別格だな、としみじみ思った。まあ聞き分けがいいのは大分助かっちゃいるが、権力に屈しやすいところはなんというか……子供というより社内政治に精通したサラリーマンのようで些か心配にはなる。お前まだ子供だろ。

そう思っていたらブラドが沈黙した末にぽつりと零した。

「なあイレイザー」
「断る」

始まった。ブラド、おまえしつこいぞ。

「みょうじはB組に居ればバランスが完璧にならないか?」
「ならない」
「物間は大人しくなるし、拳藤も頼れる相手ができるだろうし。どうだ、A組は八百万がいるだろ。保護者枠」
「拳藤がいるだろ」

ブラドはどうしてもみょうじをB組に引き込みたいらしい。事あるごとにみょうじを前期課程が修了して尚これだ。いまさら生徒を移籍させてどうする。

「それにあの状況判断力能力はきっといい効果を生むはずだ」
「そうか」
「だからイレイザー、みょうじをB組にくれ」
「断る」
「みょうじをB組にくれ」
「何度も言わせんな。おまえ何かにつけてみょうじを引っ張っていこうとするのやめろ」
「頼むイレイザー!」
「やだね」

この堂々巡り。ミッドナイトさん、違います。取り合いじゃないです。めんどくさいなおい。誰かこの人止めてくれ。
そう思った瞬間、失礼します、という声が聞こえてきて職員室の扉が開かれた。なにも、よりによってこのタイミングで来なくてもいいだろうが……!

「あ、相澤先生」
「おお、みょうじか。この際みょうじに聞くぞ俺は」
「勝手なことすんな。今さらクラスのバランス崩すんじゃねえ」
「なんの話ですか……本人置いて行かないでくださいよ」
「みょうじ、B組に来ないか?」
「B組に?」

訝し気に首を傾げたみょうじが言葉の意味を理解してブラドに笑顔を向けた。なかなか見ないみょうじの無邪気な笑みだ。思わず目を見開いたのは、それに加えて俺の袖が引かれる感覚が重なったからだ。

「高く評価して頂いて嬉しいのですが……まだまだ相澤先生の元で勉強させてもらうことが多いので」

お気持ちだけいただきます、と返すみょうじに流石に呆れた。こいつ社会人としてほぼ満点の回答してきやがって。どこで身に付けてきやがったその処世術。前世がサラリーマンとか非現実的なわけあるまいし。まあ、そうだとしたら妙な納得感はあるが。

みょうじは今までに出会ったことのない、不思議な生徒だった。子供らしくない老成した精神。15歳というよりも大人と言われた方がしっくりくるそんな生徒。一癖も二癖もあるA組の生徒の中でもずば抜けて厄介。

だが。なんだかんだ俺の袖を握るこいつに頼られるのは、存外嫌ではないらしい。くい、と引かれる弱い力に、マフラーの下で少しだけ笑みをこぼした。





「失礼しましたー」

ガラ、と職員室の扉を閉めて廊下を歩く。期末試験が終わってから夏休みに入るまでの僅かな期間。浮足立つのは生徒だけではないらしい。

たまたま用があって立ち寄った職員室でまさかあんな絡まれ方をするとは思っていなかった。B組への移籍を誘われて断ったものの、正直なんて面倒な話を吹っかけてくるんだと思った。答え方によってはどっちかの機嫌を損ねる状況だったのも面倒くささに拍車をかけた。

引き抜きはこっそりやるのが定石ですよ、ブラド先生。評価されるのは悪い気はしないが、状況が悪すぎた。余計な気を使ってなんだか疲れた。

「あほらし……どっちでもいいわ……卒業後の進路には変わりないし」

どっちが担任だろうと卒業さえできれば付く箔は変わりない。安泰な引退生活にはさほど影響は出ないはずだ。
――まあ、相澤先生の合理主義は嫌いじゃない。どうせ強くなるなら考え方が近い方がいい。ブラド先生。うん、……うん。

「やっぱ……担任が相澤先生で良かったな……」




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