ごめんね、花泥棒

ざわめきと人のごった返す会場。
今日は3年が引退してから初めての公式戦。2月の空はまだまだ寒いのに、室内は熱気で熱いくらいだった。空いたスペースに鞄を置いて準備にとりかかる。私も私の仕事をしなきゃ。

「コーチ、私手続きしてきますね」
「おう、みょうじ頼んだ」
「俺も行くか?」
「いーよ、主将はみんなのこと見てて」

そう言って会場の奥に向かっていく。通路を進むと見慣れた学校のジャージなんかがちらほらと視界に映って思わず目を引いた。伊達工、烏野と内心で背中のジャージを読み上げる。私の高校はいわゆる弱小というやつだから、強豪校って憧れる。ただ1校を除いて。
警戒していた目立つ色のジャージはまだ見えない。ラッキー、今回は出ないのかも。よっしゃ、と内心でガッツポーズしたその時。

「あ、なまえちゃーん!久しぶり〜」
「うげ」

思わず顔が歪んだ。

「どちら様ですか」
「敬語ヤメテ!なまえちゃんの及川さんだよ!相変わらずの塩対応だね〜」

いいね、と言わんばかりの笑顔と対照的に私の顔がすんっ、て能面みたいになっていくのを感じる。あなたのものになったつもりなんてさらさらないんですけど。ていうかどいて、と思いながら睨み付ける。

「なんの用、及川徹」
「え〜、好きな子に声かけちゃいけないの?いい加減俺のこと信じてよ」

そうにっこり笑う及川はムカつくほど顔面偏差値が高くて、なんでこんな人が可愛くもなければ美人でもない私に構うのか。心底不思議でしょうがない。

大会の度に絡んでくるこの男。会場で声を掛けられて、一目惚れだって言われたのが初認識だった。でも、なんかこんなチャラチャラして真剣味が感じられない人間の言うことなんて信じられないっていうのが本音である。なんか遊んでそう。

「おーい、みょうじ、忘れ物……でたな及川!!」
「お、城東の主将くん。いい加減になまえちゃんのSECOM解除してくれない?」
「誰がするか!」

ぎゃん!と及川に噛みつく主将が私と及川の間に割り込んだ。うちのマネージャーに何か用ですか、とお決まりの展開になる。1年からやってるけどよく飽きないね。

青葉城西とうちは学校同士ライバル関係だ。エリア的にも城西と城東だし。全校的に城西には負けない、という雰囲気が強い。一方的にだけど。ていうかこの押し問答いつまでやってるの。

「おいクソ川!他校の女子にからんでんじゃねー」

いつもの如く青城のエースこと岩ちゃんが及川を回収して行った。主将と岩ちゃんはなにやら熱く会話をしている。置いてけぼりだ。

「みょうじ!お父さんは岩泉は許すけどそれ以外の城西なんか絶対許さないからな!」

うるさいな。勝手に父親名乗らないでよ。





結局、県民大会は城西にボロ負けした。ムカつく。現地解散なのをいいことに思わず試合を見て帰ってしまった。またサーブ強化されていて腹立たしい。まあ何はともあれ、これでしばらくへらへらしたあの顔を見なくて済む。そう思ったのに。

「あ、なまえちゃん!買い出し?」
「なんっでいるの……!」

なんでこんな頻繁に会うんだ。
部活ないし、と駅前のスポーツショップに備品を買い出しに来た私はまさかのテーピングコーナーで及川と遭遇した。絡まれるのがだるくて、さっさと帰ろうと商品を掴んで雑に籠に放り入れる。

「なまえちゃんたらそんなトケトゲしないでよ〜、あ、テーピングはちょっと高いけどこっちの方がおすすめだよ。ずれにくいし」
「……そりゃどうも」
「どういたしまして。今日も部活?」
「……さあ?弱小のうちなんかどうでもいいでしょ!」
「まさか。油断なんてしてないよ」

ぴり、と肌を刺すような空気に、思わず言葉が詰まった。普段チャラチャラしているくせに、バレーのことに関しては急に真剣になったりする。及川のそんなところが少しだけ苦手だった。さっさと帰ろう、と無視して会計をした。のに。

「なんでついてくるの」
「いいじゃん、送るよ!女の子1人なんて危ないって」
「どっちかっていうと及川徹の方が危なくない?」

俺ストーカーじゃないし、と言って及川と電車に乗る。残念なことに及川とは最寄り駅が同じだ。幸いなことは家の方向が違うこと。駅前の小さな商店街を抜けて大きな公園から少し離れた、徒歩12分の距離。寝坊すると絶望的な距離に我が家はある。

公園の端までくればもう家はすぐだ。結構歩いたけど、及川は大丈夫だろうか。勝手に付いてきたとはいえハードな部活の後に、他校の奴を家まで送るなんて。なんだかちょっとだけ申し訳なくなる。いやでも及川が勝手にしてるだけだし。そう思っていたら、急に及川が止まった。

「あとどれくらい?」
「え、あ、2分くらい……」
「そっか、じゃあここまでにしとく。よく知らない男に家まで着いて来られるの嫌でしょ?気を付けてね」

いつものチャラチャラした笑みを消して、真剣な目をして優しく笑うからまた心臓が大きな音を立てた。やめてよ、なんで、そんな目で見るの。戸惑う私を目ざとく発見した及川がスイッチを変えたようににこにこし始めた。いつもの及川だ。

「お家まで送って欲しかった?しょうがないな、なまえちゃんは〜」
「お引き取り下さい」

ふふふ、うん、またね。とそう言って元来た道を引き返すその背中を見送った。なんだか、してやられた気がして、むずむずした。




ピー、と長い笛が鳴って、私たちのコートが反対に静寂に包まれる。試合が終わった。なんだか信じられなくて呆然としてるうちに次のチームが来た。あっという間にコートから離される。初戦敗退だった。

試合後のミーティングが終わって現地解散になって、でもなんとなく帰りたくなくて、会場で行われる試合を最後まで見ていた。何人かの部員は一緒だったけど、みんなもう前を向いている。みんなすごいな。なんだか私だけ取り残されたみたいだ。

薄暗くなった道を、とぼとぼと歩いていたら、見覚えのある姿を改札で見つけた。思わず漏れた声にその背中が振り返った。目が合う。

「、なまえちゃん……、お疲れさま」
「いつもの飄々さはどこに行ったわけ」
「も〜、せっかく気を遣ってあげてるのに!」
「いつも通りでいいよ。なんか、調子狂う」

視線を合わせずなんだかぼうっとする頭で及川にそう伝えると、隣から笑みが溢れた気がした。

「そっか……これから帰るの?」
「うん、もうミーティング終わったし。及川徹は?」
「こういう時くらい及川徹ってフルネーム止めない?俺も帰り。……ね、送ってあげるよ」

そう言ってにこ、と笑った及川に。いつもなら結構ですとか、ついてこないでとか。そんな憎まれ口が叩けるのに。今日の及川は軟派な感じじゃなくて、気遣うみたいに優しく声を掛けてくるから。全部及川のせい。

「好きに、すれば」
「…………うん、そうするね」

誰かと一緒じゃないと、泣きそう。だなんて。違う。たまたま及川がいたから。都合良かったからだ。誰でもよかった。だから。

賑やかな商店街を黙って2人で並んで歩く。ずっと今日の試合の反省点ばっかり思い浮かぶ。もう、次なんてないのに。
大した会話もないまま、公園に着いた。ここまででいいから、と足を止めて次に進んだ及川に激励の1つでも言おうとしたら、腕を引かれて公園のベンチに2人で座る。及川が私を見て、それで。

「なまえちゃん、泣きそうな顔してるよ。今、俺しかいないから。いいよ」

なんで、そんな真っ直ぐな目で、そんなこと言うの。そう思ったら、もう耐えられなかった。ぶわり、と熱い何かがこみ上げてきた。ずるい、ばか。なんで。

「おわ、っ、ちゃったぁ……っ!も、もっと、いっしょ、に、ぶかつ、したかった……っ!」
「……ごめんね、今これしかないや」

そう言って渡されたタオルを目元に押し付ける。ふわふわとは言いがたい生地の奥に感じる、汗のにおい。この人も、ちゃんと努力して、ここにいるんだ。
そう思ったら、私たちが今までやってきた毎日の練習とか、合宿とか。色んなことが巡ってまた涙が込み上げてきて、みっともなく泣いた。

終わりたくなかった。終わらせたくなかった。

それでも勝負の世界にはどちらかしかない。勝った及川達はさらに先へ。私たちはここで終わり。負けて悔しくないふりができるほど、私は器用じゃない。悔しくて死にそうだった。

「なまえちゃんは、バレーボール、やってたね」

ぽつり、と落とされた言葉に思わず息を呑む。

「マネージャーだけど、ちゃんと、みんなと一緒にコートにいたよ。ずっと見てたから、知ってるよ」
「〜〜っ、でも、負けちゃった……っ!」
「うん、だから。俺たちが勝ってくるから。なまえちゃんの努力も悔しさも、俺が全国に持っていくから」

タオルから顔を上げる。滲んだ世界に、及川だけが映った。

「だから、俺のこと見ててね」

そう言って微笑んだ及川が、あまりにも綺麗で思わず涙が止まった。きらきら眩しくて、ずるい。そんなの。

「まあ、なまえちゃんのことだから見てくれるなんて」
「しょうがない、から、――みてて、あげる」

ずっと、見ていたい、なんてどうかしてる。

及川徹はチャラチャラしてて、顔面偏差値高すぎて、口ばっかで。でもバレーに真っ直ぐで、子供みたいに喜んで、泣いて、笑って、怒って。バレーと同じ温度で見てくるその視線が、本当は嬉しかったなんて。

「ありがと」

ぽふ、と頭に乗せられた手が思っていたよりも大きくて、ごつごつしていて。ふっ、とした柔らかい笑みと熱を帯びた瞳にどくり、と心臓が音を立てた。

いつも1人だった帰り道に、優しい手と瞳が寄り添うのはそう遠くない未来の話。




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