めぐりあゐて、引力

国を背負う。
それがどういうことなのか、正直私にはまだよく分からない。

ここに来たくて練習したわけじゃない。上手くなりたくて、バレーがしたくて、走っていて、気づいたらここにいた。それを口にしない方がいいことはわかっているけど、なっちゃんには見抜かれていた。苦笑されるけど、事実だからしょうがない。

ただ、ほんの一握りしかたどり着けないそこは、バレーが好きな私にとって最高の場所だった。全員のレベルが高くて、バレーに真剣に向き合う人しかいない。打てて当然だろ、というトスも。全部拾う、というレシーブも。コートの動き全てにのし掛かってくる気迫。

時には和気あいあいとしながらも、練習に入るとピリピリと流れる空気。全員が仲間で、全員がライバル。その肌を刺すような空気が少しだけ息苦しくて、心地よかった。

もっと早く。もっと高く。もっと強く。

そんな体の叫びを聞きながら、走る。ネット際。助走の力を全部床に叩きつけて、跳び上がる。一瞬だけ見えた、コートの全部。
すぐさまその世界を塞ぐように突如沸いてくる壁。誰にもこの先を見せない、と言うような力強さと高さ。手に当たったボールが言う。

――――その程度か?

掌に伝わってくるその思い。ボールに込められた無言の脅迫に、背中が震えた。

私は今、誰も届かない嶺々の上を跳んでいる。





男女合同で開催されているU-15の強化合宿は、練習の終わりに総括がてら男女混じってのミニゲームが開かれる。

男子のパワーに舌を巻きつつ、サーブで翻弄すれば積み重なる得点。そうそうたる面子との練習の成果もあって、それなりに点をもぎ取れたと内心でガッツポーズをした。佐久早にちょっと悔しそうな顔をさせられたのが個人的には嬉しい。

そのままストレッチに入ってクールダウンをしていたら、なあ、と声が掛けられて思わず顔を上げる。ぱあ、と笑顔が弾けた。え。あの、君、どっち?

「ええトスやったろさっきの!?アイツより全然ええやろ!?」
「え、えっと…あいつ…?」
「みょうじさんの相棒や!ダンゼン俺のトスの方が打ちやすいやろ〜?それともあれか?もうちょっとネット近い方がええんか?高いほうがええ?」

呆然をする私をそのまま置き去りにして、怒涛の勢いで話しかけてくる関西弁。やっぱ関西の人ってみんなこんな感じなのかな、と言葉のシャワーを浴び続ける。待って待って。まだ質問の答え1つも返せてないんだけど。

それなのに、目の前の推定宮侑くん(多分話の内容がセッターのそれなので合ってると思う)は私の答えなんて置き去りにしてガンガン話し掛けてくる。ねえちょっと待って、早い、止まらない。

「いや、あの」
「みょうじさんのスパイクもええなあ……!しかもジブン、ジャンサとジャンフロ使えるんやな……!?コツとかあらへんの!?なあ!」

すごい。全然聞いてくれないのに答えを急かしてくる。こういうの何て言うんだっけ、傍若無人というか、もっとこう、アレな言葉で。

そう思ったら、宮君が急に倒れた。アアアア尻が2つに割れる!と痛がっているからどうやらお尻を蹴られたらしい。
こ、これは突っ込んだ方がいいの?それとも放置?それはボケ殺しってやつになるのでは?ごめんなさいキャパオーバーです。

そして宮君の後ろから顔を覗かせたのはやはりというか、私の相棒だった。

「何してんねんこの人でなし!うちの相棒に手ェ出すなボケ!どついたろか!?」
「はあ!?なんやねんお前!邪魔すんなやブタ!!」
「だれがブタじゃボゲエ!!お前こそカマキリみたいにひょろひょろやないか!図体ばっかでかくなりおってこの木偶の坊!」

凄い勢いで喧嘩し始めた2人を呆然と見る。ああ、そうだ、人でなしって言うんだ、と軽く現実逃避。

15歳以下世代別代表選考に呼ばれた私と相棒のなっちゃん。そのなっちゃんはなんと、この宮双子の親戚らしくいつも以上に発言に容赦がない。助かったと思ったけど違った。完全に松明にガソリンだった。

どうしようこの喧嘩、と思ってストレッチをしているだろう合宿メンバーを振り返ったのに全員が目を逸らした。ひどいな!恨むぞ!と念を送るとそそくさとひとり、またひとりと消えていく影。私は見た。真っ先に消えたのは佐久早だった。薄情な!

そう思っていたら1人だけ視線が合った。少し眠そうな雰囲気のする、もう1人の宮くんだ。はあ、とため息をつきながらそっとこっちに向かってくる。私も気付かれないようにすっと2人の視界からフェードアウトした。

「え、えっと……」
「なまえやんな?」
「あ、うん………と……」
「治でええで。すまんな。いつもああやねん」

呆れた、と言う治と2人を放置して少し話す。片割れの宮君よりもすこし落ち着いた性格みたいで、すこしだけほっとした。この人もさっきみたいなテンションで来られたら多分逃げ出していた。

治は話易くてやや人見知りな私にも投げやすい話を振ってくれる。なんだかんだなっちゃんと私のことを聞いてくるから、きっと遠くにいるいとこが心配なんだろう。普通に良い人だ。粗方自分たちのプロフィールを話しても2人の言い合いは終わらない。すごいな、私はもうお腹すいたんだけど、と思ったら隣からお腹の鳴る音がした。

「アカン、腹減った。もう飯食いにいかん?」
「うーん、そうだね。なんか埒明かなそうだし」

子犬みたいに眉を下げた治がなんだか可愛くて、治の言う通りお腹を満たしに行くことにした。
私と治は、気付かれないようにそそくさと体育館を後にして食堂に向かう。途中コーチとすれ違った。多分あの2人はお説教だろうな、と簡単に想像がついて、思わず治と笑った。

食堂はバイキング形式で、自分の好きなものを好きなだけ、といういつものスタイルだったけど私は目の前の量にただ驚いていた。そ、そんな食べるの…?

治は片っ端からおかずを盛っていく。大盛りの白米はもちろん、肉多め、野菜マシマシ、どこかのラーメン屋のような盛り方で、遂にはお盆の2枚使いだ。すごい。
食べれるのかと聞くと、余裕という声。お盆の上には様々なお皿が乗っていたけど、よく見ると色んなおかずが乗っている。

意外だ。男の子だし唐揚げとか肉ばっかしか食べないのかな、と思ったらちゃんとバランス良く青菜やひじきもお皿にのっている。女子ですら油断すると肉に偏りがちになるというのに、これはすごい。
極めつけに滅茶苦茶美味しいです、と言わんばかりの表情。見ているこっちが幸せになる顔をしている。

「治は美味しそうにご飯食べるね!」
「なまえも沢山食ったらええねん。ほら、口開け」

口を開けるとぽい、とおかずが放り込まれる。もぐもぐと噛むとじゅわ、と広がるごまの香りと少しだけ苦いほうれん草。治の言うとおり美味しくて思わず笑顔になった。

「んぅ……おいひい」
「フッフ……せやろな、この俺が選んだおかずやからな」
「あは、さすが!」

意味不明な理論だけどなんだか納得してしまった。確かに美味しいものレーダーの精度すごそう。
そう思っていたら、背後の食堂の入口からバタバタと音がした。治が顔を歪めたから多分お説教終わったんだろうな、と察した瞬間、ガタン、と大きな音をたてて両側に人が座った。お行儀悪いです、2人とも。

「「なに仲良く食ってんねん!!……あ?」」
「(相変わらずやなこいつら)」
「(また始まった)」
「「真似すんなや!!」」

さようなら。穏やかな食事時間。
本当に言動からなにまで、2人ともそっくりだ。向かいの治は我関せずご飯を食べている。清々しいくらい身内の扱いが雑だ。なんだろう、この雑な感じ、誰かに似てる気が……。

「ちょっと、2人とも……」
「ほっといたらええねん。こんなんいつもや」
「(これいつもかあ……)」
「―――俺に決まっとるやろ!ほんなら明日どっちのトスがなまえにぴったしか勝負や!」
「かかってこいやァァァ!」
「「(完全に巻き込み事故……)」」





「どうや!?」

上げられたトスを打って相手のコートに叩きつける。ライン際に決まったストレート。なっちゃんと、というより今まで上げられたことのあるトスと自然と比べてしまう。それくらい群を抜いて上手いトスだった。自分が上手くなったって錯覚するようなそれ。けど。

俺の方がすごいだろ、と言わんばかりの表情に言うべきか少し迷う。誤魔化そうとした私を目ざとく察したなっちゃんが、ハッキリ言えとぷんすこ怒り始めた。2人で機嫌悪くされたらちょっと面倒くさそうなので、お言葉に甘えて遠慮しないことにした。

「足りない」
「はあ!?」
「侑のトスは打ちやすくていいけど。私はもっと高く、強く打ちたい」

はっきりそう言うと、侑は目を見開いて私を見た。失礼なことを言ってるのは承知だけど、バレーに関してだけは私も譲れない。

だって、私は、限界の先まで引っ張って行ってくれるトスを知っている。

ここまで飛んで見せろ。お前の打点はこんなものじゃない筈だ。だから、俺のトスで、もっと先まで飛んでよ、なまえ。

ボールから伝わってくるそんなメッセージ。忘れられない、気持ちいい圧力と引力。スパイカーの力を引き出す、それが理想で、最高のトスだと、私は知っている。

「もっと引っ張ってよ、私を。限界より先まで。応えてみせるから」

その期待に応えるならば、私はどれだけでも練習してみせる。あの期待に応えたい。やってみせる。技術だって、習得してみせる。身体だって操ってやる。

だから、私を完璧に使って見せてよ。

そう言うと、侑だけじゃなくて治まで私をぽかん、と見ていた。やっぱり気を悪くしたかな、と少しだけ後悔したし、どうしよう殴られたら、と怖じ気づいたけど、本当のことしか言ってないのでしょうがない。怯むな、と自分に喝をいれる。でもぶるぶる肩を震わす侑に若干逃げ腰になったのは許してほしい。

「〜〜〜っ!言うたな!?そこまで俺をボロクソ言ったんはなまえが初めてやからな忘れんなや!!絶対俺のトスが一番上手い言わせたらァァァ!!」
「うちの相棒相手にお前じゃ10000年早いわアホ!殺すぞ!」
「ブハハハ!サイコーに気持ちええな!なまえ!!もっと言ったれ!!」
「いい加減にしろ宮一派!!!」

まとめて怒られた。とばっちりすぎる。





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