勝手に手出ししないでください!

「なまえ、あと回りたいところあるか?」
「そうだなあ……」

買い残しがないか、指折り数えていくなまえにそう聞くとうーん、と唸った。授業が休講になった俺と、もともと予定のないなまえは車で少し離れた郊外にある大型のショッピングモールに来ていた。

荷物係という名目で、なまえとのデートをもぎ取ることになんとか成功した俺は昼から2人でモールを満喫している。ここなら邪魔も入らなさそうで安心だ。
久々の大きなショッピングモールに、なまえもテンションが高めで、楽しそうに買い物をする姿に癒された。

「あ、ねえ!岩泉!みて、これちょっと及川に似てる!しかも金と銀の双子狐だ〜」

なまえが突発的に店に並ぶぬいぐるみを掴んだ。くそ、目ぇキラキラさせて可愛いかよ。心臓が大きく音を立てた。無邪気に自分の気に入ったものに飛び付くのは、なんというか少し子供っぽくてそこがまた良い。

比較的落ち着いた性格のなまえが、俺らの前だけでは年相応になるとか、正直たまらねえ。心許されてる感とか、なまえから伝わってくる安心感が心地良くてつい甘やかしたくなる。

「……買ってやろうか?」
「え、いいよ。買うなら自分で買うし……あ、むしろ岩泉に買ってあげ」
「いらねえ及川似のぬいぐるみなんか死んでもいらねえ」
「あっはは!即答!ほんと揺るがないよね!」

けらけらとなまえが楽しそうに笑った。もう長い付き合いだ。及川似のぬいぐるみなんざ寒気がする。
そのぬいぐるみが部屋にいるだけでむしゃくしゃしそうだ。壁に叩きつけられるの未来しか見えねえし、人形に罪はねえから止めてやって欲しい。

「つーか、それ及川に似てると思ってんのか?」

どう見ても似てねえ気がするんだが、といえばきょとんとした表情で首を傾げた。おい可愛いな。

「なんとなくこの性悪な感じが影山に絡んでるときの及川に似てる」

ぶは、と思いっきり笑ったがよくよく聞けば及川が哀れだった。まあ自業自得か、と内心でざまあ見ろ、と笑った。
えー、どうしようかな。と悩むなまえは渋々金色の狐だけをレジへ持っていった。どうやら双子で揃えたかったらしい。にしてもなまえの趣味がよくわかんねえな、と銀ぎつねに別れを告げた。

最後に、とアクセサリーショップに来たなまえは色んなアクセサリーを手に取っては元に戻している。女の買い物は長いというが、なまえも例に漏れず長い。ああでもないこうでもない、と頭を抱えている。

まあ、俺に意見を求めて来ないだけ気が楽だった。正直、松川ほどのセンスもねえし。なまえならなんでも可愛く見えるから、結局行き着く先の返答はどっちでもいい、になる。

それにしてもだ。俺としてはさっきの狐の方が気になる。少し残念そうななまえの表情を見ると、なんつーか、その……どうにかしてやりたくなる。

「ちょっと此処にいろよ、なまえ。買いたいもんができた」
「あ、うんいってらっしゃい!終わったら近くのベンチいるね」

この店なら変に男に絡まれることもねえだろう。今しかねえな、となまえにそう言ってさっきの店に戻る。銀色の眠そうな顔の狐を捕まえて、レジに置いた。 ラッピングされますか?と微笑ましいものを見るかのような店員の表情に居たたまれなくなる。早々に店を出た。くっそ死ぬほどはずい。2度とあの店行けねえ……!

そう思いながらなまえの待つアクセサリー屋まで戻る。いつ渡そうか、と思ってビニールを少し隠すように持つ。なまえ、喜んでくれりゃいいな。
店の前に戻ったと同時に、視界に飛び込んできたなまえと、珍しい髪色に思わず絶句した。おい嘘だろ。なんでお前がいんだよ!





「今日のなまえなんか可愛いな!」
「え、どうしたのぼっくん急に」
「ん〜〜、わかんねえけど、良い匂い」
「香水かな?さっきお店で試したんだよね」

おいおいおい。人の女に手出してんじゃねえ。
思わず呆然と立ち尽くした。いやなんでこいつがここいんだよ、お前部活は。折角身内を振り切ってきたのに、今度はこいつかよ……!と内心で舌打ちをした。ちょっと目を離したらこれだ。

正直木兎のことはよくわからねえ。赤葦や黒尾ほど腹になにかいる感じもしねえし、孤爪ほど隠してる感じもしねえ。なまえに対して何を考えてるのかもわかんねえ。本能で動くだけでそんな厄介ってわけじゃなさそ――

「そーか?わかんねえけど――なんか、美味そう」
「っひ!ぁ、ちょ、ぼっくん……!ち、ちか……っ!」

ざっっっっけんな!!!
なにが厄介じゃねえだ!むちゃくちゃ厄介じゃねえか!ただのアホじゃねえ、こいつ狙った獲物絶対逃がさねえタイプかよ!!

「なまえ!!」
「あ、岩泉。お帰り〜」
「いやお前なに呑気に……!食われそうになってんなよ……!」
「え?ぼっくんだよ?ないない」

ないわー、と手を振るなまえ越しに見える木兎の目は全然そんな感じじゃねえけどな??爛々と目を光らせやがる。気付いてねえのはなまえだけだ。危機感持ってくれ。頼む。頭を抱えているとさらに声がした。

「なまえさん、奇遇ですね」
「あれ、赤葦も来てたの?」

さらに厄介なのが来やがった……!
ただでさえ打っても響かねえ木兎と、打つのを避けてカウンターかますタイプの赤葦かよ……!くそ、心なしか赤葦の無表情がにやにやしてるように見える……!

「おい、帰るぞなまえ」

これ以上ここにいたら危険だ。なまえがマジで食われかねない。ぐい、と腕を引くとなまえが珍しく抵抗した。なんっでだよ……!

「えー、もうちょっと……なんだったら岩泉先帰ってていいよ?晩御飯、今日松川担当だし」

できるわけねえだろ!と叫びたいのを堪える。こいつらの中になまえを置いていったら食ってくれって言ってるようなモンじゃねえか!なまえのその言葉に木兎が反応した。

「お!じゃあなまえ、今日飯食いに来いよ!今日はたこ焼きだぞ〜〜!」
「いいですね。なまえさん来たいって言ってましたよね。どうですか?……ああ、でも急だと難しいですよね……」
「え、赤葦そんな悲しい顔……どうしよう凄い魅力的」

目を覚ませなまえ!お前は騙されている!こいつは残念顔なんかしてねえ、今俺を見て笑ってやがったぞこいつ!
畳み掛けるようになまえを誘うこいつらに内心で焦る。まずい、だいぶなまえが揺らいでいる。

食いもんを引き合いに出されたなまえは弱い……!何か、この状況をひっくり返す逆転ホームランがほしい……!くそ、かくなる上は……!

「アー……なまえ、今日何食いたい」
「ま、まさか……!」
「俺のリクエスト権、譲って、やるよ……!」

なまえにそう言うと、ぱあ、と花が飛ぶように笑顔が弾けた。くっそ可愛いなオイ。

我が家には、リクエスト権なるものがある。夕食の当番と献立を決めれる権利が。大体が賭け事とかお願いに使われる。なまえは松川や俺に、俺たちはなまえに自分の好物を作ってもらうことになる。
松川はともかく、特に花巻のシュークリームや俺の好きな揚げ出し豆腐は、この権利がなければまずお目に掛かれない代物だ。

正直、涙が出るほど惜しい。いつかなまえに揚げ出し豆腐を作って貰う予定だったが……やむを得ない……!なまえを今この場から離れさせんならこれくらいの代償は致し方ない。

じゃないとなまえは絶対にこのあとこいつらの家にのこのこ付いて行くに決まっている!こんな下心ありありですって顔している癖に、嫌だな何もしませんよと言う赤葦をひとまず殴りてえ。どの口が言う。

「ごめんぼっくん、赤葦。リクエスト権貰えるっていうらしいから帰るね!」
「え〜なまえ行っちまうのかよ〜」
「また今度呼んでね、ぼっくん、赤葦はまた明日ね」
「はい、それじゃあまた明日」

帰るぞ、となまえの背中を押す。後ろを振り返って、木兎達をひと睨みすれば、木兎は相変わらず目を光らせていた。くそ、本当に厄介だな、と内心で舌打ちをした。不思議そうに俺を見上げるなまえに、今度は内心ため息をついた。

ほんとにこの体質じゃなけりゃな、と思ったがこれも含めてなまえだ。一部だけ好きなんて生ぬるい愛し方してねえよ、と誰に言うでもなく心に押しとどめる。いつかちゃんと届いてくれりゃあいい。

「誰の何が食いたい?材料買わねーとな」
「私、岩泉の炒飯食べたい!」

駐車場へ向かう道すがら、話をすれば予想外の答えが返ってきて、思わず聞き返した。なまえは松川の作ったパスタ好きだったろ。てっきりそれかと思ったのに、なんで俺の炒飯なんて。

「んー、今日は岩泉の気分。岩泉のパラパラの炒飯好きなんだよね〜。なんか、こう、上手く言えないけど……あったかいなって」

そう言って前を歩くなまえが、へらり、と笑って振り返った。その表情を見て、心臓が締め付けられるような錯覚さえした。

「へへ、楽しみ」

夕焼け。町の灯り。

あたたかい、なまえの笑顔。

全てにどうしようもなく愛しさが込み上げてきて、前を歩くその手を引き寄せた。もう車は目の前だ。中に入ればなまえを好きなように出来るのに、それさえ我慢できなかった。せっかく買ったあのぬいぐるみも、渡すことなんかすっかり忘れている。

でも、今はそんなことよりなまえにこのはち切れそうな思いを伝えるので精いっぱいだ。そのまま駐車場の端で、貪るように唇を奪ってやった。

そんなに優しく笑うなんて、反則だろうが。







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