キュウソネコカミ

隣の席の孤爪くんはいつも気だるげだ。

休み時間は大抵スマホかゲーム機を見てるし、なにかを真剣に見てるかと思ったらあくびをして寝る。そのくせテストの点数は絶対平均以上。私はこんな真面目に授業を受けているというのに。孤爪君の6割くらいしか点がとれない。世の中不公平だ。

そんな孤爪君はバレー部である。まず体育会系ということが信じられない。というかバレー部って背の大きい人がなるものだと思ってたけど違うのか。孤爪くんたまにくる黒い人よりは身長全然低いし、細身だし、なんというか蹴ったら骨折してしまいそうな儚さがある。失礼だよね、うん、ごめん。

今年はなんとそのバレー部が全国大会に出るというのだ。すごい。全国大会とか。「祝」と掲げられた垂れ幕を見て、すごいね! と言っても、おろおろしながら「別に、俺が強い訳じゃないし」となんだか不満げだ。なんで?嬉しくないの?

結論。孤爪くんはよく分からない。





バレー部の全国大会は年明け早々に行われる。冬休み返上なんて大変だな、と思いながらせっかくなのでクラスメートの応援に来た。東京体育館は冬と思えない熱気に包まれていて、会場中に響く応援の声にびっくりした。
3回戦まで勝ち残ったうちのバレー部は因縁の対決らしい。隣のおじさんがなんか語っていた。よく聞こえなかったけど。ごみ捨て場……?え、なにそれ失礼くない?

そんなことを思っていたら、笛が吹かれて試合が始まった。私も周りにならって大きい声じゃないけど応援をしていた。試合が進んで行くにつれて、どんどん目を惹く赤と金から目が離せなくなる。
試合もだけど、だって、ねえ、まって、あれ本当に孤爪君?ねえ、待ってよ!!誰!?あれ!全然教室の気だるいかんじじゃなくない!?

ふ、と相手に向かってこぼした挑発的な笑みに、心臓がどくんと音を立てた。いやいや、待って。そんな。あんないつも気だるげで省エネモード全開で、全然視線も合わないおろおろしてるのに。

なんでそんな、輝いて見えるの。

どきどき、と鼓動が止まない。
跳んだ。なんか言い合ってる。黒い服を着た、オレンジ頭の子と。2階にも伝わってくる。しんどい。つらい。立ち止まりたい。もう限界。でも。―――楽しい。
ピー、と長い笛が吹かれて、倒れこんだ孤爪の笑顔が見えた。あ。やばい。思わず吸い込んだ空気に喉がひりついた。

落ちたのは多分ボールじゃなくて。


■□■


平常心、平常心平常心、平!常!心!

「おおおおおはよ!孤爪くん!」
「え、なに……みょうじさん」
「あああの!!全国大会見たよ!鳥野との試合!」
「烏野だけど」

ちーん。自滅すぎる自分。泣いた。

結局音駒は3回戦敗退で全国大会の幕を閉じ、平穏な3学期が始まった。
全然平穏じゃない。なぜなら私の恋は今幕を開けたからだ。冬休みが開ければ学校、学校に行ったら教室、教室に行けば孤爪君がいる。これほど席替えがなかったことを感謝したことはない。

あのクールな横顔が毎日見れることに嬉しさ半分、不安半分。動悸息切れめまいする気しかない。ねえ誰か助けて。

明日から孤爪君隣にいんの!? は!? 無理、心臓爆発する! 今日寝れない!って思ったけど普通に寝た。朝一気合を入れようと思ったのに、寝坊までした。最悪の幕開けだ。そしてこれである。平常心はどこに行った。

「ごっ、ごめん!対戦校間違えるとか失礼すぎるよね!」
「まあ、いいんじゃない? 別に烏野いないし……」
「あああありがと!? あの、孤爪くん!?」
「な、なに、みょうじさん、どうしたの……」
「いやあのす、じゃなくて、その、あの、こここ孤爪くんのファンです!!」
「え」

あっぶね〜〜〜〜!!途中まで言いかけた!!いや何言ってんだ私。ファンとか本人に言う必要あったか?いやない。
あまりに大きな声だったせいか、孤爪君の前の坂本が振り向いてさらにでかい声でゲラゲラ笑った。こいつマジで戦犯。

「みょうじいつの間に孤爪にお熱になったんだよー(こいつ途中言いかけたな……)」
「ち、違うし!ただのファンだし!」
「クラスメートがファンとかマジでやめて」
「ええ!?だめなの!?」

こくり、と頷く孤爪君にゲーン、とショックを受けて机に伏せた。もういい引きこもる。いそいそとブレザーのを被って机に伏せた。

「奥義・潜影蛇手」
「全然違うよ」

くす、と笑った孤爪君の声が聞こえてきてまた心臓が跳ねた。
ああああなにそれかっこかわいいいいいと悶えていたら先生が来ていつまでもブレザーを被っている私にキレた。先生うるさいんですけどちょっと孤爪君見習ってもらえません?




ねえ、孤爪君。
おはよ孤爪君!
お願い!教科書見して、孤爪君。
孤爪君ってなんでそんなにかっこかわいいの?

それからの毎日。私は孤爪君に話かけまくった。最初はオドオドきょどきょどしていた孤爪君もあまりに私が話かけまくるからか、慣れたらしい。時々バレー部に剥けるマジでヤメテ顔をするようになった。これは距離が縮まりつつあるってことですね!

時々本音がぽろっと出るというか、これって本人に伝えていいのか?ってことも言っちゃうのはもうしょうがない。孤爪君がかっこいいからしょうがない。
その度に孤爪君はまたこいつは……という顔をして私を見る。うん、あのね、孤爪君にそういう顔してもらえるくらいの仲になれたのはマジで嬉しいんだけどね?

ネタじゃないから!ちゃんと好きなんだって!伝われよこの思いと思うけど、たぶん孤爪君には露ほども伝わってないんだろうな。練習とかこっそり見に行ったんだけどな。見られると調子狂う、といつだったか坂本にそう言っていたから我慢。が、我慢……!

しかしかっこいい孤爪君は見たい。見たい。そう、めちゃくちゃ見たい。いやしかし今は隣の席という超絶特等席なんだからこれ以上望めば罰が当たるのでは?? そう思ったら担任がいきなり席替えをすると言い出した。

「は!? 聞いてないんですけど! やーーーーーだーーーーー!! 席替えやだーーーー!!」
「うるせーぞみょうじ!!」

駄々をこねても担任は笑うだけだった。マジで次会うときは裁判所だかんな。明日会うけど。

「ガッデム!!」
「おいみょうじうるさいぞ、いいから早くクジ引けー」
「(孤爪君の隣になりますようになりますようになりますように)隣になりますように!」
「色々駄々洩れだなお前」

クジを引いて席に戻る。どうやったら孤爪君の隣の席をキープできるだろうか、と頭を抱える。ピン、とひらめいた。

「そうだ!課金すればいいのでは!?課金は裏切らない!故にべスポジゲットワンチャンあるのでは!?」
「マジでやめて」
「えー、良い案だとおもったんだけどなあ。ねえダメ?」
「ダメ。ていうか……そもそもなんでみょうじさん急に俺に構いだしたの……」
「ウッ……それ聞いちゃう……!」
「気になるし」

孤爪君の猫みたいな目にじっと見つめられたら喋るしかない。ということで冬の全国大会の話をするとなんか孤爪君的にも納得してくれたらしい。納得ポイントがどこにあったのかわからない。し、なんだか恥ずかしい。殺してくれ。

「ふーん」
「でも さ、あの試合、孤爪くんすごい楽しそうだったよね!?なんか、こう、めっちゃいいなあって思った!!」

頭悪くてほんとごめん。でもこうとしか言えないんだって。担任が全員クジを引き終わったのを見て、黒板に席順を書いていく。周りから悲鳴と歓喜の声が聞こえる。坂本アリーナ席かざまあ。
ていうか私移動なしじゃん!ラッキー!ああでも、孤爪君とはお別れか〜、なんか悲しい。あのクールな横顔見れないの悲しい。明日からどうやって生きろと。

じゃあね、孤爪君。達者で。と思っても孤爪君は動かない。あ、あれ。がたがたと机を移動させる音が響くなかで、私と孤爪君だけが取り残されたようになっている。まさか。猫のように笑う孤爪君に心臓が早く鼓動を刻んでいるのが分かった。

「俺もみょうじさんが楽しそうにしてるの、いいなって思ってるよ」
「はい?」
「みょうじさんて面白いよね。これからもずっと見てられるの楽しみ」

席を変えた人から解散、となったからか、孤爪君がエナメルバッグを持って立ち上がった。はい、と渡された紙は席替えの番号が書いてあって、確かに私の隣の番号で。でも、それ以上に。

その下に書いてあったID名にくぎ付けになった。ねえ、まって、これ。
また明日ね、なまえ。そう言ってぺたぺたと猫のように消えていった孤爪君の声が頭の中で繰り返される。

この時の私は知らない。明日から孤爪君に翻弄される毎日が待っていることを。それまで追いかけていた私が、追われる側になるなんて。

噛むか、噛まれるか。明日の私は果たしてどっちだろうか。






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