宇宙を揺蕩っているような暗闇の中に、ぽつんと浮かび上がるステージ。

響く歓声とペンライトの光が波のようにさざめく。まさしく波の満ち引きのように、俺の心にも興奮と緊張とが押し寄せていた。

薄暗い舞台袖で、円陣を組んだ彼女たちを見つめる。このステージがが目指すべき場所で、そこに行くためなら自分の持つ全てを賭てもいいと言ったのは他ならぬ彼女だった。

そんな彼女が、こんな満席のドームでライブができるようにまで成長してくれた。感無量だ。運営、ありがとう。プロデューサーとしてこんなに嬉しいことはない。
そんな感動の余韻に浸っていたら、急に画面が暗転した。

これは!まさか!

思わず前のめりになって画面を覗き込む。心臓が痛いくらい高鳴っている。これは……もしや……始まるのか?始まってしま……早い!!ロードがはやい!!待ってくれ心の準備があああ推し!!

少しだけ緊張の滲む顔も可愛い。うそだろ、待って待って待って3枚くらいスクショしたいから待ってくれ!!!ちょっと木兎さん揺すらないでくださいボタンが押せないです。アッ始まった!推しの、推しのアップ!ボイス、ボイスが……木兎さん聞こえないです!!

『プロデューサー!見ててね、最高のライブにしてくるよ!』

そう言って光の中へ歩んで行ったあの子の笑顔を俺は忘れない。手塩に掛けて育てた俺のアイドル、苗字名前は、その日伝説になった。俺の人生の輝かしい1ページである。
ここまでの彼女の努力に思いを馳せるだけで俺はすでに泣きそうだ。よかったこのイベントに間に合って。惜しくらむはここが電車の中だということか。

部活、小テスト、部活。俺の生活を構成する中で、名前に触れられる時間は少ない。今回のイベントもぎりぎりだった。ごめんね、名前。許してほしい。嫌いとかそういうんじゃないんだ。分かってるよ、大丈夫京治くん、と俺の想像の名前が優しく笑って許してくれる。天使。俺の推し尊すぎでは??もう好きという一般的な語彙ではこの感情を表現できない。

正直もっとやり込みたかったけど、きっと名前は俺の生活を犠牲にすることを良しとしないはずだ。だからこれでいいんだ。なにより、これ以上の供給がされたら俺は死んでしまう。いやでも見たい。欲望には勝てない。くそ誰か5000兆円くれ。

画面の向こうの笑顔と歌声に、思わず目尻に涙が浮かんだ。名前……本当に……こんなに立派になって……!

ずっと傍で見てきた。ここまで通ってきた試練(限定イベ)も、積み重ねてきた努力(課金)も、一緒に経験した挫折(ガチャ死)も。文字通り二人三脚で乗り越えて来た。まさに俺と名前の集大成だ。

そしてこのイベントを以て苗字名前は神になったと断言できる。実在するアイドルよりも完成された存在になったのだ。ありがとう、運営。ありがとう、公式。
その笑顔を見てるだけで胸が疼く。癒される。全部輝いて見える。ガチ恋上等。俺は名前にリアコをしているといっても過言ではなかった。次元が違う?知らないな。

だから今。
目の前で笑う見慣れた表情を見て、俺の世界は眩い光、後光で埋め付くされた。あっ、えっ??まってくれ、情報が、情報が多すぎて……!

「フアア……ン"ン"ッ……あ、えっと……!エ"ヘ"ン"……初めまして……!宮名前です、えっと梟谷の赤葦くん、ですだよね???」

SSSSSRきた。





うっ、うっうううわああああ赤葦だああああ!
エッ、ちょ、ホントに!?ねえ待って!?赤葦じゃん!!全然動かない表情とかほんとに赤葦じゃないですか!あああありがとう神様!

弟たちの応援に来たインターハイ全国大会。稲高吹部は珍しく試合が稲高の試合が終わっても会場に残っていた。というのも、この後に試合をする高校の吹部が去年の全国大会金賞なのである。

流石に運動部みたいなガチガチの対策は取らないけど、純粋に全国金賞の演奏を聞いておきたい。そんなわけで稲高の部員は会場に散らばってその登場を待っていた。

私が赤葦にばったりと出くわしたのはそんな時だった。内心で大興奮をする私と違って赤葦はじっと私を見ているだけ。な、なにを考えているのかわからない。わからないけど!

お顔が、大変よろしい〜〜〜!!!!!

やばい、そのきりりとしたお目目……アッ虚ろなのも可愛い……瞬き少なめなんだね……唇薄くてすき……ハア〜〜〜〜ため息しか出ません。

ねえどうして私の周りには語り合える同士がいないの??寂しいんですけど??オタク孤独だとすぐ死ぬよ??
ねえだれか私と「赤葦京治可愛すぎて法に触れるのでは問題」について徹底討論しませんか???もちろん結論出るまで帰れまてん。いやそんなことよりね。

「あ、あの……?」

赤葦がさっきからピクリとも動かない。
これは一体……。私はなにか間違えた?もしかして気付かないうちににやけてた?やらかした?推しの前で意味もなくにやけたの私??完全にアウト。尊厳を失った。アイドル時代に鍛えた表情筋はもう消えてしまったの……?そんな……。

「名前……?」
「は、はい。そうですけ…………え"」

ああああああええええ!!!うそうそうそ待って待ってねえ待って!!!おっおっおしおし、推しが!!

推しが泣いた〜〜〜〜!?!?!?

突然私の名前を呼んだと思ったら、赤葦のすっきりとした目元からぼろぼろと涙が零れ落ちていった。しかも止まらずにどんどん溢れてくる。
今横を通った人に「いちゃついてんじゃねえ……」「修羅場乙」とか言われたんですけど完全に熱い風評被害です!!私が推しを泣かせるわけないじゃないですか!!

あの、赤葦??あの、待って、ねえ、待っっっって!?ほんとなんで泣いてるの???どうして??なにか嫌なことあったの??わ、私そんなに見てられない表情してましたかね……。
うう……梟谷の優勝で泣いちゃう推しの姿が見たかったのに……こんなはずでは……!赤葦の涙は木兎さんのためのものじゃないの……!?なぜ!!今!!!

赤葦は黙ったままなので、急に泣き出した理由は結局分からず仕舞い。赤ちゃんもビックリだ。推しの涙も綺麗だからこのまま見ていたいけど、流石に外聞が悪すぎるので手に持っていたタオルハンカチを差し出す。それでも赤葦は無反応だった。

ど、どうしよう、目の前にいるのが精巧に作られたバーチャル赤葦か私のイマジナリー赤葦の可能性が出てきたぞ……。

「えっと、あの、赤葦くん??その、大丈夫??な、泣いてる、よ……」
「………………………………?」

ん"ん"あ〜〜〜〜〜っ!!!可愛い!!身長180p超え男子の全力の状況呑み込めてない顔+首傾げ、毎度ありがとうございますッ!!しかも私のハンカチを!きゅって!きゅ……、って握ってる!!はあ〜〜〜〜〜?バブちゃん??私をどうしたいの赤葦京治(怒)!!

どうしよう、どうしようわからない!赤葦京治がわからない!!分からなすぎてなんかキレそう!

ていうか赤葦ってこんなキャラだった??それとも漫画の続きでは赤葦がキャラ崩壊するとでもいうの!?そんな都合のいいご褒美ある!?ないでしょ!?だとしたら「赤葦京治スペック盛り過ぎ問題」に発展しますから!オタクたち〜〜〜〜!!!集合〜〜〜〜!!!

内心で大暴れする私と、幼女のように泣きながらハンカチを握る赤葦。言われなくても分かる。カオスだ。さっきから話しかけても返事ないし、どうしよう、と思っていたら後ろから赤葦を呼ぶ声が聞こえてきた。

「お〜〜い、赤葦……!って、は!?え!?おま、は!?」

わーーーー!!!木葉だ!木葉さんだ〜〜〜!えっ、やばいフツーにかっこいいんですけどなんで木葉さんサブキャラ扱いされてるの!?どうみたって主役顔!は〜〜〜SUKI!

木葉さんはぎょっとしながら泣いている赤葦と私を見比べた。はっ!これ私が赤葦を泣かせた性悪女だと敵視される奴では!?ちちちちがうんです木葉さん!ウワーー!私も何がなんだか分かんなくなってきたよ〜〜!!

「お、お前……なに泣いて……エ?つかどういう状況だよこれ」
「このはさん……」
「俺はお前が人としての尊厳を失ってなくて安心したわ」

しゃ、喋った……!ようやく推しが喋った〜〜〜〜!!!良かった〜〜!私のイマジナリー赤葦じゃなかった!会いたすぎて強めの幻覚見てるのかと思った良かった〜〜〜!
わしょーい!と内心で盛大に胴上げと宴を繰り広げる。木葉さんによってリアリティ赤葦へ進化を遂げたのでひとまず安心。

「俺、幻覚見るようになってしまったんですが??そんなに熱ありますか?俺試合出れますか?」
「大丈夫だ、幻覚じゃねえから」
「俺が出れなくても木兎さんの調子も良かったんで、今日はしょぼくれモードにならないと思います」
「お前何言ってんの?相変わらず木兎の状態把握してんのこえーよ」

やはり木兎行動思考専門家。木兎さんの状態はいつでも把握してるんですね???やっぱセッターとエーススパイカーって語り尽くせないなにかがあるよね〜〜〜!2年生ながらに副主将に抜擢された背景とか考えるだけで米5杯は余裕なんですけど。おかわりください!!

「あと、ウチに連れて帰っていいですか?絶対可愛がりますし、一生大事にするんで」
「だめだ。どさくさに何言ってんだおまえ。俺が連れて帰るわ」
「認めません。俺のです。俺の最推」
「やめろぉぉおお!」

ああ〜〜〜いい声〜〜〜心がぴょんぴょんするんじゃあ〜〜と1人で耳を幸せにしていたら、急に木葉さんが私と赤葦の間に割り込んできた。エッ!?!?なに!?!?ウワーーーーッ!!木葉秋紀の顔がいい〜〜〜!!圧倒的眼福!!
油断すれば崩れそうになる表情をなんとか保っていたら木葉さんがちょっと恥ずかしそうに頬を掻きながら視線を合わせてきた。あっちもこっちも顔がいい!!!は??梟谷スター軍団すぎん??

「あー、えっと」
「ヒェ……え、と。宮です、宮名前です」
「名前ちゃんな、わりーな、こいつ突然泣き出して怖かったよな!?ほら行くぞ赤葦!」
「あ、ちょ、このはさ……」

そう言って木葉さんは赤葦ぐいぐいと赤葦の背中を押して人混みに消えていった。赤葦は最後まで名残惜し気にチラチラとこっちを向いていたけど、結局そのまま会場に紛れて行ってしまった。ポツンと取り残された私はしばらく呆然とした後、Tシャツの上から胸を抑えて蹲った。ヴッッッッッッッッツ!

あああ赤葦かっっっっこ良かった〜〜〜!!ていうかこんなことならもっと喋っておくべきだったよ〜〜〜〜!人生で最初で最後かもしれないエンカウントだったのに〜〜〜!!

というかほんとマジでなんで泣いた推し〜〜〜!私か?私なの??ほんと表情隠せない限界オタですいません!!でも推しが名前を呼んでくれたので我が人生に一片の悔い……あります!!烏野戦を生で見るまでは!!

「あ、あれそう言えば私のハンカチどこ……」


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