ただしツギハギ、テメーは許さん!

今日も今日とて、俺は呪霊と戦っている。

そういう学校にいるもんだから仕方ない。本来ならテストにぼやきながら部活して、放課後にファミレスやらマックやらでアオハルすんのが高校生だと、俺は信じていた。こんな変な力に目覚めるまでは。

いきなり化物が見えるようになったと思ったらあれよあれよという間に高専に通うことになった。五条先生に見つかってスカウトされて、死なないようにね、って修行させられて、簡単な任務くらいはようやく1人でをこなせるようになった。

自慢の同期と、頼れる先輩と、呪術師としては最高級の先生たち。呪術師としてはひよっこでも、俺はまあ恵まれてるんじゃないかと思うよ。

そんなだからか、ぶっちゃけ呪霊に対してあまり特別な感情はない。いるから祓う。それぐらいだ。犬がいたら撫でる。カレーは飲み物。深夜のカップラーメンと課金アプリのサービス終了はギルティ。それと同じくらい、俺にとって呪霊ってのはそんな深く考えるようなものじゃない。


ただしツギハギ、てめーはだめだ!!


「あ、やっほー!名前、元気してた〜?」
「げっ!!ツギハギ野郎!なんでここに!?」
「なんでって、名前のいるとこなら俺はどこでも行くよ〜。だって好きだから!」

しがない三級呪霊を祓っていた俺の元に突然乱入してきたのは真人とかいうツギハギの呪霊だった。呼んでねえ。帰れ。ふざけろ。死ね。

俺の行く先々に現れるこのツギハギ野郎は、何をトチ狂ったか好きだとほざいてダル絡みしてくる俺の悩みの種でもあった。しかも完全に1人の時を狙ってくるせいで誰にも助けて貰えないし、俺も特級呪霊にストーカーされてるんです(しろめ)とは報告できない。

折角気ままな1人任務を回してもらえるようになったのに…!こんなことを報告した日には俺のストレス発散が消えてしまう。そんなこんなで、俺はこのツギハギ野郎のことを高専に黙っていたのだ。

それが俺にとって度し難い悲劇を生むことを、俺はまだ知らなかった。

「男同士で好きとか言ってんじゃねえ!俺にそんな趣味ねえんだよ!」
「またそれ〜?ま、いっか、今日はさ、名前を論破しようと思って!」
「は?論破?……上等だ、論破してみろや!その前に俺に祓われるけどな……!!」

そう言って、いつも通り呪具をヒットさせようとした。のに。気づけば真人が俺のすぐ後ろに立っていた。やべえ、早すぎて見えなかった。やばい、これ。

「はは、名前には無理だよ」

するり、と背後から腕が回された。しまった、と思っても遅くて、耳に恍惚に満ちた声が落ちてくる。ぞくり、と背筋が粟立ったのと同時に、ぐにゃ、と視界が歪んだ。脳みそを直接かき回されているような、そんな不快感に思わず吐きそうになる。

とてもじゃないけど立っていられなくて座り込んだ。すぐ横で真人が何か言ってるけど聴き取れない。これはとうとう死んだな、と思っていたらゆっくりと引いていく吐き気。元に戻った体調に目を白黒させれば、頭の上からくすくすと笑う声がする。

いや俺なにこいつに抱き着かれてんだよ!つーかいい加減離せよ!と、立ち上がった瞬間、違和感に気付く。あ、あれ?俺ってこんな身長低かったっけ?待て待て、なんか制服も裾が余ってんですけど何これ。は??

なんか、俺、ちっちゃくなってね??

そう思って立ったまま棒立ちになる俺を、後ろから機嫌良さそうにまた真人が抱きしめてきた。おい、やめろ、って……。あれ、これ誰の声……え?

「だって、魂ごと女の子にしちゃったからね!」


ない。


ない。


なんか軽い。そんでスースーする。


立ち上がって意識したら分かってしまった。それまで股間にあった存在感が全く感じられないのだ。ナニの霊圧が消えた。いや落ち着けよ俺。ポジションとかズレとかマジで、ホントになにも感じなくなった。代わりに、上半身が重い。特に胸らへん。

まさか、とおそるおそる下を向く。自分の下半身がどうなってるか見えなかった。目が見えないとかそんなじゃなくて、物理的に。大きくなった胸部が、視界を遮っているからだ。

震える手でそれに手を伸ばせばふにゅ、となんともいえない感触が手に残る。男の夢とロマンが詰められたそれ。今はばっかりは感じたくなかったマシュマロのような柔らかさに、ビシ、と固まった。うそだ。

……い、いやいや〜〜〜〜!俺の胸部ちゃんってば、一瞬で発達しすぎでは?? 確かに俺も男だし、夏油先生みたいに胸筋鍛えたいな〜とか、七海さんのモデル体型いいよな〜とか憧れてはいたの。だって男の子だからね??でもね、今まで筋肉に相談しても全然解決してくれなかったのに、どうして??今こんなに胸囲が成長したの??

ま〜〜〜いっか〜〜〜!あ〜〜〜〜よかった〜〜〜〜俺の憧れの!!大胸筋!!!うるっっっせえよ!!現実なんか見たくない頼むやめろ!!!恐る恐る胸筋(仮)に手を伸ばした。

ふにゅり。おれのきょうきんにゆびがうまった。

ざあっ、と血の気が引いた。俺の知っている理想の筋肉はこんなに柔らかくない。もっとカチコチなんだ。前に夏油先生に触らせて貰ったから俺は知ってる。
いやいや、うそ、うそだって。なきゃいけないものがなくて、あっちゃいけないものがある。え?何?は?どゆこと??これってだって、おっぱ……。

おい!!嘘だろ!!おいてめえ真人!!おれの、

「おれのあいぼうをかえせえええええ!!!!」
「はは!棒とか!うまいね〜」
「殺す!!!!」

上手いこと言ったつもりねえよ!!!くそが死ね!!!俺を男に戻してから今すぐ死ね!!派手に飛び散って死ね!てめえの罪を数えながら死ね!

呪具を振り回すけど全然当たらないどころか、さっきまで軽々振り回してたものがなんだか急に重く感じた。まさか筋力まで落ちてんのか!?あんなに鍛えたのに!?帰って来て俺の筋肉!!
攻撃しながら内心でめちゃくちゃショックを受けていたら、一瞬の隙を突かれて背後から、真人の鞭のようにしなった腕に捕まった。

ほんとこいつなんでもありで嫌になる!!くそ、マジでびくともしねえ……!いやそもそも三級そこそこの俺が特級に敵うわけもねーんだけど!そこは唸ってくれよ、俺に秘められしの怒りのパワー!つーか普通にピンチ!

「や、めろって……!!くそ……!離せてめえ!!」
「やっわらか〜〜。は〜〜〜〜いいにおい」
「てめえ殺す!!」

殺意を漲らせる俺を難なく押さえ込んで、首筋に顔を埋めていた真人に反撃しようと力を込めた。その瞬間、ぬる、と生暖かい感覚が首筋を滑って、思わず肩が跳ねた。

「ひっ……!」
「うーん、感度はこれからか……。まあ、そういう風に変えたから、大丈夫大丈夫」
「なに、言って……!ひゃぁっ!」

なにが大丈夫なのか、と聞こうとした瞬間、真人が突然耳を甘噛みしてきた。想像してなかった刺激に、自分の口から漏れた声を聞いて思わず体が固まった。
頭に登った血がまた落ちていく。なんだ今の声、おかしいだろ。男なのに、あんな女の子みたいな、声。いやいや、ほら、そんな、ねえ?たまたま、たまたまだって。

「んっ、……や、やめろ…って、ば…ぁっ!」
「見なよ、名前。ほら、ここ立ってきた……耳弱いんだ?」
「〜〜〜っな、わけ!ぁ、ひっ、やだ、やめろって…!っぁあっ」

楽しげに笑みを落とした真人が耳の中に舌を入れた。ぐちゅぐちゅと水音が脳に直接叩き込まれるような感覚。ぞわぞわと背中が粟立って、腰が抜けそうになる。
時々息を吹き掛けながら、いつの間にか服の中に潜り込んだ真人の手が、かり、と頂を弾いたり捏ねるように弄び始めた。その度に体が小さく跳ねる。なにこれ、いやだ、こんなの知らない。

「やだ、って可愛い。ほら、気持ちいいよね?名前、ここ苛められるの好きなんだ?」
「ふ、ぁっ、や、やめ……は、ぁっ」
「名前になにしてんだ!」
「ゆっ、悠仁〜〜〜〜!!!」

息が荒くなってもう立てない、と思ったら聞きなれた声と一緒に突然物凄い衝撃が襲って来た。なんだかよくわかんないけど、どうやら悠仁が助けに来てくれたらしい。うわ〜〜〜〜流石悠仁!ジャンプの主人公みたい!やっちまってくだせえ兄貴!

そんな俺の祈りも空しく、真人はめちゃくちゃイイ笑顔でトンズラこいた。マジであいつ処す。……つか!!俺の体が戻して行けよ!!あいつ、マジで!次会ったら絶対殺す!

「大丈夫か、名前…………名前?」
「〜〜〜っゆうじぃぃぃいい!!!」






「うぅ……ひっく……お、おれ……、これからどうしよ、せんせぇ…」
「……状況はわかったよ。よしよし可哀想に」
「オイ、一応女子だぞ、名前に触んな」

く、釘崎ちゃん……!格好いいが過ぎる……!感動に震えながら思わず俺を庇うように立つ釘崎ちゃんの制服の裾を握りしめた。

べしょべしょに顔面を濡らしながら高専に帰った俺は五条先生はじめ同期の皆に泣きついた。それはもう恥も外聞もなく。しょーこ先生に見てもらったけど、マジで俺は女の子になってしまったらしい。頼みの綱の五条先生にも、無理だねえ、と手を挙げられてしまった。可哀想すぎるだろ俺。ほんとマジであのクソ呪霊殺す!

そんなこんなで今、俺は同期によしよしされている。みんなやさしい。伏黒なんかはめちゃくちゃ真剣な顔をしている。お前なに考えてんの??俺玉犬じゃねえんだけど、そんな真剣に撫でんなよ。

先程からガルル、と五条先生に噛みついている釘崎ちゃんだが、悲しいことに見上げるような身長差になってしまった。普通にショックだ。
今日の朝まで俺の方が身長が高かったのに。しかしそんな俺の僅かに残った自尊心すら、釘崎ちゃんは粉々に砕いた。なにしろ俺より断然格好いいのである。

とっくに限界を突破したジェンガの如くメンタルがぐずぐずになっている俺が自己嫌悪と真人への殺意に満ち溢れているなか、てきぱきと色々準備してくれた。
しかも服まで貸してくれた上に、その、女の子用の下着までも用意してくれたのだ。真人に中途半端なことされたせいで、その、乳首が擦れてちょっと痛かったから、素直に助かった。

株価急上昇しすぎてもうつべこべ言わず抱いて欲しい。3割増しで好き。今は男共は近寄るな、と言わんばかりに釘崎ちゃんフィールドが展開されている。対象は五条先生だけだけど。

しかしバシィンと五条先生の手を払いのけたのはやりすぎではなかろうか。いやね、五条先生なんだかんだ優しいし……。たまに距離近くね?ってときはあるけどさ。

「流石に最強の僕でも魂まではねえ……」
「やっぱアイツ殺すしかねえか……」
「まってゆうじお願い帰ってきてそんなハイライト消さないでお願い」

歯が擦り切れんじゃないか、って勢いで歯を食いしばっていると伏黒がそっと肩に手を置いた。鎮まりたまえみたいな深刻な顔すんな!お前のギャグ分かりにくいんだよつっこめねえよ!

「で、どうするんですか、名前。男子寮のままでいいんですか?」
「そ、そんな!伏黒、やめろよ!俺を女の子扱いすんじゃねえよ!男だぞ俺は!!」
「女だろ、今は」
「不可抗力だから!ちゃんと男の子だから!お願いこれ以上俺から尊厳を奪わないで!」

うっ、と顔を覆えば伏黒も、うっ、と声を上げた。ただでさえミキサーに掛けられた緑黄色野菜のようにぐずぐずな俺の心に追い討ちをかけて楽しいのかお前は!!坊泣いちゃうんだからな!と意気込めば悠仁がそっと肩を寄せた。悪ノリだ。俺は悠仁のそういうとこ好きだぜ。

「あーあー、また伏黒が名前のこと泣かしたー」
「サイテー、女子泣かせて楽しいかよ。クズか」
「やだ〜〜恵サイテー、ちょっと男子謝ってよ〜」
「てめえも男子だろうが!」
「まって釘崎ちゃん、その理論なら俺もおと……なんでもないです」

あまりに女子扱い、と抗議の声を上げれば釘崎ちゃんに睨まれた。はい、黙ります。やべえここで釘崎ちゃんにそっぽ向かれたら終わる。
そんな空気を霧散させるように、ひとまず飯にしねえ?と言い出した悠仁に皆で頷く。助かった、と皆に続いて教室を出ようとしたら五条先生に呼び止められた。

「ああ、名前。後でちゃんと見せてね、もしかしたら上層に説明しなきゃいけないかもだからさ」
「うっ……こんなの報告いるの先生」
「だぁって、名前黙ってたでしょ、あの特級に絡まれてたの。後できっちり聞かしてもらうからね」
「ひえ……お手柔らかに……」

やべ〜〜〜忘れてくれなかった!報告黙ってたのは悪かったけどさあ、先生言える?花のDKが特級呪霊にストーカーされてますって。俺は言えない。
あんまことのあらましとか皆に聞かれたくねえんだけどな〜〜〜、と唸っていたら五条先生がぽん、と手を叩いた。名案、と言わんばかりの動きだ。

「うーん、皆のいないとこね、じゃあ夜に、僕の部屋においでよ、名前」