違う、そうじゃない!

「あ!夏油先生〜!」
「やあ、名前じゃないか」

そんな声を掛けられたのは夏の日の昼下がりだった。真希さんとパンダ先輩に体術を見て貰ってた俺は、積み重なる敗北に涙しながら汗だくになったTシャツを脱いだ。うへえ、捻ったら絞れそう。上半身裸になった体に吹く風が気持ちいい。

こういうとき男の体ってとても便利だよなあ。女の子の体じゃないからあんまり気を遣わなくていいし。その分真希さんに「男だろ、傷ひとつでピーピー喚くな」と怒られはするけど。

今日は午後から先輩たちが任務に出てしまうので俺はボッチで夜蛾先生の呪骸と戦っていた。そして俺は呪骸からようやく一勝をもぎ取ったのだった。WINNER俺!勝利の味は美味いな!

そんな俺の奮闘を見ていたのか、今日も頑張ってたね、と夏油先生がにこやかに笑って俺の頭を撫でた。うわ〜めっちゃ子供扱いするじゃん!?いや先生の手おっきくて俺は好きだけども!

「夏油先生も鍛錬?」
「そうだよ、名前を見てたら私も頑張らないとと思ってね。という訳で、組手でもしようか」

ひえ。





「敗北の味しかしねえ……」
「いやいや、最初の頃に比べたら大分強くなったよ」
「でっすよね〜〜〜!」

おい、ちょろいとか言ったやつ表出ろ。自己肯定感を高めていくのは大事なんだよ。みんなもそうだろ?東堂先輩も言ってたしな!好きを言うのは大事なんだぞ。高田ちゃんはよくわかんねえけど!

てへへ、と笑っているとでもまだまだ一人で任務は行かせられないな、ってちょっとだけ釘を刺された。そげな。俺に自由か七海さんをくれ。七海さんによしよしされて〜〜。

夏油先生によって簡単に転がされた俺は、再び苦い敗北の味を噛みしめながらも木陰で夏油先生と休憩をしていた。盛大に汗を掻いていた俺は当然上半身裸だし、夏油先生も暑いらしく珍しくTシャツの裾で顔の汗を拭っていた。ずり上がったせいで夏油先生の腹筋が見えた。は??クソほど筋肉あるじゃん。いいな〜〜〜。

「え〜〜やっぱ夏油先生の筋肉すごいっすね〜、触ってみて〜」
「……触ってみるかい?」
「い……いいんすか……!」
「もちろん」

名前だけ特別だよ、なんて言って夏油先生が腕を広げた。そこに迷いなく飛び込む。ふんわりと爽やかな汗のにおいがした。は?イケメンは汗にすらそのイケメン成分が含まれているというの?いやいやそんなことより見てこの筋肉!
うお〜〜、すげえ胸筋!腹筋!上腕二頭筋!いいな〜、と思いながらガチガチの筋肉を指でつつく。

「ほら、もっとちゃんと触って、そう……」
「ひええ」

夏油先生が俺の手を掴んで自分の腹筋に触らせた。すべすべした肌が気持ち良いいんだけど、それ以上にやっぱすげえ筋肉。
か、かたい……!めちゃくちゃ固い……!う、腕、上腕二頭筋もすげえ、夏油先生すげえ。どうやったらこの筋肉付くの??俺にくれよ、もう。筋肉交換しよう。

「はわわわ……」
「どうだい?名前がいつも言ってる筋肉の感触は」
「しゅごいぃぃ」

いや、マジですげーのよ!分かる!?カッチコチなの!これぞ俺の求める理想の筋肉ってやつよほんと。
夢中になっていたらいつの間にか夏油先生がじっと俺のお腹を見ていた。うっ……!何を言われるのか想像がつく!やめて言わないで!

「名前の筋肉は…………あんまり付いてないね」
「いわないで先生……!」
「うーん、なんで付かないんだろうね」
「先生の言うとおり筋トレしてるのになー」

がっくし、と肩を落とせばふふ、と夏油先生が上品に笑った。いつも思うんだけど上品さで言ったら夏油先生も御三家なんだよなあ……特級だし。やっぱ強いの格好いいよな〜。

俺は呪力量少ないし術式も近接向きじゃないから、ぶっちゃけ五条先生とか夏油先生には憧れしかない。今の俺は敵に見つかったらなす術なく殺されちゃうタイプの術師なので、俺1人でも生き残るために近接戦を特訓中なわけだ。ついでに呪力のコントロールも。

五条先生も強いんだけど、夏油先生の体術は特に凄いし教え方も上手いから、俺は夏油先生をめちゃくちゃ尊敬している。なにしろ筋肉もすごいし。筋肉は嘘を付かないし。
いや五条先生もムキムキだけどね?俺の理想の筋肉が夏油先生って話。しょーこ先生に言ったら熱測られたけど。先生、俺は正常!

「ちょっと腹筋力入れられる?」
「もちろん!……ふっ!」

しげしげと俺の体を見てた夏油先生に言われて、腹筋に力を入れる。うっすらと線が入るけど先生みたいにくっきり割れてるわけじゃない。ちくしょうなんで!!俺の筋肉どこ!?あんなに苦しいときも一緒に乗り越えてきたじゃない!
内心で捜索願を出していたら、急にお腹にしっとりとした熱が生まれた。

「ひっ……!」
「うーん、筋肉はあるんだけど……」
「せ、せんせ……あの……触るならゆって……」
「ああ、ごめんね。触ってるよ」
「いや遅いって」

思わず入れたツッコミも先生にとっては可愛いものらしい。すごい生返事だった。でも夏油先生がわざわざ腹筋に力を入れろというのだ。もしかしたら俺が筋トレ方法を誤っている可能性だってある。もしかしたらそれを解決してくれるかも、しれない!……かも、しれ……ない……?

「あ、あのあのあのせんせ??なんか、その」
「なんだい?」
「いや、なんか…………うん」

い、言えねえ〜〜〜〜!なんか触り方あれじゃないですか?とか言えねえ〜〜〜〜!

え!?ハッキリ言っていい!?触り方が変態くせえんだけど!なんでそんな指先で撫でるみたいに触んの!?べたって勢いよく触ったら良くない!?俺のお腹そんなにぷにぷに!?よろしい次会うときは法廷だ!

「あ、えっと……げ、夏油せんせ……?」
「ああ、ごめん……もう少し……」
「あっ!?……ちょ、せんせ……!?ひっ!」

ぞわぞわと背中に何かが這うような感覚がして体が跳ねたし、変な声も出た。やべえ死ぬほど恥なんですけど!これは生き恥!
マジで、先生!ねえ待って!!どうしてそんなニヤニヤしてんの!?ねえ!そんなめちゃくちゃいい笑顔浮かべて俺の腹撫でないで!?
ちょ、ま……!アッーー!