帰れるときには帰るべき


「マイク先生いますか?」
「みょうじか、どうした。英語か?」
「あ、いえ。個性のことでちょっと相談が」

放課後。ざわざわと喧騒が校舎を包む中、職員室で目当ての人物を探していると声を掛けられた。担任の相澤先生が珍しいものでも見るかのように見上げてくる。まあ確かに私がマイク先生目当てに職員室にくるのは珍しいかもしれないけど。

「お前がマイクに?」
「は?はい……え?だめです?」
「みょうじどうしたァ?」
「あ、マイク先生、明日この間の続きお願いできますか?」
「おう、何時でもいいぜ!」
「……」

面白くなさそうな顔の相澤先生が、マイク先生を睨み付けた。なんで、と声が聞こえて思わずマイク先生と顔を見合わせる。

「個性の伸長ならマイクじゃなくてもいいだろ」
「はあ……」
「おやァ?イレイザーもしかして焼き」
「うるせえ仕事しろ」
「いってえ!なにすんだよイレイザー!」

つーかこれも立派な仕事だろ!?ぎゃあぎゃあ職員室で年甲斐もなく騒ぎ始めた大人2人に、他の先生方も呆れたように見ている。ほんと仲いいですね?

とはいえ、相澤先生がここまでしつこいのは珍しい。合理性に欠けるといって意見をばっさり切り捨てることが多いものの、生徒が考えて出した結論に対して、結果がどうだろうと実践させて学ばせるスタンスだというのに。

「というかなんでこいつなんだ。つーかお前、この間重力操作の精度上げるっつってたろ。仮免までモノになんのか」
「進捗8割くらいですかね?煮詰まったんで、ちょっと平行で音というか、気圧の操作とかにも手をだしてみたくてですね」
「それでマイクか……頼りになんねーだろこいつじゃ」
「ひっでえな!!」

相澤先生の一言にマイク先生が噛みつく。
重力操作は仮免前までにある程度の形になると予想して、少しだけ次の手数を増やす方向で考えていたのだが。こうも面白くないと捉えられるのはいささか心外だ。

手数を増やしておけ、と言ったのも相澤先生である。うん、そう、人選も間違っていない。いちゃもん付けられる理由がどこにあるんですか相澤先生……!今日はそういう気分なんですか……!?

「いやいや、音に関してはマイク先生プロですし……」
「ホラ見ろ、みょうじはデキるやつだからちゃんと頼るとこわかってんだよ」
「俺だってできる」
「いやできねえだろ!」
「だからってなんでマイク」
「相澤先生、専門外に聞くの合理的じゃないっていうと思いまして。だからマイク先生に」

何度も言うが、相澤先生は合理性の鬼である。
専門家がいるならそちらに聞け、と言われることは容易に想像が付いた。だからこそマイク先生をチョイスしたんだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

相澤先生の合理性の追及に勝つには、理論武装が不可欠である。今回もそれに習って武装したつもりだったんだが。というか、なんで学校生活でこんなことしてるんだ私、癖か。怖いな。

「ほら見ろ〜、やっぱみょうじわかってんだよ〜」
「……」

BOOOと口を尖らせたマイク先生がそう言うと相澤先生が眉間に皺を寄せて黙り込んだ。文字通りの納得いかない顔だ。いや私も納得いってないんですけど、と思っても相澤先生の口は一向に開かれない。

それにしても、案外この人も分かりやすいとこあるな、と思って思わずマイク先生に耳打ちをする。

「相澤先生拗ねちゃいましたかね……?」
「消太はアレでも意外と繊細なとこあっからナァ……」
「でもなんか今日の相澤先生おかしくないですか?熱でもあるんじゃ……」
「聞こえてるぞお前ら……!」

カッ、と音がする勢いで相澤先生が睨んで来た。やっべとマイク先生の影に隠れる。そんな私たちのやり取りを見ていたミッドナイトがコーヒーをすすりながらしみじみと呟いた。

「なんだかんだあなた達仲良しねえ……教師と生徒……青くていいけど、相澤くんほどほどにね。教育委員会に目をつけられると厄介よ?」
「アンタがそれ言うんですか」

はあああと深いため息をついて頭を抱えた相澤先生。本当に珍しい。この人がこんなに感情や態度を全面に押し出してくるとは。
すると、そのやりとりを見ていたリカバリーガールが相澤先生の側で足を止めた。

「おや、イレイザーヘッド。あんたもしかしてもなくて熱ないかい?」

ぴたり、と相澤先生が止まった。予想外の言葉に職員室が一瞬静かになった。

「………………ねえですよ」
「いやいや今の絶対あるやつ」
「いやいやまず熱計りましょ」
「ねえっつってんだろ。お喋りしてんなら訓練してこい」

長い沈黙に図星だな、と多分全員が思った。話は終わりだ、とさっきまでしつこさはどこへやったのか。今度はしっしっ、と手を振った相澤先生に思わずマイクと顔を見合わせてにやりと笑った。マイク先生とはなんだかんだ波長があってやりやすい。人生ユーモアも大切である。

「まどろっこしいな!みょうじ!」
「はい!」

マイク先生の声と共に、相澤先生の死角から重力操作を発動させた。がふ、と机に臥せった相澤先生が唸るような声をあげる。マイク先生がすかさず体温計を取り出した。

「うっ……!みょうじ、おまえ、覚えてろよ……!」
「私の攻撃モロに受けてる時点でアウトですよ!」
「はいDOUBT〜〜。38.5℃〜〜。明日からは連休だしたっぷり休んで回復させろよ!」

はいアウト。さっさと帰って下さい、と一部始終を見ていた他の教師たちからも口々に声があがる。
寮制転換とか神野の事後処理やなんかで疲れが溜まったんだろう。先月はブラド先生も体調を崩していたから納得だ。

個性を解除しても机の上から動かなくなった相澤先生のおでこに手を当てるとやはり熱い。これはもう無理だなと察して相澤先生に呼び掛ける。反応がない。よくもまあこれで仕事していたものだ。おかしいのも納得した。

「大丈夫ですか?相澤先生」
「お前の手、冷たいな」

こりゃだめだ。
ぼんやりとこちらを見た目がいつも以上に死んでいて私が頭を抱えたくなった。ぱし、と手を取られて首筋に手を当てられる。
あの、私の手を握っても回復しませんよ。あの、その気持ちいいです、って顔ちょっと目に毒なんでやめて貰えませんかね……?

ごつごつとした喉仏に手が触れて、思わず固まった。男の人らしい、骨格。心なしか血色のいい頬、潤んだ瞳、熱い体温。思わぬ色気に、ごくり、と思わず喉が鳴った気がした。

「みょうじ……」

〜〜っ病人は!!早く病院行って寝ろ!!!
ミッドナイトきゃあきゃあうるさいですよ!!禁断とか言ってる暇あったら止めてください!

「この熱じゃ頭回るものも回らないので早く病院行ってください。今、緊急で対応しなきゃいけない案件ありますか?」
「……1件」
「誰が適任です?クラスへの伝達なら私がやっておきますし、仮免関係ならブラド先生であれば問題ないかと」
「両方、だな」
「了解です、じゃあ引き継ぎするのでマイク先生、ブラド先生呼んでもらえます?まとめて引き継ぎます。相澤先生はまず半休の申請をお願いします。どうせ溜まって消化しきれてないでしょうからこの機会に使ってください。回らない頭で仕事するなんてそれこそ非合理的ですよ。掛かり付けの病院ありますか?今すぐ電話して予約してください、先生、聞いてます?」
「みょうじ、お前有給申請とか社会人経験あんのォ??」



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -