人生が薫る駅前


「よお」

秋葉原の会社に帰る途中。道を歩いていたら、突然声を掛けられた。
ずっと聞いてなかったけれど覚えている、記憶の中と同じ声に思わず足を止めて振り返った。相変わらずのゴツイ体と、口もとの傷。あとツラの良さ。数年たっても前とあまり変わっていない姿に、幻を見てるんじゃないかと思わず辺りを見回した。

「……びっ、くりした……え?甚爾くん?何年ぶり?」
「随分景気いいじゃねーか、変な馬名つけやがって。命名料寄越せ」
「いや、聞けよ」

おそらくこの間デビューさせた牡馬のことだろう。オオスカトウジと名付けたのがバレたらしい。いや、結局は有馬記念勝ったしいいんじゃないの。
しかしこの男、どうやら納得がいっていないようだ。まさかその文句を言いに来たわけじゃないだろうし、一体なんだろうか。

立ち話もなんだし、と側にいた秘書に応接室と今日のスケジュールの空きを聞く。問題はないらしいので、そのまま社内に案内すれば怖気づくことなくドカ、と革張りのソファに腰を降ろした。
その態度に秘書が若干顔をしかめた。たぶん、あのかっちり男と甚爾くんは破滅的に相性が悪い。コーヒーはいらないから自分の仕事をしてくれ、と言えば何か言いたげにしながらも下がってくれた。

「で?なに?急に」
「金貸してくれよ」
「はあ?どういう風の吹き回し?甚爾くんが金貸してなんてお願い。リターンのある賭けはどうしたわけ?随分大人しくなったんじゃない?」

矢継ぎ早に質問をぶつければうんざりと顔をしかめた。とても頼む側の人間とは思えない態度に、やっぱり本物だな、と確信を得る。
経緯を話すつもりはあまりないらしい。女子高生にたかるだけある、と思いながらも本題に入る。わざわざこの男が、相当昔の縁を引っ張り出して来ていることを考えればそれなりの額なんだろうと予想は付いた。

「まあいいや。で?いくら?」
「10憶」
「…………南国の島でも買うの?」
「いいや俺のガキだ」
「は!?」

待って色々おかしい。流石に信じられなくて大声をあげた。
まずこの男が人の親だと言うことが一番の衝撃である。加えて自分の子供を買うという発言。私馬は買ったけど、流石に人間は買ったことがない。買ったという表現に間違いがなければこいつ、自分の子供を売ったのではないだろうか。

昔からちょこちょこ女の陰があったからヒモでもやってんのかな、とは思っていたけどまさかそこまでクズだったとは。心底引いた。おやっさん、確かにやべえやつだったよ。こいつクズ過ぎる。

「ちょっと前に色々あってな。まあ早い話、買い戻してえ」
「最低だわ。人権団体に連絡しとく」
「うっせえな。1日分の金、随分まけてやったろ。それにみょうじなら出せんだろ。いいから貸してくれよ」
「いつの話よ」

確かに随分大盤振る舞いだなとは思っていたけどその借りをここで返させるとか。当時この男に憧れだなんていう幻想を抱いていた自分を殴りたくなった。目を覚ませ、私。いやでも変にはまらなくてよかったと思う。

まあ、甚爾くんもこの数年で多少なりは変わったんだろうことは予想がついた。あの頃よりも随分と柔らかい表情になっている。
きっと寄り掛かれる場所を見つけたんだろうな、と思えば私も少し嬉しくなった。私も、甚爾くんも間違った道を進んじゃいないし、ちゃんと自由で良かったと、ようやく胸を張って言える。

「……いいよ」

ニヤリ、と笑えば甚爾くんはぽかんとした表情を見せた。頼んだはいいけど、本当にこの返事が返って来ると思わなかったんだろう。
10憶は決して安くはない。でも、この男が、なりふり構わず必死になる存在を、私も大切にしたいと思っただけだ。あの時、私を導いてくれた彼への恩返しになればいい。

「代わりにそのレース、乗らせてくんない?」

リターンはきっちり貰うけどね。踏み倒しなんてさせないから。




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