フルスロットルで風になれ

晴れ時々、馬日和。

ハルウララな今日も今日とて、競馬場は人間の坩堝だった。名前ちゃーん今日どの馬勝つかおしえてよお、なんて安いハイボールの匂いを撒き散らすおっさん共を蹴散らしながら、いつもの場所へ足を進める。
もう10年近く、それこそ子供の頃から来ている場所だから必然的に顔見知りも多い。今日みたいな平日の朝からいる人間なんてよっぽどのカスであるからして、自然と見慣れた顔ぶれになった。

まあ、私もそのカスに入るのだろうけど。

まともな女子高校生は平日の昼間に競馬場なんかに来ない。それくらいはちょっと学校に行けばわかる。けど、こちとらみんながそうしてるから、なんて理由で終われるほど良い子ちゃんでもない。私がここに居るのは、私がここを気に入っているからだ。

同じ年くらいの女の子が行くような場所よりも、ちょっと人間の底が垣間見えて、ちょっと感情表現がダイナミック。そして漂うアルコールの香り。私がここを好きな理由。
なによりこんな大人が目を血走らせて動物を見る場所が他にあるだろうか。国も認める合法的にクレイジーになれる場所なんてそうないだろう。

少なくとも夜中にどんちゃん騒ぎして時々クスリをキメるような違法クラブなんかより、よっぽど健全だと思っている。それを言うとPTAや教育委員会がうるさいんだろうけど。悪いが大人の事情など知ったことではない。

今日は10-5-4かな。ポチポチと端末を弄って馬券を買う。ついでにコーラとホットドッグも購入。ジャンキーここに際まれりだな、なんて思いながらいつもの場所に向かう。
ちゃんと学校いけよの声には今日創立記念日でーす、と返すやりとりは今年に入って既に50回を超えてしまった。

いたいた、と内心で笑う。
全身黒を纏うゴツイ背中は簡単に見つかった。ひょい、と背後から座席を飛び越える。ひと席間を開けて腰を降ろせば面倒なのが来た、と言わんばかりに特徴的な口元が歪んだ。

「甚爾さーん」
「げ、お前またいんのかよ」
「今日は地方しかやってないんだからしゃーないって!つーかまた負けてんの?ウケる〜」

今日何レース目?と聞けば誰が教えるか、とぶすくれた声で答えが帰って来た。

甚爾と名乗るこの男とひょんなことから知り合って早数ヶ月。最初こそあっち行け、ガキは帰れだのなんだの言っていたが、1度惨敗してすっからかんになったところを奢ってやれば、それ以来態度は軟化した。
ちょれーなこのオッサン、と思ったものの、当たらない馬券に大金を賭ける潔さが見ていて面白くて、それ以来こうして見つけては声を掛けている。

なによりこの頑なに名字を名乗らない甚爾さんの側にいるのは楽だった。大人とか、男とか、たぶんそういうプライドやあるべき姿みたいなものをドブに捨てている。大人らしくない大人だった。
ここはそういう人間が多くて息がしやすいけど、この男の横は特に息がしやすかった。

ちら、大きな手にさっと隠された馬券が見えた。なるほど、5-10-4。同じ3馬か、でも残念ながら順番は違うけど。にやり、と笑えば目の前の真っ黒い男の口元が歪んだ。うわ嫌そうだな、と隠さずに笑う。

「おい、人の馬券勝手に見んじゃねえよ」
「その3頭はいい感じ。良い目してきたじゃん」
「…………マジか」
「マジだ」

にやり、と笑えばまじまじと馬券を見た。三連単1枚に全額つぎ込むような無茶な方法で買わなくなったのを見る限り少しは競馬に慣れたらしい。慣れてなくて金に余裕あるならボックス買っとけよ、と言っていた最初の頃が懐かしい。

「つうかお前何買ったんだよ、見せろ」
「ヤだね。見たらおんなじの買うだろ、おじさん」
「おじさんじゃねえっつてんだろ」
「は〜〜?それは私より当てられるようになってから言えって〜」

ゲラゲラ笑ってコーラをひと口含めば、チッと盛大な舌打ちが聞こえた。こんな仲になってしまうと怖いも何もないし、そもそもこれくらいで怖いなんて言っていたら競馬場ではやっていけないのである。
全然怯まないどころかホットドッグに噛り付いた私を見て、甚爾さんは再度舌打ちを零した。

「可愛くねえ女」
「やだ〜おじさんそれ言っちゃう?よりおじさん感増してますけど?」

ばしん、と肩を叩いたけどこっちの手が痛くなった。どんだけ筋肉あんのよ、このおっさん。武闘家かよ、闇のゲームとか参加してたりしちゃって。運は弱いけど力でねじ伏せる的な?ジャンプの敵キャラかよ。

なんてそんなことを勝手に考えながらしげしげとその体を見ていると、場内に音楽が鳴りひびいた。そろそろレースが始まるらしい。今日はあの暴れ馬も大人しくゲートに入った。

「つーかお前未成年だろ」
「は?今は成人してますぅ」
「身分証の名前ちげーだろ、知ってんぞ」
「ああ、うん、姉貴のだから」

こういう時顔が似ている姉妹というのは助かる。
的中馬券は高額になると窓口での面倒なやりとりが生まれる。一応オッズには細心の注意を払ってるつもりだけど、万が一着順変更で配当金が上限を超えてを超えてしまうと面倒だ。

1度それで900万の的中馬券を手放したことがあってから、姉の身分証を活用している。まあそもそも未成年は馬券を買えない。このことをおっさんは知っていた。つまりそれを盾に脅しに掛かっているのである。小癪な。

「俺がこいつは苗字名前っつー別人ですって言ってもいいんだぞ」
「は?もう当たる馬教えねーぞ」
「…………」
「やめんのかい」

ワントーン下がった声でそう言えば、甚爾さんは沈黙した。この男も金には勝てないらしい。一体何にそんなに金を使うんだか。まあ興味もないけど、と思っていたらガコン、とゲートが開かれて馬が飛び出してきた。始まった。

隣の男は冷静な振りをしながら目の前のレースをチラチラと見ている。レースは早い段階で10番、5番、4番の馬に絞られた。今のところ5番が先頭を走っている。おっさんの買った馬券の通りだ。このまま行けば、だが。1番人気は5-10-4だけど、私の予想だとそろそろ10が来るはず。あまり人気のない組み合わせだったけど来る自信しかない。

そして10の足が一段とスピードを上げて、そのまま最後の直線を走り切った。圧勝である。そこかしこから叫び声が聞こえる。最高に気分がいい。これだから競馬はいい。人間にどうにもならない意志が働くところが特に。

「げっ!」
「よっしゃ!!!」

イエーイ、とダブルピースして当たった三連単の馬券を見せつける。

「ただきました60万〜」
「ちぃっっっっ!!」

盛大に舌打ちをしておっさんは馬券をビリビリに破り捨てた。いや〜〜あんたにはまだリターンのでかい勝負は向かねえよ。 こういうのは情報収集もあるけど多少の運は必要だと思っている。甚爾さんはこういう賭け事の運が低くて、勝負には向かないタイプとみた。

「なんでそんな当たんだよ……!」
「おっさんはマジで一攫千金向かないタイプだね〜」
「言ってろ」

頭を掻くおっさんの背中を叩く。ばしん、と良い音がした割におっさんは痛がる素振りもなにもなかった。ちぇ、ほんとゴリラだなこのおっさんは。
今日の私は気分がいい。当たったのもあるけど、何よりこの男の悔しがる表情を見れたことが最高に気分いい。なにしろ渾身の1枚が外れちゃったもんね。

「まあまあ、奢ってやっからさあ」
「角打ちはいかねーぞ」
「築地でうまいもん食おーよ、プリン体たかそーなの死ぬほど乗っけてさ、海鮮丼」
「しょうがねえな、奢らしてやるよ」

そう言って2人で腰を上げた。機械から吐き出される60枚の諭吉を無造作に鞄に突っ込む。どうせすぐ口座に突っ込むんだ、曲がったってなにしたって良い。そんな私の適当さを見て、甚爾さんが嫌そうに顔を歪めた。意外とそういうとこ律儀だよね。札束の枚数数えるタイプでしょ。

そう言えばうっせーよ、と返された。図星らしい。そんなおっさんの様子にけらけら笑いを零す。不機嫌ながらになんだかんだ離れようとしないあたり、一応築地の高級海鮮丼よりは価値があるらしい。

私はなんだかんだ、こんな生活を気に入っている。歳の離れた友達のような、兄貴のような。そんな曖昧な関係だけれど。 どうしてかこの男の側は息がしやすかった。

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