アイムファイン!サンキュー!

「あー、なんだ、その、うちの弟が悪かったな」
「いや、流された俺も悪いんで……すいません」

深夜2時。佐野家にお邪魔した俺は、マイキーくんの兄貴だという真一郎さんとお茶の間でコーヒーを頂いていた。マイキーくんは寝た。もう一度言う、寝た。
この状況で俺を1人にするとか本当やめて欲しい。ドラケンくんに付いていく方が絶対に正解だった。駄々っ子を発揮したマイキーくんに折れるべきではなかった。過去の俺、ぜひ考え直してほしい。

「ま、幸い布団もあるし、もう遅いから泊ってけ。うちは大丈夫だから」
「お言葉に甘えさせていただきます……ありがとうございます」

にか、と笑った真一郎さんは家の中を案内してくれた。俺はマイキーくんの部屋で寝るらしい。何はともあれ、ふかふかのお布団で寝れるので俺は大変嬉しい。例え会ってまだ1時間くらいしか経ってない推定友達の家だとしても。不良ってみんなコミュ力カンストしてんの?根明しかいないの?

平成の不良こえーよ、と内心でビビッていたら真一郎さんに風呂に入るか?と聞かれて、俺は秒で頷いた。あの不良に一発殴られたせいで口元は血がついてるし、そもそも俺は渋谷事変後の処理で渋谷中を走り回っていたのだ。汗とか血とかでぐちゃぐちゃなので風呂の申し出は非常に有難かった。
人間、風呂とご飯と布団があれば大体解決する。これは俺の持論だけど、狗巻先輩には同意を得ているので世の理です。しゃけ〜。

「風呂の中のモン、好きに使ってくれ。着替えは後で持ってくる。樹はMサイズか?」
「XLに憧れます」
「はは、了解」

軽口を叩きあいながら浴室に入った俺はようやく一息を付いた。いや、真一郎さんマジでお人よしすぎて心配になんだけど、大丈夫か?なんか悪い壺買わされたり泥棒とかに同情して許しちゃいそうなんだけど。
とはいえ、俺もその善意に甘んじている以上何も言えない。せめて一泊一飯の恩はこの家にいる呪霊を祓うことで返させて貰おうっと。あんないい人なら負の感情なんか集めなさそうなんだけど、そういう体質なんかな。補助監督さんいないからわかんないけど。

真一郎くんの肩とか、天井隅とか。佐野家にはなぜか蠅頭がふよふよ漂っている。別に害はないけど、俺が来たことで変なスイッチ入っても困るし。祓っておこう、と決意して服を脱ぐ。
げ、今日呪霊から喰らった傷、すげえ痣になってる!あんまり痛みはないから気にしてなかったけど、やべーな。まあ、いつものことだしすぐ治るだろと鏡を見ていたら扉が開いた。

「樹、バスタオル渡し忘れて、た……」
「あ、わざわざすんません。ありがとうございます」
「ああ、うん……」

バスタオルを持って来てくれた真一郎さんは俺を見て固まったあと、生返事をして顔をひっこめた。なんだったんだろ。まあ、いいや。さっさと風呂入ってふかふかのオフトゥンにダイブしよ!





「樹くん!起きろー!」
「うっ……悠仁、あと5分……」
「誰だよ、悠仁って!」

そんな声には、として起き上がった。あ、えーと、そうか俺昨日マイキーくん家に泊ったんだっけ……。 ぼやぼやと覚醒しない頭でマイキーくんの起きろ攻撃に従って部屋から出ると、真一郎さんとおじいさんが俺の朝食まで用意していてくれた。
なんかほんと何から何までご厚意に預かってんな俺……。妹ちゃんはもう小学校に行ったらしく、4人で食卓に着く。

何が気に入ったのか俺にひっつくマイキーくんを適当にいなしながらおじいさんに挨拶をすれば、なんでか分からないけど神妙な面持ちをされた。いや、ほんと突然お世話になった挙句朝食まですいません、って感じだ。
でも深夜までマイキーくんを連れまわしたの俺じゃないです……。むしろここに来いって無理矢理引っ張ってきたのマイキーくんなんで……。お許しを……。

「なあ樹くん!今日はどこ遊びいく!?」
「いや、お前学校行けよ」

目をキラキラさせたマイキーくんに腕を引かれてそう聞かれたけど秒でその提案を却下してしまった。中1のくせして学校さぼるの日常にしてんな、と言えばマイキーくんは頬を膨らませた。子供っぽくて全然怖くない。

けど俺は知っている。喧嘩になるとマイキーくんはマジで容赦なくて、不良を一撃で伸しまくる修羅になることを。なにそのギャップ……。そういうのは女の子だけでいいんですけど!俺に発揮してどうすんの。
それに、どうせその顔じゃ彼女いんだろ!?彼女にやってやれよ!高専に奪われたアオハルを俺に見せんじゃねえよ!

「ヤダ。どーせ樹くん、俺が学校行ったら出てくだろ!?だから今日は俺と遊ぼうぜ」
「だーめ、中学くらいはちゃんとガッコ行けって。マイキーくんが学校行かなかったら俺遊ばないからな」
「は?なにそれ、おまえ何様?」

ピリ、とマイキーくんの雰囲気が変わった。は、今どこに地雷あったの!?あれか、他人に指図されんの嫌ってか!?宿儺じゃねえんだぞ!お前あんな1000年万年中2男みたいになんなよ!

「いーから行けって。ちゃんと行ったら放課後遊んでやるから」
「……ぜってーだかんな」

渋い顔をしながらマイキーくんはだらだらと学ランを羽織って出て行った。不良だと思ったけど意外と話通じるんだな〜と思って味噌汁を啜る。……しまった、完全にやらかした!今マイキーくんと一緒に出て行くタイミングだった!なのになんで俺は呑気に味噌汁啜ってんだよ!?食いしん坊じゃねえか!

しかもこの沈黙!圧倒的気まずさ!!どうしよう、どうしたらいい!?こういう時大人は、七海さんならどうする!?教えて七海担猪野さん!

「坊主、樹と言ったな」
「あ、はい……すいません。突然お邪魔して朝食まで……なにかお礼を……」
「や、気にすんなって。それよりも、樹、家出してきたんだろ?」

真一郎さんのその言葉にギク、と体が強張った。やべえ、そうだ、俺家出してきた設定だった……!
俺は喋ってないから、きっとマイキーくんが言ったんだろう。うわ、やべえ、そこらへん昨日の内に俺から説明すればよかった!良識のある大人だったら家族にこのことを連絡するはずだ。

でもこの仮想世界には俺の家族なんか存在しないし、どっかの施設に入ってるわけでもない。こ、これはやべーやつでは?ぶっちゃけ戸籍も怪しい。つーか家族の話なんて説明したらいいんだよ!?

「あー、まあ、その家出のような、迷子のような……」

世界単位で迷子なんて言えるわけあるか!やべ、なにか、なにかそれっぽい理由を捻りだせ俺の頭!!

「じいちゃん、いいだろ?」
「……好きにしろ、1人増えたところで変わらん」
「ありがと。なあ、樹」

何事かを頷きあった2人が俺を真剣な目で見つめて、そして口を開いた。

「しばらくウチに居候しないか?」
「なんて????」




万次郎が深夜に帰ってきた。
いくら新しいチームを立ち上げるからといって流石に遅すぎる。心配するじいちゃんとエマを説得して寝ずに待っていた俺の元に、ハイテンションの万次郎の声が響く。
遅い、と玄関に向かえば万次郎のほかにもうひとり。万次郎がにこにこ腕を絡めてるその子は困ったように眉を下げながら謝った。

いや、お前が悪い訳じゃないのはもうわかった。どうせ万次郎が引っ張ってきたんだろう。たぶんイザナと同じくらいの年齢。あまり見ない学生服を着たその子は菰野樹と言って礼儀正しく挨拶をした。

万次郎の友達にしてはしっかりした子、というのが俺の第一印象。結局万次郎は俺と樹が話してる間に寝て、気まずそうな樹と俺だけが深夜の居間に取り残された。
分かりやすく申し訳ない、という顔をした樹を安心させるように言えばホッと胸を撫で下ろした。緊張してんのバレバレで可愛い奴だな、と思った。

樹に風呂を進める間に泊まる支度をしようと思って提案すればすぐに頷いて、ちょっとだけ嬉しそうな顔をした。あー、確かに明らかに喧嘩してきましたって顔してるし、緊張しっぱなしも辛いだろうからちょっと1人になる時間もいんだろ。

脱衣所に案内した後に服を脱ぐ音がして気づいた。しまった、バスタオル畳んでそのままにしてたんだった、と慌ててそれをひっつかんで脱衣所に戻る。まあ籠ン中いれときゃいいか、と思って脱衣所に入るともう風呂に入ったと思っていた樹が上半身裸で立っていた。腹に、どす黒い痣を携えて。

それだけじゃない。樹の体には無数の傷跡があった。あまりの傷の多さと完全に塞がって年季が入っているだろう痕に愕然とした。なんとか年上の意地で何事もなかったかのようにバスタオルを置いて出たけど、樹の体が目に焼き付いて離れない。
それと同時に、気まずそうな表情と、深夜に万次郎に連れられてきたという事実がその答えを導き出した。

まさか、虐待、か。

万次郎は我侭ではあるが、本当に人が嫌なことをするようなクズではない。ということは、樹が家に帰りたくなかったのは事実で何かを知っている万次郎が樹をここに無理矢理引っ張ってきた可能性が高い。

あの痣もまだ新しい痕だった。きっと家族の暴力に耐えきれなくなって、逃げ出して、渋谷の街を彷徨っていたところを万次郎に声を掛けられたのだろう。
もうひとりの弟の影が重なって、心が突き刺されるような感覚に陥った。

結局、樹から傷跡のことを聞き出せないままその日は終わり、珍しく機嫌よく起きた万次郎に話を聞けば家出をしてきたらしい。
やっぱり、と的中した予感をじいちゃんにも話せば、じいちゃんも顔を歪めた。当たり前だ、まだ高校生ほどの子供が虐げられているのになんとも思わないほど俺の家族は鈍感ではない。

昨日寝ずに考えた俺の結論をじいちゃんに話せば、じいちゃんは樹次第だ、と言った。俺の考えにはおおむね賛成らしい。悪い話じゃないし、受け入れてくれたら嬉しいな、と万次郎が樹に説得されて出かけていったタイミングで話を切り出した。

帰りたくないのに無理に帰る必要なんてないんだ、樹。自分ひとりで抱え込む必要もねえよ。

「なあ、樹、―――しばらくウチに居候しないか?」
「なんて????」