ユーアーライアー!

夏の気配が過ぎ去ってようやく、事件のゴタゴタが落ち着いた。
結局、一虎くんは鑑別所?少年院?に行くことになったらしい。違いはよくわかんない。一緒にいた場地は主犯じゃなかったとか諸々で収容されるのは免れたそうだ。

まあ訴える訴えないは被害者と加害者の問題だから俺は口出しできないしする気もない。俺も怪我はしたけど術師からしたら大したことないし。
ぶっちゃけ、本人たちが一番納得する形であればいいな〜とは思うけど。

問題は俺よりも真一郎さんの方。即死は免れたものの当たった場所が場所だったせいで、一時的に生死を彷徨った。最終的に戻ってくることが出来たけど指先に麻痺の後遺症が残った。

細かな作業が必要なバイク整備という仕事にはなんともしんどい結果になってしまった。リハビリすればある程度は回復するだろうけどっていうのが医者の診断で、俺は思わず渋い顔をした。
そんな俺を余所に、死ななかったしリハビリすりゃイケる、と豪語する真一郎さんは滅茶苦茶あっさりしていた。なんでやねん。

本人がめげてないおかげかマイキーくんも罪悪感はあれど、どん底までは凹んではいないらしい。いや、メンタル的にヤバかったことに変わりはないけど。
でも、兄弟で話をしたのか今じゃシンイチローは俺が守るとか意気込んでいるし、俺と組手する時間も増えた。俺も割とガチでやり合える相手が見つかって嬉しいのは内緒だ。流石に運動みたいなノリで不良狩りするほど倫理観死んでないし。

「いや〜どうなるかと思ったけど案外どうにかなるもんだな!」
「ポジティブがすぎません?真一郎さん死にかけたんすけど?」
「まあまあ。つーか樹リンゴ剥くのうめーな!うさぎとか」
「真一郎さんもリハビリがてらやってみたらいいんじゃないすかね?」

そう言ってリハビリも兼ねて入院してる真一郎さんにフォークを差し出せばうさぎに剥いたリンゴを頭からかじった。しゃくしゃくと音を鳴らす真一郎さんは何故か満足気だ。いやいやあんた指先動かないのにポジティブが過ぎんだろ。
うめえ、じゃねーんだよな〜〜!普通もっと落ち込むと思うんですけど〜?まあいいんだけど!呪霊にも憑かれなくなったみたいだし!

リンゴを食べ終わった真一郎さんが次はみかんが食いたいと言うのをはいはい、と返事しながら剥いて口の中に突っ込む。彼女にやってもらえよ。いない俺が言うのもなんだけど!

そう、なんでか真一郎さんの周りにいた蠅頭はもう姿形も見当たらない。ただでさえ病院っていう相性の悪い場所だし、3級呪霊くらい居てもおかしくないのに、真一郎さんの周りはきれいさっぱりなにもいない。

なんで急にそうなった?あんなに呪霊のバーゲンセールみたいに張り付かれてたのに?も〜〜〜わっかんね〜〜〜!この世界わかんないことが多すぎて樹くんもう泣きそう!この際呪詛師でもいいから呪いのこと話せるヤツで出てこい〜〜!

みかんもうめえな!とか真一郎さんがにっこにこしながら言うけど、俺は頭を抱えたい気持ちで一杯です。真一郎さんの周りを張ってればいつか強制イベント発生しそうと思った俺の予想は完全に外れてしまった。うーん、と思っていたら病室をノックする音が聞こえて、真一郎さんが返事をした。

「おーい邪魔すんぞ〜」
「おー!ワカ、オミ!今日はベンケイも一緒か!」
「そりゃ我らが初代総長が病院担ぎこまれて全治数週間って聞いたら来るだろ」
「違いねえワ」

いつもと同じメンバーがやって来てやいのやいのと真一郎さんを囲む。ホント仲いいよな〜と思いながらちょっと席でも外そうかな、と思ったらさりげなく腕を引かれて引き留められた。
は?なして??俺の気遣いは!?と思ったら俺の手をひっつかんだ若さんがにこ、と笑った。

「樹、ちょっと」





真一郎さんのお見舞いから帰ってる途中、ブラブラと寄り道しながら渋谷の路地裏をうろつく。
あの後、若さんを含めた3人となんでかやや物騒な話があがったけど、早々に話を切り上げることに成功した。不良界隈いちいち事を荒立てすぎんのよ。もう3人にお任せします〜っつって俺はそそくさとお暇した。べ、べつにめんどくさいとか思った訳じゃねーし!

とにかく、真一郎さんが戻ってくるまで店は休業になってるわけだし、そのうちに色々やっとこーっと。という訳で色々のひとつ、路地裏チェックのお時間である。
こんなにイイ雰囲気なのに、相変わらず蠅頭は少ないし手掛かりになるような呪霊もいない。怪しげな取引もなければ呪詛師もいない。1人ぐらいいろよ〜いつも呼んでないのに来るくせに。てめーのことだよ真人。

結局、ここ最近はなんの手掛かりも得られてないから、もう少し守備範囲を広げるしかないとこまできている。今は渋谷だけど、新宿、池袋あたりまで手伸ばしてみるかな〜。池袋だったら埼玉の情報も入ってくるし。まあそういう意味じゃ神奈川の横浜か川崎あたりでやるべきなんだろうけど。

で、活動範囲を広げるにあたって出てきちゃった問題がひとつ。

「真一郎さん俺のことずっといると思ってんだよなあ……どしよ」

そう、問題はこれ。真一郎さんが俺を本格的に従業員として考えてるってこと。

もちろん真一郎さんの指のこともあるから恩人に対してのサポートはするけど、俺の最大の目標は呪霊を倒して元の世界に帰ることなわけで。他のエリアに足を伸ばすならそれなりに時間も取られるし、俺もそっちに掛けたい。そうなると店にそこまでの時間は掛けられない。

エリアを変えても情報が出てこないんだったら最悪の場合もっと深く潜んなきゃいけないし、そうなると俺はもう佐野家にはいられなくなる。流石に恩人が怖いひと達に絡まれるのは避けたいし。

もちろん、理想は深く潜る前に特級呪霊が出て来て俺がぶち倒すことだけどね。とりあえずいつエンカウトしてもいいように準備だけはしとくかあ、と今の自分の装備を指折り数える。弾数に不安はあるし、ちょっと心許ないっちゃ心許ないからなんか武器買えたらいいんだけどな〜〜。

いや、つーか武器買うならどっちにしろ裏社会に潜んないといけないんじゃね??俺肉弾戦で勝てるほど悠仁みてーに強くないし、拳銃とか刀とか使うし。う、うわ〜嫌な可能性思い付いちゃった〜〜!金はあるから俺の代わりに誰か買ってくれ〜〜!

思わず足を止めて頭を抱えると同時に向かう先から物騒な音が聞こえた。うっわ、ヤな予感しかしない。でも他に分かれ道もない。大人しく引き返そうかなー、って思った瞬間聞こえて来た内容に俺の足は前に進む。これは、ひょっとすると!

「お前の親兄弟、皮剥いで橋にでも吊るして見せしめにしてやっからよォ〜?」

そう言って何人かが1人を取り囲んでいた。分かりやすく弱いものイジメである。クソだせえー、と思いながら静かに近寄る。こういうのって案外最初が肝心!

「テメェ、顔だけはイイもんなァ?安心しろ、ホモ風俗に売る前にちゃんと目の前で殺すとこ見せてやっから」
「今の話さぁ」

げらげら笑ってるイジメ主犯格の肩にポン、と手を置くびくん、と俺の想像以上に肩を跳ねさせて振り返った。 皮剥いで橋に吊るす、ねえ。

「詳しく聞かせてくんね?」

ズバリ今の俺のホットワード!!





噂は聞いていた。なんでもヤクザの下請けで軽犯罪を犯してるらしい男が橋に吊るされて死んでいた。
縄が首に掛かってたこともあって最初は自殺だろうと思っていたらしい。でも警察が遺体を引き上げたら、その男の皮が綺麗にひっくり返されていた。とてもじゃないけど人間の出来ることじゃない。

都市伝説みたいに感じ流れてきた話は最高に怪しかったけど、人の力でどうこうできないこの手の話に俺が食いつくには十分。いつ、どこで、誰が。そこらへんがあやふやだったのは誤算だったから調べるのは結構難航してた。
そこに現れた内情を知ってるっぽい奴に俺が内心でガッツポーズ決めるのも無理なくね?待ってました!って思ったよ。思ったのにさあ……。

「オイ、なんで手ェ出しやがった」
「いや、俺も聞きたいことあったし……結局嘘だったけど」

結局嘘だった。
は〜〜〜?マジで俺の期待を返して欲しい。なんか知ってるかと思いきやちょーっと術師的肉体言語を交えたら、あっさりなんも知らないって言われてしまった。わかる?俺の悲しみ。紛らわしいことすんなよなー、と意識を刈り取った不良たちは適当に転がしておいた。死にはせんやろ。知らんけど。

まあ、結果としては嘘だったけど弱いものイジメはひとまず終わったっぽいし、俺ってば親切〜〜いやいやお礼なんて〜〜。とか思ってたのに、金髪に睫毛ばっさばさの奴は俺を睨みつけるとギリ、と思い切り歯を鳴らした。あ、あれ……?俺の想像とちがう……。

「人の喧嘩に手ェ出すんじゃねえよクソが……!」

これである。いや金髪君も相当抵抗してたからさあ、絶対同じタイプだと思ったけど俺の想像の1億倍ヤンキーくんだった。普通に私服だったから油断した。分かりやすいようにどっかの特攻服とか着とけよ〜〜!

絶対言えないけど美人な顔に似合わない口の悪さと導火線の短さからくる迫力に、ひょえ、と思わず変な声が出た。ち、ちげーし!!びびってねーー!!
つーか加勢したのに怒られてる理由なんなの?そこらへんの不良ルールがわっかんねーーんだよなーーー。なに、俺が買った喧嘩だからお前は手を出すなってことなの……?なにそれジャンプじゃん?現代でそんなことある?2000年初期こえ〜〜〜!

なんて思ってたら話聞いてんのか、と立ち上がったそいつに胸ぐらを掴まれた。至近距離にある美しいご尊顔を強制的に拝見させられる。近い近い近い!!
いくら美人とはいえ相手は男!俺にそんな趣味はありません!!

「てめえ、名前は」
「ごっ、五条悟です……」
「……三途だ。この借りはいつか返してやっからよォ……待っとけ」

そう言って三途はにやりと笑った。
その言い回しな!!怒ってんのか笑ってんのかどっち!?お前の情緒どうなってんだよマジで!さっきまでキレ散らしてたじゃん!?三途くんは何をどうしたらそんなにやにやしちゃうわけ!?どこにオモローポイントあった!?

つーか今俺のポケットになんか捩じ込んだよな!?俺それくらいはわかるよ!?これ連絡先入れられてたらくそ怖なんだけど!!こんな物騒な連絡先交換ある!?
どうせだったら可愛い女の子に「みょうじくん……これ私の連絡先」っつって可愛く渡されたかった!!なのに何が悲しくて胸ぐら捕まれながらケツポケットになんか捩じ込まれなきゃなんないの!?つーか普通にセクハラなんですけど!!

「三途、何してんだ」
「は、へぶぅっ!」
「隊長、お疲れ様です」

三途とぎゃいぎゃい押し問答中に声を掛けられて、一瞬だけそっちに意識が向いた結果。完全に油断してた俺は三途から一発食らった。モロに。

はああああ!?!?なんで急に殴られたの俺!?
盛大に地面と仲良くする俺を余所に三途が、隊長と名乗ったやつに色々報告すんのが聞こえんだけど……あの……気のせい……?なんか口調が違うよね……おまえだれ……?
しかもなんか俺が喧嘩売ったことになってない?待って……ちが、違う……いや合ってんのか??確かに俺も殴り合いはしたけどそもそもはこいつが絡まれてたのが原因だし!!

そっと顔を上げればやっぱそこにいんのは三途なんだけど、さっきとは違う穏やか〜〜な顔が見える。ええ……なに、ええ……こわ……どういうことなの……。

「行きましょう隊長」

そう言って三途と隊長?は去っていったちなみに三途は去り際にべえ、と舌を出して口パクで、え?で、ん、わ、し、ろ……!?やっぱり連絡先かよ!!こ!!わ!!
気付けば路地裏には意識のない不良と状況についていけてない俺だけが残った。

な、な、なに、なに!?今の!?!?めちゃくちゃ猫被ってんじゃん!!!ホラーなんだけど!!!なまじ顔がいいだけにさらに恐怖!!本当にあった怖い話!!

ぶる、と鳥肌が立った肌をさする。オイオイ、夏なんだけど今。つーか名乗る名前間違えた気がしなくもないけど、……まあいっか。いや?でも俺結局収穫はゼロだし、なんだったら三途に殴られた以上もはやマイナスでは??散々すぎる!

「あいつに絶対文句言ってやんないときがすまねえ〜〜!!……うわ!アドレスまで!くそ俺の夢返せや!!」

結局、この三途と名乗った男にしばらく尾行とかされたのをことごとく見破ってしまったせいで、なんだかんだ飯いっしょに食いに行くほど仲良くなることを俺はまだ知らない。

「やっぱ叙々宴うめ〜〜!」
「てめぇ俺の育てた肉食うんじゃねえよ!」
「人の金で食ってるお前が言う!?隙あり!」