拝啓、僕の愛しの侵略者様


割れんばかりの歓声が響く会場に、笛の音が木霊した。29-27。準決勝敗退。勝てば稲荷崎との決勝だった。

昨日の崩れた調子を立て直してもなお届かなかった最後の舞台。ふう、と息を吐く。会場を後にして、廊下の人気のないベンチに腰掛けて、目を瞑った。ぐ、と手を強く握る。

今の俺たちではこれがベスト。

みんな全力で戦っていた。コンディションもベストだった。それでも届かなかった。
もっとやれたんじゃないか、もっとライトを、レフトを。攻撃に幅を持たせるべきだったんじゃないか。反省点ばかりが浮かんでは消えていく。

あの人がいたら、違ったんだろうか。

もう吹っ切れたと思っていたのに、どうやらあの底抜けに明るい人は相当俺の思考回路の奥に居座っているらしい。はは、と苦笑が漏れた。

あと少し。そんな苦しいときに俺の頭に浮かぶのはやっぱりあの強烈な光で。あのチームを鼓舞する力も、相手から点をもぎ取る力強さも俺にはなにもなかった。
なまえに俺のこと見ていてと大口をたたいたくせにこの様だ。情けない。

きゅ、とリノリウムの廊下が鳴いた。目の前には、見覚えのあるシューズ。小さい足だ。顔を上げなくてもわかる。

「ごめん、みょうじ。やっぱり、俺じゃここが――」
「見て、ました。赤葦さんのこと……!今だけじゃなくて、ずっと、ずっと前から……!」

限界、と言おうとしたら、なまえがそう重ねてきて思わず顔を上げた。くしゃり、と顔を歪めるその姿にぎゅう、と心臓が締め付けられた。どうして、なまえがそんな顔を。

「私、最初は木兎さんばっかり見てました……、でも…、私が見てたの……、木兎さんじゃなくて、木兎さんの力を引き出す、赤葦さんだった……!」

涙混じりにそう言うなまえに、どうしようもない愛しさが込み上げてくる。ああ、本当に。どうしてなまえは俺が欲しい言葉をくれるんだろうか。

「だから……っ、お願いです……、自分のこと、ごときなんて言わないで……っ!自分で、自分のことそんな風に言わないでください……!どんな赤葦さんも、私にとっては大事な……っ!」

とうとうなまえの目から涙が溢れ落ちた。ぽろぽろと宝石みたいに落ちていくその涙がきれいで、本当はずっと見ていたい。けれど、それ以上に苦しそうに言葉を紡ぐなまえの痛みを取り除いてやりたかった。

きゅ、と握り締められた両手を握る。小さい手だ。そうだ、この手に俺は支えられていた。少しだけ体温の低く、俺よりも柔らかいそれに、愛しさが込み上げてくる。祈るように、なまえの手を額に当ててから、なまえを見上げた。

「……ごめん、泣かせてごめん。もう、みょうじが思ってるようなこと、考えてないよ」
「ほん、と……、ですか……っ!」

再三確認するように言うなまえに笑みがこぼれた。そんなに何度も確認しなくても、もう大丈夫。俺はもうごときなどと自分を口実にしない。
なまえが見てくれている、というそれだけでこんなにも余裕が生まれるのだから俺も調子がいいな、と自分でも少し呆れた。

しかしながら。お分かりいただけただろうか。俺の耳は聞き捨てならないことを聞いた。
いやなまえの話はなにひとつ捨てるものなどないんだけど。ここまで言われて期待しない男がいるだろうか。いやいない。

「うん、それに。さっきの言葉、期待していい?」

じっ、と見上げればなまえが少しだけ身じろぎをした。離れたそうに逃げる手を握る。ダメだよ、逃がさない。

なまえは勢いで言ったみたいだったけど、俺逃がすつもりなんて更々ないよ。そう視線に乗せれば、なまえが少しだけ目を逸らしたあと、はにかんで俺と目を合わせてきた。

「期待、してください、先輩」

ぐうかわ。なんだその表情。
なまえが見上げてくるのもいいけど、案外見下ろされるのも悪くないな、と思った。なまえの恥ずかしそうな顔がよく見える。気分が最高にいい。

照れた顔、潤んだ目、期待するような視線。
答えはもう出ているけど、お互い答え合わせといこうか。もう俺は遠慮しないから、大人しく俺に捕まってほしい。

「言わせてくれる?なまえ」
「……っはい!」
「好きだよ、俺、なまえのこと、―――好きだ」

大事にしたい、泣かせたくない、優しくしたい。見ていてほしい。俺のこと。

そんな汚い部分も含めて俺だ。でもそれでいいと言ってくれるなら、俺は自分を信じれる。

そして、やっぱり、俺は木兎さんになれない。あの目の眩むようなスーパースターになど到底なれはしない。でも、木兎さんは木兎さんだ。俺ではない。

だから、俺は、俺で良い。

スターじゃなくても、俺を見てくれる人はいる。声をあげてくれる人がいる。背中を、押してくれる人がいる。
たったひとり、その人がいるだけで充分だ。

きゅう、と弱い力で手を握り返された。多分、なまえからしたら強く握り返したつもりなんだろうけど、全然強く感じない。その緩やかな拘束が嬉しくて、愛しい。

「っ赤葦さんの、力になりたくて、梟谷に来て、良かったです…!」
「俺も、なまえが梟谷を、俺を選んでくれて良かった」

少しずつ俺の心に入り込んで、いつのまにかたったひとつの特等席を作ってしまった君に、きっと俺は一生敵わない。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -