きみはポラリス


不思議と、横に座っているこの人が何を考えてるかがわかった。

無力さ、惨めさとか、そういう混ざりあった色々な感情に揺さぶられて、自分の足元がなくなっていくような感覚。自分なんて所詮この程度だった、って諦める理由を探したくなる思考の底無し沼。

よく分かる。私もそうだったから。自分なんて、私なんてと思っていて、何もかもがしんどかったあの頃。でも、そう考えることないって、そう教えてくれたのはこの人だった。

あの日。私の運命を大きく動かした日。
コートに突き刺さる青と黄色のボール。声援。笛と床と靴裏が擦れる高い音。思わず出た、頑張って、という言葉。

私が、一番嫌いだった言葉。

それなのにあのときはその言葉しか出てこなくて。でも、本当にそう思ったから出てきた剥き出しの言葉だった。ただの言葉だと思ってた。届かないと思っていた。

声援なんて、言葉なんて。世の中を構成する音のうちのひとつでカフェで流れるBGMみたいな。取るに足らないものだと思っていた。
どんなに届けようとしても届かない。だって、いやだな、って言った私の言葉は届かなかった。だから無駄だって思ってた。

あのとき、赤葦さんに手を引かれるまでは。

「頑張れ、って言ってくれた子です」

届いて、たんだ。
数ある音のひとつじゃなかった。カフェのBGMなんかじゃなかった。私の声を拾い上げて、それを力に変えてくれた。まるで魔法使いだって、柄にもないことを本気で思った。

もう頑張ってるのも分かってるのに、なんで言っちゃったんだろう、って後悔したのに。私なんかの声貰っても、と思っていたのに。
私のぐずぐずした心の壁をあっさりと乗り越えて、この人は私を引っ張り出した。暗い宇宙から、明るい星の海に。

突然のことに呆然とする私に、さらに追い討ちをかけるかのようにその人は笑って。ぴし、と心の奥から軋む音がした。

「待ってるよ、梟谷で」

ぱりん、とガラスが砕けるみたいな音がした。窓を叩き割るような、そんな強さと眩しさに心が全部持っていかれたと思った。

赤葦さんにとったらただの社交辞令だったのかもしれない。でも、私には世界を変える一言だった。
背筋の伸びていく4番の背中に、心が震えた。コートの中で笑う彼らの姿を見て、すとん、と何かが腹落ちした。

声って、届けるためにあるんだ。ちゃんと出せば、届くんだって。そう教えてくれて、私の世界を変えたのはこの人だった。あのとき、震えながら思わず出した言葉は、私の何もかもを変えた。

言葉にしなきゃ、何も伝わらない。

言わなくちゃ。言葉にしなくちゃ。想いを、心を。言葉にしなければ、誰にも伝わらない。私ちゃんと伝えた?へらへらしてその場しのぎで言葉を繋いで、伝えた気になってなかっただろうか。

それに。私、自分のことつまんないやつだって。所詮こんな人間だって。虐められてる、カワイソウなやつだって、自分で自分に同情してた。

だめだ。このままじゃ。
このままじゃ、私、カワイソウなままだ。
変えなくちゃ。変わらなくちゃ。変わって、それで、ここで。

この人のことを、一番側で。見ていたい。

梟谷に行こうと決めてからも現実は変わらない。
漫画みたいに劇的に状況が変わることもなければ、急に模試の結果が良くなるわけでもない。そんな現実に、しんどく思う時は何度もあった。

クラスで少し腫れ物みたいに扱われることも、無理だと告げてくる模試の結果も。しんどくて、苦しくて、何度も諦めたくなったけど、その度にあのきらきらと輝くコートを思い出した。

諦めるのは、もう少し頑張った後でいい。


□■□


梟谷に入れた私がやることは決まっている。
バレー部に入部すること、木兎さんと赤葦さんにお礼を言うこと。

私をここまで引っ張ってくれたのは木兎さんのあの輝きと赤葦さんの言葉だったから。感謝の気持ちは言葉と、これからのマネ業で返していこう、ってそう思った。

その勢いのままに3年の教室に行ったけど、私は周りの大人っぽさにドギマギして緊張しまくっていた。なんとか赤葦さんを呼び出してもらって、女は度胸、とばかりに入部届を渡す。

赤葦さんにお礼を伝えようとしたけど、タイミングわからないし、それに緊張しすぎて何を話していいのかわからなくなってしまった。
どうしよう、と思っていたら、いたずらっ子みたいに赤葦さんが、木兎さんいないけど、と笑いながら揶揄ってきた。
あ、笑顔。初めて見た。この人、こんな風に笑うんだ。


木兎さんの話をしたら、赤葦さん、笑ってくれるかな。


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