無いものねだりの人工衛星


視界が狭い。
息が上がって、苦しい。

ピッ、という笛の音と、コートに弾むボール、上がる歓声。色んなことで頭の中が埋め尽くされた。くそ、またブロックに捕まった。今のはセンターを使うべきだった、ライトに釣られた。これで、今日何度目だ。

思考回路が焼けつくようだった。考えることを放棄したくなる。でも、放棄するな、という自分がいる。

ああ、くそ、しんどい。キツい。

頭に過ったのは前回の春高でも言われた、余計なことを考えてるという言葉。今回もか、とつくづく嫌になった。そんなこと、考えてる場合じゃない。

じゃあ今、俺は何を考えている。わからない。思考がまとまらない。もう、止まってしまいたい。

集中できていないのは分かっていた。木兎さんじゃないけど、どうやって集中していたのか分からなくなる。スパイカーの位置は、助走のタイミングは、ブロッカーは。

インハイだぞ。なんでこんな、よりにもよって大事なところで集中できないんだ。そう思ったら情けなくなってずし、と体が重くなった気がした。ああ、嫌だ。何かに助けを求めたくなる。もう、先輩も、木兎さんもいないのに。

俺が、あの人のようにまばゆくあれたら。俺はこんなにも無力じゃなかったら。きっとこうはならなかった。

そんなことばかりが頭を占める。もう木兎さんはいない。わかってる。あのスターはいない。わかってる。

―――わかって、ないだろ。

ピッ、と笛が吹かれて選手交代を告げられる。掲げられたカードは間違いなく俺のと同じだった。ちょっと休憩してこい、とチームメイトに送り出されてベンチに腰を降ろす。なに、やってんだ。

所詮、俺はこの程度の人間だった。そうだ、俺は何を思い上がっていたんだろうか。俺は木兎さんに成れるわけがないのに、木兎さんみたいになりたいだなんて。あのスターみたいに、なんて。ひと欠片でも思ってしまった。なんて、烏滸がましい。

木兎さんどころか、何にもなれない俺が。どうしてああなりたいと言える。思考がぐちゃぐちゃでまとまらないまま、時間だけが過ぎていく気がした。駄目だ、試合のこと考えないといけないのに。そう思っていたら。

「赤葦さん、こっち見てください」

横から聞こえてきた声に思わず目を見開いた。そうだ、なまえがいた。そんなことも忘れていた。
いつもと変わらないなまえの声に言い様のない居心地の悪さを感じて、子供みたいに沈黙で抵抗した。

「……試合中だよ、みょうじ」
「いいから、こっち見てください」
「……セッターが、試合から目を離すわけにいかな」
「ごちゃごちゃうるさい!いいからこっち見ろ!」

なまえのその声にびっくりして思わずなまえを見た。なまえ越しの監督もコーチも、一瞬だけ驚いたように俺たちを見て、その後またコートに視線を戻した。
なまえはくしゃりと顔を歪めて、手に持っていたタオルを握り締めていた。なんで、なまえがそんな苦しそうな。

「なに考えてるんですか……!赤葦さん」
「みょうじ、に、……」
「わかるわけないじゃないですか!だって、私は赤葦さんじゃないですもん!でも、俺はこの程度だって、思ってないですか……!?」

図星だった。自分の矮小な心を当てられて思わず喉が鳴った。なんで。わかって。

「私は赤葦さんじゃないから、コートに立つ緊張も怖さも分からないです……!でも、そんなこと、赤葦さんに思ってほしくない!」

叫ぶようにそう言ったなまえが白くなるほど手を握り込んでいた。小さく震える手と泣きそうな表情に胸が締め付けられる。どうして、なまえがそんな顔するんだ。

「赤葦さんだけでチームが回ってるわけじゃない、でも、コートに、赤葦さんがいなくちゃ、いやだ……!赤葦さんじゃなきゃだめなんです……!皆も、監督も、コーチも、私だって、赤葦さんなら大丈夫って信じてるから……!」

目尻に浮かんだ涙を力強く拭って、なまえが俺を見上げた。まっすぐ俺を射抜く視線が、体育館の照明を反射してきらきら輝いている。星みたいだった。

「私も、今できる全部で声、出します……!私、赤葦さんがたくさん努力してきたこと、知ってますから……!」

音が、消えた気がした。
なまえの声が、瞳が。俺の心を揺さぶる。

「だから、自分のこと、勝手に決めつけて、諦めないで……!」

ぽろ、と瞳から一筋。綺麗に雫が落ちたのを見て、さざめいていた俺の心が、湖の水面のように静かに凪いだ。
どうしようもなくささくれだった心も、靄が掛かっていたような頭も、全部なまえの言葉で一掃された。

ああ、ほんと、どうしようもないな。

「みょうじ、ありがとう。ごめん。ーーもう、大丈夫」

なまえの言うとおりだ。
俺は自分で自分に言い訳をして諦めようとしていた。子供みたいに駄々を捏ねて。見透かされて、冷静になって、なまえの言葉に力を貰って。

そして、なまえの言葉でいつもの俺に戻ってしまうんだから、どうしようもない。

「ねえ、みょうじ。お願いがあるんだけど」

あまつさえ、こんなお願いをしようとしているのだから、どうしようもない、というよりどうかしてるのかもしれない。はっ、と息を呑んだなまえが、俺を見て顔を綻ばせた。なに笑ってるの、と言いたいけど多分俺も笑っている。

「俺のこと見ててほしい。木兎さんじゃなくて、俺のこと」
「―――はい、ずっと、見てます!」

その言葉だけで、どうしてか手足に感覚が戻ってきた。ああ、もう、大丈夫だ。
赤葦、と呼ばれて監督から指示を貰う。行けるな? と聞かれて頷く。なんでも出来そうな気がした。ただなまえから一言をもらっただけなのに。

コートに入ればそれまでとは全く違う。気持ちも、体も。生まれ変わったようだった。
楽しい。バレーが楽しい。今さら気付くなんて。遅すぎたな。
でもよかった。俺は、憧れだけで、バレーしてたんじゃなかった。

ずっと、木兎さんが羨ましかった。
あの明るい太陽みたいな光が。見ていて気持ちいいスパイクも、相手をも鼓舞してしまう背中も。本当はずっと羨ましかった。俺には無いものだから。
木兎さんのように輝けばなまえに見てもらえると、そう思っていた。

でも、もう無いものをねだるのはやめる。俺には、俺を見てくれる人が、俺のために声を上げて応援してくれる人がいる。それだけで十分だ。

みんなのスターになれなくても、ただひとりのためのスターでいれれば、それで。例え、それがこの一瞬だけだとしても。

「ネット上!」
「押し込め赤葦!」

飛び上がってボールに触れる。ネット上の攻防。本当に一瞬で終わってしまうそれ。

「赤葦さん!がんばれ!!」

聞こえてきた声に、思わず笑みが浮かんだ。
ほんと、なまえってば。

ありがとう。俺、なまえが好きだよ。声援を自分の力に変えられるほどに。君の声を、この会場で聞き分けられるほどに。

なまえ、君が好きだ。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -