眩しすぎるスターライト


体の調子は崩れないのに、メンタルだけは最悪だった。

インターハイ本戦。組み合わせに恵まれたのと、スパイカーたちが奮起してくれたお陰で、安定した試合運びになった。明日はもう準々決勝だ。なんだかあっという間だ。

宿に帰ってミーティングを終えればあとは各自が自由に過ごして明日に備えることになっている。早々に寝る奴もいれば、いつまでも動画を見てる奴もいる。wifiあるからってやり過ぎるなよ、と形にもなっていない注意をして部屋を後にした。

自分の家じゃないからと遠慮なく冷房をガンガンに効かせた部屋出ると、夏らしい熱気が肌にまとわりつくように触れてきた。蒸すな、と思いながら1階の食堂に入る。

しん、と静まり返った食堂には麦茶の入ったタンクが置いてあって、お茶を注いで口に含むと痛いくらいの冷たさが襲ってきた。食堂を見渡せば、机の上にはコップやお茶碗がまとめて置いてあって、きっとなまえと宿の人が用意したんだろうことは簡単に予想がついた。

「なまえ……」

ぽつり、と思わず溢れた声に自分が一番驚いて、崩れ落ちるように近くの椅子に座り込んだ。部員に集中しろとか言っておいてこの様だ。

なまえはそういう子だ。努力家で、気が利いて、眩しいくらいに真っ直ぐで、俺が好きで、世界で一番大切にしたい子。
マネージャーという俺たちを支える立場でありながら、なまえ自身が星みたいにきらきらと輝いているようだった。俺たちも、後輩も、なまえの明るさと真っ直ぐな姿に元気付けられている。でも。

大会が始まってから。そんななまえのことを、俺はまとも見れていない。

俺みたいなやつがなまえのことを好きになる資格はない。そう思ったら、なまえにどんな顔を向ければいいのかわからなくなった。そんな勝手な理由で、俺はなまえを避けている。

タイミングを少しずらせば、忙しい大会中、なまえを避けるのは簡単だった。こんなにも簡単に距離を置けることに虚しさを感じたけど、自分がしていることだから仕方ない。それくらい、どうしていいかわからなくなった。

「なにしてんだ、俺……」

その一方で、いつもと変わらないなまえの様子に、少しだけがっかりする。自分勝手だと思う。でも所詮、俺はなまえにとってその程度の存在なのだ、と逆に突き付けられた。もっと、俺はなまえにとって大きい存在なんじゃないかと勝手に自惚れていた。本当はそんなことないのに。

なまえの中で、大きな存在でいたい。そんな欲が埋め尽くす。あのスターほどでなくていい。それでも。

想えば想うほど、その思考回路がまたあいつと似ていて、落ち込んだ。もうなんだかわからない。大切にしたいはずなのに、俺でいっぱいになってほしいなんて酷い矛盾だと思った。

本当ならチームの事や明日の対戦相手のことを考えるべきなのに、頭に浮かぶのはなまえのことばかりだ。
しっかりしろ、赤葦京治。俺はここに恋愛をしに来てるわけじゃない。梟谷を勝たせるために、勝つためにここに来たんだ。

負けるわけにはいかない。俺のせいで、梟谷の看板に傷は付けられない。

ぐい、と少しぬるくなったお茶を飲み干して、暗くなった食堂を離れる。

部屋に戻ると既に明かりが落とされていて、寝息がそこかしこから聞こえてくる。思ったよりもゆっくりしすぎたみたいだ。

スマホの液晶を頼りに自分の布団に倒れこむ。思考はモヤモヤしているのに、全力を出しきった体はあっさりと睡魔の波に押し寄せられて、呑み込まれた。

夢は、多分見なかった。


■□■


翌日。
すっきりした体とは裏腹に、頭が少し重い気がした。歯を磨いて、顔を洗う。冷たい水で顔を冷やせば少しマシになるか、と思ったけど案外そうでもなかった。

いつまでも、主将の俺がこうしているわけにいかない。切り替えろ。なまえのことは、大会が終わってから考える。今は、目の前のことを。捻った蛇口が悲鳴をあげた。

自分でどうにかしなくては。もう木兎さんはいないのだから。あの明るいスターはもう、同じコートにはいないのだから。

俺は自分で、崩れたものを直すしかない。俺は梟谷の主将だ。あの人がいなくなったから弱くなったなんて言わせない。言われたくない。

あのまばゆい星に陰りを作ってはならない。

タオルに埋めたまま深く息を吸う。いつだったか、電車で吸い込んだときと違って、エナメルの匂いも、自分の汗の匂いもしない。さっぱりとした洗剤の匂い。なまえの好きな香りなんだろうか。頭を振って、大きく息を吐いた。

切り替えろ、俺。

しっかりと朝食を入れて、宿から会場に移動する。戦う高校は減っていくのに、反比例して会場の熱気は高まっていてそれが少しだけ心地いい。なまえは相変わらずちょこまかと動いていて、ベンチ入りしていない部員たちに指示を飛ばしていた。熱中症とか大丈夫だろうか。気合入れすぎてないだろうか。

そう思いながら、ぼうっとその光景を見ていたら、ばちっとなまえと目が合ってしまって思わず目線をそらした。しまった。見すぎた。そう思ったら案の定、なまえが近くに寄ってきた。

「赤葦さん!」
「みょうじ、どうしたの」
「いえ、あの……赤葦さん、その……」

どきり、と心臓が音を立てた。なまえは困ったように言い淀んで、視線をさ迷わせた。
何かを言いたげななまえは一度固く目を閉じた後、ばっ、と顔を上げて俺をまっすぐに見つめてきた。

ざわざわと喧騒で満ちていたのに、なまえと目が合った瞬間、音が遠退いた。そんな気がした。なまえのきつく結ばれていた唇が綻んでいく。あの艶めいた唇が、音を発する直前。なぜだか、あの保健室を思い出した。

触れた柔らかさも、あの時の鼓動も。締め付けられるような、想いも。全部脳裏を駆け巡って、ああ、だめだ。

「聞いて、欲しいことあるんです、けど」
「そ、れは、今じゃないと駄目?」
「だめ、です。だって赤葦さん――」

なまえの唇から音が零れる、そんなとき。

突然聞こえてきた声を、思わず耳が拾った。
この声だけで。わかってしまう。どんな顔をして、どんな気持ちでいるのか。それだけ一瞬にいた。それだけ見てきた。それだけ、憧れてきた。

だから。その声を聞いたときに、同時に思い出された。なまえと俺の帰り道。昼休み。部活以外の、なまえとの時間の多くを占めていた、眩しいくらいの輝きを。

「おぉ!!いたいた!びっくりしたろ〜〜?来ちゃったぜあかーし!」

ざわざわと喧騒に満たされる会場で、一際大きな声と目を惹く存在感。

俺が、なまえにひどいことを思ったから。なまえを傷つけたから。俺が、なまえから遠ざけたから。

星の輝きすらも掻き消してしまうような、太陽のようなこの人を。


だから、バチがあたったんだ。そう思った。

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