19回目の神経衰弱


「おはようございます!赤葦さん」
「おはよう、みょうじ」

いよいよ明日。
インターハイの開催地に向けて出発する。この練習が終わって、必要なものをバスに積み込んだら、もう明日の午後には現地で調整だ。今年はそんなに遠いところじゃなくてよかった。

部の仕上がりとしてはいい状態だと思う。流石に1年は少し緊張してるけど、2年以上は去年も行ったからか落ち着いてるように見えた。

最後の練習を終えて、監督とコーチから最後に注意と激励を貰う。監督が少し後ろで控えていたなまえを振り返った。

「じゃー、最後にみょうじから話があるぞ」
「……っあ、の!みなさん!」

みんなの前に出てきたなまえが、緊張した面持ちで俺たちを見上げた。後ろ手になにかを持っているみたいだけど、一体なんだろうか。俺にも知らされていなかったことだからなんだかどきどきする。

ゆっくりと言葉を選ぶなまえの全てを一言たりとも溢さないように、じっと見つめる。意を決したように言うなまえの目がまっすぐで、きらきら輝いて見えて思わず息を呑んだ。

「私や応援団の人たちは、皆みたいにコートを走り回ったり、苦しいときに代われないです。でも、コートの中でもみんなの支えになりたい、ので……これ、その、御守り、です!」

みんなの中には入れない。けど、少しでも心が挫けそうなときに思い出してほしい。

そうたどたどしいながらも自分の中の散らばった感情をかき集めて、言葉で繋いでいくのが分かった。

「だから、がんばって、ください!」

そう赤い顔をして言うなまえに、きっと部員みんなが心を打たれたと思う。なんならじーん、と音がしている。レギュラーも、ベンチも、ベンチに入れないないやつも。みんな、心は同じだ。

副主将はあまりに感動したのか既に号泣している。おい待てまだインハイの会場にも着いてないのに早すぎ……いや、撤回する。俺も感動で前が見えない。

心が、震えた。
勝ちたい、が、絶対勝とう、へ変わる。
応援してくれてる人たちに俺たちができることは、100%の力を出しきることしかない。

うおおおと部員たちが盛り上がった。まずい感動しすぎてぼーっとしていた。なんとか意識を取り戻して部員に浮かれすぎないように、と声を掛けて解散する。多分俺が一番浮かれている。

「あの、赤葦さん」

体育館の照明を落として、部室に向かう途中でなまえがそっと声を掛けてきた。なんだろうか、どきどきして心臓が痛い。

……まさか休養日に俺があそこに居たことに気付いたとか?……ありえる、マジか、まずい。ただのストーカー野郎だと思われる。そんな不名誉な称号、最悪だ。発覚した日には俺の信頼は地に落ちる。いや今そんな信頼あるのか怪しいけど。

うわ、くそ、なまえと話せて嬉しいのに不安で心臓が可笑しいことになってる。俺変な顔をしてないだろうか。思わず視線を外したくなるけど、なまえのことは見ていたい。久々の変な空気感の漂わない、なまえとの時間に心臓が痛くなる。

「えっと、御守り、なんですけど」
「うん、みょうじ、ありがとう。大切にする」

家宝にしてもいいくらいだ。いや、国宝か。文化庁に申請をしなければ。

「赤葦さん。避けててごめんなさい。赤葦さんにはすぐばれちゃいそうだなって思って、その、……すいませんでした」

それでか。
足から力が抜けそうになる。よかった。本当によかった。嫌われてた訳じゃなかった、という事実に安心したと同時に嬉しさが込み上げてくる。そうか、よかった。俺が何かしたわけじゃ無かったのか。

―――待て。俺、今、なんて。

「赤葦さんのおかげなんですよ!」

そう言うなまえにはっとした。だめだ、嫌な予感がする。
止めなければ。そう思ったのに、言葉はなにも出てこなくて。

「レギュラー定着とか、そういうのに応援とか、周りの声とかはあんまり関係ないって、そう思ってる人もいるのかな、って。だから声だけじゃなくて、何か形にしたいな、って思ったんです。だから御守り作りました、ベタですけど」

目の前でふふ、と笑うなまえの目の奥に少しだけ不安を見つけてしまった。関係ない、なんて。やっぱり俺が言ったあのことを気にしているんだと突きつけられた。何を安心したんだ俺は。バカじゃないのか。

違う。違うんだ。なまえ。

そんなこと、ない。俺が、言ったのはなまえにじゃなくて。そう言いたいのに、乾いた音しか出てこない。自分に言った言葉が、なまえを傷付けた。その事実にショックを受けた。
なまえ、違うんだ。届いてる、ちゃんと、なまえの声は届いてるよ。

そう言いたいのに、何を言ってもなまえを傷つけてしまいそうで。胸に詰まった音を形にしたいのに、ぐちゃぐちゃで形にならない。なんて、なにを、言ったら、いいんだろうか。

「明日からまた、気合い入れていきましょう!赤葦さん!よろしくお願いします!」

満面の笑みで笑って、たっ、と軽い足音を響かせて消えた背中を呆然と見送る。なまえを追う気にもならなくて、伸ばしかけた腕をだらりと下げた。

俺は、何を思った?

――安心、しただろう。俺のせいじゃなかった、って

なまえが理由もなく人を遠ざけたりするような子じゃないって、知ってたのに。信じると決めたのに。俺はなまえを疑った。少しでも、俺のせいじゃない、と思った時点で。俺とアイツは同類なんじゃないか。

俺は、あいつと同じで、結局自分のことしか考えてないんじゃないのか。横っ面を思い切り叩かれた気がした。

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