切り裂けスターゲイザー


俺がなまえのことを少しだけ深く知ってから、すぐにその日はやって来た。
大会前、最後の休養日。明日はなまえがあいつに誘われた試合の日だ。そんなことが頭をちらつくけれど、それを呑み込む。

ランニングや軽い運動ならいいけどきちんと体を休めること、怪我には気を付けること。あと出来るなら夏休みの宿題に手をつけること。こら目を逸らすな。

ミーティングでそんなお決まりのことを伝えていく。去年も言ったような気がしたけど、気のせいだと思いたい。
いや、気のせいじゃないな。木兎さんは良く食べて寝るんだぞ!しか言わなかった。想定内ではあった。

ミーティング後、俺となまえを除いた全員が帰る準備を始める。今日の夕方から体育館の点検が入るから、自主練せず帰るように言われた。

ただ、俺となまえは監督と大会の打ち合わせがあるから少し残っていくことになっている。それが終われば、久しぶりのなまえとの2人きりの帰り道だ。
嬉しい反面、少しだけ緊張する。

何を話したら、いいだろう。
なまえの好きな木兎さんの話でもしようか。なまえの知らない木兎さんを、俺は沢山知っているから。
これ以上なまえが木兎さんに惹かれるのが嫌で、俺が知って欲しくなかった木兎さんを、なまえは知りたいだろうから。

でも、本当は、聞いてしまいたい。

「流石だね、みょうじ。準備もばっちりだ」
「そんなこと!先輩達のノートが完璧だったんです」
「それでも、実際に準備したのはみょうじだよ。先輩たちのノートは手伝ってくれないだろ。初めてでしんどいかもしれないけど、あと少し。頑張ろう」
「〜〜〜っ、はい!」
「いい返事」

2人で帰るのはこれが初めてじゃないのに、ぎこちなく空いたひとり分の隙間になんだか落ち着かなくてそわそわする。聞きたい。

表面上だけ何事もなく終わらせた最後の打ち合わせは、俺が思ったよりあっさり終わった。2人で学校を後にして、いつもより明るく、けれど薄暗い通学路を他愛もない話をしながら歩く。

夕方、黄昏。役目を終えたら太陽が、夜を統べる月と代わるわずかな時間。世界があやふやになって、俺となまえの境界線も不明瞭になる。今なら、と誰かが囁いた気がした。

「月バリ見ました?木兎さん載って」
「みょうじ、明日の休養日って、空いてる?」

聞いて、しまった。なまえの言いかけたこと遮ってまで、だなんてどんだけ、余裕ないんだ、俺。でも、知りたい。

心臓が軋むようにドクドクと音を立てている。鼓動が聞こえるんじゃないか、と不安になるくらいの沈黙が横たわった。
蝉の声も、車の音も、聞こえるはずなのに遠くへ置いていかれた。俺たちだけが、時間と街に取り残されているようだった。

踏みしめる一歩が重くて、足を止めたくなる。
なまえが、ゆっくりと俺を見た。なまえの目に映る俺は、どんな顔をしているのかわからない。

「えっと、すいません。明日はちょっと……」

そう言ってなまえは苦笑した。そっか、と曖昧な返事をして、再び音が戻ってくる。つんざくような蝉の合唱、通りすぎる車のアスファルトを滑る音、ねぐらへ帰る烏の声。

なにも聞きたくない。
何するの。どこに行くの。あいつに、会いに行くの。

本当は聞きたいのに聞けなくて、意気地のない自分に嫌気が差す。こんな時、木兎さんならきっとなんなく自分の想いをぶつけるんだろう。不思議となまえからも言葉は出てこなくて、さっきまでの穏やかな時間が嘘みたいに消えてしまった。

いっそのこと。電車から降りるなまえの腕を掴んで、行かないでよ、とみっともなく縋れればいいのに。

「それじゃあ、お疲れさまです、赤葦さん。また明後日」

その言葉にうん、と返すしか出来なくて、揺れるスカートの端が扉の奥に消えていくのを見送った。


□■□


雨の止まないグラウンド。
響く声援に、思わず適当に引っ付かんできた、父親の傘を握る手が強くなった。

何をしているんだ、俺は。というか、ここに来てどうするつもりだ。ストーカーか俺は。いくら気になって、宿題に手が付かないからって、こんな所に。なまえがいるかもわからないのに。

自問自答を繰り返しながら、目の前で繰り広げられる試合をぼんやりと眺める。2-0から、あっと言う間に黒のユニフォームのチームが追い付いて決定打となる3点目をあげた。ロスタイムに突入した試合はもう覆りそうになく、そのまま試合が終わる。

観客席は雨に濡れていて、絨毯のように色とりどりの傘で埋めつくされていた。なまえのお気に入りだという、水色の傘は見当たらない。ここに居て欲しくないのに、無意識になまえの姿を探している自分が嫌になった。

笛が鳴って試合が終わっても、なんとなくそこを離れる気にはならなかった。急に誰も居なくなったグラウンドに言い様のない安堵を覚える。よかった。なまえは来てなかった。

安心した、と息をついて人気のない方へ足が進んだ。なんとなく足取りを軽く感じて、遠回りして帰りたい気持ちだった。雨で憂鬱な気分すら吹き飛んだ気分になる。

なまえの姿はない。そうだ。何を勘違いしていたんだ。用事と言っても、これじゃない可能性だってある。友達と遊びにいくとか、必要な物を買うとか色々あるだろう。
ああ、俺の早とちりでよかった、と最後の角を曲がろうとしたとき。

「―――じゃあ、頑張ってね」

雨を切り裂くように飛んできた声に、思わず立ち止まった。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -