欲張りの本能


俺にとって、勝負の夏祭りがやってきた。

例年、この時期、梟谷では部活の後に地元のお祭りにみんなで行くのが通例になっている。なんでかは知らない。ただ、全国大会に良く出る学校なだけあって、梟谷の制服を着ていると屋台のおじさん達が気前よく奢ってくれるのだ。

腹を空かせた部活生にとってはなによりも嬉しい恩恵だと思う。去年は木兎さんと白福さんが食べ過ぎたせいで危うく出禁になりかけた。やり過ぎだったな。どう考えても。

去年までなら花より団子よろしく屋台制覇に繰り出す木兎さんのストッパーをしていたけど、今年の俺は違う。大盛りの焼きそばや、マスタードたっぷりのフランクフルトを胃に叩き込むよりも喜ばしいことがある。

今日はなまえと一緒にお祭りに行ける。それだけで俺の心は既に踊っている。

「赤葦さん、調子良さそうだな!」
「きっと頭ん中で色々戦略立ててんだよ、お前と違って」
「なんだと!?」

まさか祭りのことしか考えていないとは言えず、しれっとトスを上げておいた。こういう時表情の出づらい顔に産んでくれたことを親に感謝した。


■□■


「みょうじ、はぐれないでね」
「大丈夫です、先輩たちおっきいからすぐ見つかりますよ!」

そう言ってるんるんと音符が見えそうなほど浮かれているなまえが、赤葦さんたこ焼き!と屋台を指差して俺を呼んだ。くそ、可愛すぎやしないか。

俺に比べると随分小柄ななまえは、ちょっと目を離すとすぐ人混みに消えてしまう。余計に見ておかないとという使命感にかられた。
違うな。そんな使命感が無くても、多分、俺はずっとなまえを見ていると自信を持って言える。

現に俺はちょろちょろ動くなまえから視線を外せない。とはいえ元気な1年が他の人の迷惑にならないように見張っていないといけない。あっちへこっちへ視線をやっていたら副主将からポンと肩を叩かれた。たこ焼きと焼きそばでどうだ。即ノった。

こっそりと掛けられた言葉に言いたいことは色々あったが、俺となまえの時間が約束されるのなら悪魔にだって魂を売ろう。まあ、今回は焼きそばとたこ焼きだったけど。
副主将はしれっと後輩たちをまとめてそそくさと人混みに消えて行った。仕事が早い。かき氷も付けようと誓った。

「あ、赤葦さん……!ど、どこ……!?」

そんな焦ったようななまえの声が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。なんだかはしゃぎすぎた子供みたいで可愛い。木兎さんがやったらため息の10も20もつきたくなるが、可愛さしか出てこない。惚れた弱味ってやつか。

「はぐれないんじゃなかったけ?」
「〜〜〜っ、からかわないでください……!」

そう言って笑いながらここだよ、とみょうじの肩を叩く。その肩が細くて心臓が音を立てた。思わず触ってしまったが、変に思われないだろうか。

なまえは分かりやすく頬を膨らませた。拗ねてる。かわいい。その膨れたほっぺを押したい。だめかな。だめか。

予定通り、都合よくみんなとはぐれることに成功した。ごめんなさい、と言うなまえの頭にへたりとなった耳が見えた気がした。くそ、とうとう俺は幻覚まで見えるようになったのか。こっちかな、とさりげなく部員が進んだ方向とは逆へ誘導する。悪い奴だな、俺と内心で笑う。

「みょうじ、はぐれそうならバッグか服か握ってていいよ」
「う、……でも」

そう言うとなまえは迷ったように俺とバッグを見比べた。どっちを掴むか迷っているらしい。なにそれ可愛すぎない?どうせなら手握る?って聞けばよかった。今から聞くか?

いや、白福さんや雀田さんにも状況を見ながらと言われている。流石に急すぎるか。もうちょっと祭りを楽しんでからで、と思ったら、くん、と裾を引かれる感覚。なまえが俺のシャツの裾をきゅ、と掴んでいる。そのなまえの仕草に、ずきゅーんと心臓が鳴った気がした。

可愛い。本当かわいい。欲しい。今すぐ抱え込んで家に持ち帰って膝の上に乗せてずっと愛でていたい。くそ、なんて言うんだこの感情。語彙力が足りない…!

「だめ、ですか……?」

駄目なわけない。むしろ俺的には大正解なのでむしろこのままでいてくれ。大丈夫、と言うとなまえが俺を見上げてへへ、と破顔した。俺の顔が一番デレデレかもしれない。
どこかの屋台からひゅう、と音が聞こえた。気のせいだと思いたい。

そのまま人の流れに流されるように歩いていく。途中で寄った焼きそばの屋台のおじさんは、去年の木兎さんの食いっぷりを褒めてくれた人で俺のことを覚えていてくれたらしい。

たくさん食べろよ!と頼んでないのに大盛にされた焼きそばを、片手に呆然としていたらなまえに笑われた。赤葦さんでもそんな顔するんですね、と言ってまたなまえが笑った。

「するよ、今もドキドキしてる」
「確かに、こんなにたくさんだと食べきれるか不安ですよね……!あ、でも、私最近、赤葦さんの微妙な表情の変化わかってきましたよ」

感情の起伏は少ないと思う。でも、俺だってただの男子高校生だ。楽しければ笑うし、予想外のことにはびっくりする。好きな女の子の前では、少しだけ格好つけたい。

「いつも赤葦さんのこと、見てるからですかね」

だから、そんなことを言われたら勘違いだってしたくなる。

「じゃあ、俺は今、何を考えてると思う?」
「え?うーん…やきそばをどこで食べるか、ですかね」

そう言ったなまえの予想は遠からず。でもそれはさっき屋台で焼きそばを渡されたときに思ったことだ。今は違う。

なまえのこと、好きだ。ってことしか考えてないよ。俺は。

必死に当てようとするなまえに外れ、と言い続けるとなまえがギブアップした。むう、と言うなまえが可愛くて、喉の奥で笑った。少しだけ沈黙が流れると、なまえがくい、とシャツの裾を引いた。思わず足を止める。

「赤葦さん、あの、今日はありがとうございました。私、やっぱり梟谷に来れてよかったです」

あんまりに、なまえが嬉しそうに笑うから俺も嬉しくなる。それと同時に、心がざわりと蠢いた。笑ってくれるだけでいいと思っていた。笑顔が見れるだけでいいと思っていた。でも、もう物足りない。

何も返さない俺を不審に思ったのか、赤葦さん?となまえが俺の名前を呼んだ。
もっと。もっと呼んでくれ。欲まみれな本能がゆっくりと目を覚ます。もっと、欲しい。もっと、俺を。ゆっくりと、手がなまえへ伸びる。

「ねえ、みょうじ。インハイで―――」

きょとんとした、なまえの表情。俺を見上げるなまえの瞳に俺が映っている。なまえの世界を独り占めしているみたいで、どうしようもなく嬉しくなる。
少しだけ遠くなる祭りの喧騒。ドキドキとうるさい心臓の音。時間が止まったみたいだ。そう、もっと、俺のこと。

「あれ、みょうじ?」


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