教えてスプートニク


「なまえ、本当に大丈夫?」
「へーきだって!茜!」
「だって!最初の頃すごいしんどそうだったじゃん…!」

そんな声が聞こえてきたのは、灰羽や日向、月島との自主練が終わった頃。去年木兎さんと黒尾さんとやっていた第3体育館での自主練は恒例になったらしい。今年も1年が加わって、程ほどに白熱した。

部屋に戻ってから、落とし物をしたことを思い出してしまった、と思いながら再び体育館に向かう。その途中。食堂の中から、なまえの声が聞こえてきた。なんだろう。思わず足を止めた。

「私知ってるんだよ…!なまえが時々無理して学校行ってたの…!具合悪くなって動けなくなることもあったじゃん…!」
「あ、あの時はちょっと…、でももう大丈夫だって!」
「だって、なまえがまた、あんなことになっちゃったら…!私そんなの…!」
「大丈夫!それに、私なんかがみんなの為に出来ることなんて、そんなにないんだもん。頑張らないと!」

そういうなまえはいつもの笑顔を浮かべてるんだろう。簡単に想像がついた。初めて聞く話に、体が凍りついたように動かせなくなる。

「なまえは、頑張ってるよ…!ちゃんと、頑張ってるよ…!」
「ありがと、茜!さ、いこ!もうお風呂終わっちゃうよ!」
「…っ、うん…!」

そう言ってどこかへ行った2人。どうやら、部屋に荷物を取りに行ったらしい。
ズルズルとその場にしゃがみ込んで、抱えた膝に顔を埋めた。

知らなかった。なまえが、そんなことになっていたなんて。無理して、学校来てたなんて。だって、そんなの。全然。

俺は、何も知らなかった。
山本さんがいつのことを言っているのかわからないけど、入学して真っ先に入部届を持ってきたのはなまえだ。だから、具合が悪くなったときも、しんどくなったときも、俺は知っているはずだ。

なのに、俺は何も気づかなかった。いつもと変わらないなまえに、なんの疑いもなく接していた。

あの日、保健室で養護教諭が言っていた保健室に良く来るっていうのも、そういうことだったのか。あの時あっさり引いた自分を殴りたい。

知ってるよ、みょうじ。俺は、みょうじがちゃんと頑張っていること、見てるよ。
今日だって、ひとりで洗濯かごを抱えて、ビブスを干して。俺らのためにご飯を作ってくれて。

それなのに、きついとか、しんどいなんて表情全く見せなくて。笑顔で、支えてくれて。
もう少し頼ってほしい、なんて言ったら我儘だろうか。俺にだけでいいから、しんどいって、辛いって言ってほしい。違う。俺だけに言ってほしい。

やっぱり木兎さんじゃなかったら、なまえの1番になれないんだろうか。

俺の全部を、あの人のスポットライトにしてくれていい。
だから、なまえだけは俺にください。木兎さん。

今だけは、あの強烈な背中を掴みたくてしょうがなかった。


■□■


「山本さん、ちょっといいかな」
「?はい」

きょとんとした表情の山本さんを連れて人気の少ない通路に行く。

「あのさ、みょうじのことなんだけど…」
「なまえのことですか?」

きょとんと俺を見上げる山本さんの頭の上には?がたくさん浮かんでいる。そうだよね。

「その、なんていうか。…ごめん、昨日の話が聞こえてきて。恥ずかしながら、みょうじがそんなことになってたの、俺全然知らなくて」

しまった、という風に顔を歪めた山本さんに、また謝る。でも、と続けると山本さんがまた?を浮かべた。

「もう、そんなことにさせないから。だからもう少しみょうじのこと見守っててあげてくれないかな」

俺が言うのもなんか違うと思うけど。でもそれでも伝えられずにはいられなかった。なまえが頑張っているのを知っているのは君だけじゃない。俺も知っているから。だから安心してほしい。

なまえのことを大切に思ってくれる人は俺も大切にしたかった。傲慢かもしれないけど。そう言うと、山本さんはびっくりした表情で俺を見上げた。そして少し言いにくそうに、違ったらごめんなさいと前置きをする。

「あの…赤葦さんって、なまえのこと、その、好きなんですか…?」

思わず顔を覆った。
え!?と慌てる山本さんの声がした。もう嫌だ。みんな鋭すぎる。いや俺が分かりやすいのか。木葉さんに赤葦は何考えてるかよくわからないと言わしめたこの俺が。

ごめん山本さん。俺は自分にショックを受けているだけだから気にしないでほしい。そうじゃなくて。なまえが好きかだなんて、俺の中では地球は丸いのかと同じくらいの愚問だ。

「…好きだよ。俺の全部で、みょうじのこと笑顔にしたい。だから辛ければ力になりたいし、悲しければ傍にいたい」

たとえなまえが木兎さんを好きだとしても。

そう言うと山本さんはぶわ、と顔を赤くした。俺そんなに結構恥ずかしいこと言ったかな。首を傾げると、山本さんがあの、と何かを言いかけた。それと同時に、ぱたぱたと軽い足音がする。この足音は。

「あ、赤葦さん!見つけた!…ってお取込み中でした…?」

違う。全然違うから勘違いしないで欲しい。
そんな弁明を一通り聞いたなまえがはい、と返事をして監督が呼んでましたよと言う。あっこれ露ほども興味ないやつだ。なんかすげえ落ち込む。ちょっとは嫉妬とか…ないか。現実を見ろ、赤葦京治。お前はなまえにとってただの先輩だ。勘違いするな。

そう思いながら、体育館に向かう。合宿はもう終盤。これが終わればすぐに全国が待っている。その前の夏祭り。なまえも来てくれますように。
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