君のひとかけをちょうだい
毎年行われている梟谷グループの強化合宿が今年も開催された。
森然高校で行われる10日間もの長期合宿は、思ったよりもしんどい。マネの私でこれだから、みんなはもっとしんどいだろうな、と冷たい飲み物を用意する。
茜と烏野の谷地先輩と疲れた、と言いながらも笑ってスイカを切り分けたりする。あの頃とは比べ物にならないほど、充実した日々を過ごせて本当に梟谷に来れてよかった。
毎日が楽しくて、今日は特に、白福先輩と雀田先輩が来ると聞いて朝からテンションが一段階高い。
そのせいか、さっき赤葦さんに笑われてしまった。残念ながら木兎さんは来れないそうだけど。…別に残念だなんて思ってないもん。
この合宿中、あちらこちらへ動き回る私に赤葦さんがよく声を掛けてくれる。前に具合が悪くなったこともあって、赤葦さん的には目が離せないそうだ。
まずはみょうじが拭きなよ、とタオルで汗をぬぐってくれたり、逆に冷たい飲み物をくれたりする。
なんだかいつもより心配を掛けてしまっているみたいで、気恥ずかしい。本来なら私がお世話をしないといけないのに…!
「あ、なまえちゃんだ〜」
「白福先輩!雀田先輩!この間はありがとうございました!」
久しぶり、とやってきたお二人は相変わらずキラキラしている。眼福だ。
「うんうん、やっぱうちらも後輩欲しかったな〜」
「あ、これね。差し入れ、木兎とか木葉とかは合宿でいけないから代わりに私らが」
ありがとうございます!と袋に入ったものを受け取る。こんなにたくさん、ありがとうございます!と頭を下げると先輩たちが笑いながらねえねえ、と聞いてきた。
「なまえちゃんは木兎来れなくて残念?」
「……内緒ですけど、ちょっと残念です」
「なんで内緒なの〜?別に好きならいいんじゃない?」
「あ、赤葦さんと約束してて…」
そう言うと2人が笑顔のまま固まった。どうしてだろう、と思っているとそれで?と白福先輩が続きを促した。
「私が木兎さん木兎さん言いすぎて、赤葦さんが、みんなの機嫌損ねるんじゃないかって心配してくれて……あ、でも!部活中は木兎さんの話はだめなんですけど、俺と居るときはいいよ、って言ってくれるので大丈夫です!」
赤葦……、と呆れたように呟く先輩に首を傾げる。なんか余計なことを言っただろうか…。
「あー、ねえ、なまえちゃんって木兎のどこが好きなの〜?」
「あ、それは私も思う。ほんとに木兎でいいの?って感じ」
「そうそう。木兎って、末っ子気質だからさ。なまえちゃんの言う木兎ってバレーしてるときの木兎なのかなって」
どの木兎さんか、って言われたら。私はほとんど試合中の木兎さんしか知らない。
あの練習試合の日。赤葦さんのトス合わせた、木兎さんのスパイクに。私は撃ち抜かれたのだ。
「だって、木兎さん、いつだって楽しそうで……。スパイクが決まったときに仲間に駆け寄って嬉しそうにしてるときとか、赤葦先輩のトスで決まったときとか。赤葦先輩にお膳立てされて、復活したセットアップとか見ると、すごくこう、胸がときめくというか、その、そんな感じです……」
そう言うと先輩たちはきょとん、と顔を見合わせた。その反応に私も首を傾げると、先輩たちがお互いに頷きあった。以心伝心ってやつだ。やっぱ3年も一緒だと信頼度マシマシだなあ。
「それってさあ……」
□■□
「どう思う〜?」
「赤葦はガチじゃん?だってあんなこと言っちゃうし。なまえちゃんはどうだろ」
「私はインハイに1票」
「私は春高予選かな〜」
「なんの話ですか先輩方……」
というかなんでそれをわざわざ俺の前でするんですか、俺に対する当てつけですか。と見れば白福さんも雀田さんもにやにや笑って俺を見た。
黒尾さんよりはましだけど、まあまあ厄介ではある。ただ、同じ女性の意見を聞けるのは正直ありがたい。
「え〜?それ聞くの〜赤葦?なまえちゃんとあんな約束してるのに?」
「木兎のことは俺とだけ、とか。赤葦もまあまあ独占欲強いねー、意外」
すっかりバレている。これが木兎さんや黒尾さんに伝わらないことを祈るばかりだ。独占欲、というよりも。必死なんですよ、俺は。これでも。勝手になまえ、と心の中で名前を呼ぶくらいには、欲しくてたまらない。
なまえは木兎さんしか見えてないし、相手はあの木兎さんだし。正直俺もどう立ち向かったらいいかお手上げだ。今のところ、なまえと木兎さんに直接の接触がないことだけが救いなんだけど。
「まあまあ赤葦も嫌われない程度に頑張んなよ〜」
「まずは毎年ウチでいってる夏祭りだね〜、ちゃんとみんなとはぐれるんだよ」
何から何までバレバレだ。ちくしょう俺の作戦もお見通しだというのか。それよりこの合宿で進展するとかないんですか、お2人的には。
そう聞くとそれはない、と一刀両断された。くそ、まあ確かに今のなまえは俺なんて眼中にないのは分かってるけど。それがまた悔しい。
「…いきなり手繋いだらダメですかね」
「はぐれてからなら?ちょっとでもなまえちゃんがどきどきしてくれたらいいね?」
「悪くはないけどもうちょっと距離近づいてからじゃない〜?あんま男慣れしてなさそうじゃんあの子」
にやにや笑う先輩方に少しだけ感謝をした。やはり持つべきものは先輩である。