仮面の下、3ミリの魔物


落ち着け。落ち着け、俺。

そう思って上がった息を整えるけど、大して時間もかからず整ってしまった。今だけは運動部の肺活量が恨めしい。

上がった息はすぐ整ったのに、心臓の音だけは一向に収まらない。ドキドキなんて可愛いものじゃない。ばくばくと今まで立てたことのない音が体中からする。理由なんて、考えなくったってわかる。

走ってる間も、みょうじに触れた感触は消えなくて。だから、今もまだ残っている。髪も、頬も、唇の感触だって。全部残っている。

あの時、みょうじが木兎さんの名前を零さなかったら。あの、柔らかそうな唇を、もっと。

待てよ俺。もっとってなんだ。俺、みょうじとキスするつもりだった。殴りたい。なんだ、欲求不満なのか。どうしたんだ俺。

触れたいとか、キス、したいだなんて。


まるで、これじゃ俺がみょうじを好き、みたいな。


「―――っ!」

ぶわ、と顔が赤くなったのが分かった。やばい。あつい。さっき鎮めたはずの心臓が、またうるさい。走ってもないのに、なんで、こんな。嘘だろ、俺。

なんで、いつの間に、みょうじのこと。好きに、なって。

最初は、仲もそんなに良くなかった。むしろ苦手だった。だけど話をして、何時でも真っ直ぐなところがいいな、って思って。
頑張りすぎる癖があるから、空回ってないか心配で。よく見ているうちにみょうじが可愛く見えてきて。

赤葦さんと呼ばれる名前が心地よくて、太陽のような笑顔が見たくて。俺が見ているみょうじは、木兎さんしか見えていなくて。そんなみょうじが、嫌で。ああ、もうぐちゃぐちゃだ。

…待って。もしかして、俺が最初みょうじを苦手って思ってたのって、木兎さんしか見えてないからだとでもいうのか。じゃあ何か。俺はみょうじの口から出る木兎さんに嫉妬して、それであんなことを。

もう自分が信じられない。いやあれはチームとして必要だった。

…本当に必要だったか?俺だけじゃないか、気にしていたの。煙たがれることなんて、あったか?
他の奴らはなんだかんだ、ほんとみょうじは木兎さん好きな、と割り切っていなかったか?そんなだった。

俺だけか、気にしてたの。マジか。嫉妬か。あのスパースターに。おこがましい。

笑顔が見たくて、笑っててほしくて。俺だけが見たくて。
だから、木兎さんの話を俺にするようにって、誘導したとでも、言うのか。
なんだそれ、無意識に囲っていくとかもう自分が怖い。俺はサイコパスだったのか、いや、そんなことはないはずだ。

極めつけは、この間みょうじが受けていた、告白。俺にすら向けられていないみょうじの笑顔を向けられるなんて。
許せなかった。俺でさえ、みょうじと木兎さんの間に入り込む余地がないというのに。

…もう、これがすべての答えだ。敵意にも似た、嫉妬だった。

あの晴れ渡るような笑顔を、俺だけに向けて欲しい。あの唇で、俺の名前を呼んでほしい。あの真っ直ぐな好意を俺に向けてほしい。

認めよう、俺は、みょうじが好きだ。

でも、自覚した瞬間に振られてるって、そんなのあんまりじゃないか。


■□■


「赤葦さん、昨日はすいませんでした!」
「気にしてないよ。それより体調はもう大丈夫なの?」
「はい!おかげ様で!」
「そっか、安心した。気を付けてね」

失礼しました!と教室を出ていくみょうじを見送る。今日も抜群に可愛かった。ラジャです、なんて言って敬礼する姿に、もう可愛いという言葉しか出てこない。にやけそうになる頬をなんとか抑えるので精いっぱいだ。早く放課後来い。

「…」
「自覚したようダネ赤葦君」
「…なんの話」
「とぼけんなーって!ようやくかって!」
「…そんなにわかりやすかった?俺」
「自覚ねーの?たぶん皆気付いてっけど?」
「嘘だ」
「嘘じゃねーよ!なあ!?」

周りを見れば、こくり、と頷いてニヤニヤと俺を見るクラスメイト達。自分のクラスをこんなに居心地悪く感じたのは初めてだった。

女子も男子も、「やっとか」「長かったね〜、すごいきゅんきゅんした」「良かったな赤葦!ライバルやべーけど!」揃いも揃って勝手なことを言っていく。ライバルがヤバいことなんて俺が一番知ってる。というかみょうじに告ったお前までかよ。どういう神経してんだてめえ。

赤くなった頬を隠したくて、ゴン、と机に額をぶつけた。くすくすという笑い声が聞こえる。俺、明日からどんな顔してみょうじに会えばいいんだ、このクラスで。

「前途多難だね〜、ま、クラスほぼ全員が加入済みの、『赤葦の恋愛成就委員会』は赤葦のこと応援するから!いや〜明日から赤葦の顔みんのすげー楽しみ!」

とにかく、早く教師来い。

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