引力の魔法


部活中、みょうじが熱中症で保健室に行ったと1年から聞いて、ひとまず分かったと伝える。心配ではあるが、練習中に部長がおいそれと抜けるわけにもいかないので、そのまま部活は続行。

ただ、今日は学校行事のせいで延遅くまで練習ができない。帰りがけに荷物を届けがてら様子を見に行くことにしよう。


■□■


部活後、保険室を覗いて中にいた養護教諭にみょうじの荷物を渡す。流石に制服は持ってこれなかったので、持ってこれるものは少なかったけど。

お礼を言われて、みょうじの状態を聞くと今は寝てるだけだと教えてくれた。よかった。もうすぐ親御さんも来るらしいので、どうやら送る必要はなさそうだ。

「…この子この間も体調不良で保健室来たのよねえ。ストレス溜めがちなのね、きっと」
「この間って、そんな頻繁に来てるんですか?」
「まあ、この子はちょっと事情があってね。たまたま疲れることが重なったんでしょう。大丈夫よ」

事情ってなんだろうか。まあ、女の子だし、きっと色々あるんだろう、とあまり触れないでおく。

「部長さんはもう少しここにいる?ちょっとロッカーから荷物引き上げてくるからちょっと見てて欲しいんだけど。あ、あとおでこの冷えピタ替えといてあげて」
「あ、はい」

渡された冷えピタを持ってカーテンを潜る。すうすうと寝息を立てるみょうじの顔色は悪くはなさそうで、ほっとした。良かった、大事に至らなくて。
眠っているみょうじを見ているとなんだか別の感情が生まれそうだった。…頼まれた仕事でもするか。

風邪を引いた病人の看病みたいだな、と思わず笑った。熱を出した小さい子みたいで、少しだけ癒される。

みょうじのおでこに貼ってある冷えピタをはがそうとしたら、前髪に触れてしまった。うわ、さらさらだ。いつも触ったら気持ちよさそうだな、と思っていたけど。なんとなく罪悪感が増した。

前髪に触れないよう冷えピタを外す。大分ぬるくなったそれを丸めて、新しいシートをはがした。しまった。この丸まりがちな厄介なシートを文字通りぴったり貼るには前髪が邪魔だ。
結局、前髪に触れて掻き分ける。やっぱりさらさらの前髪だ。どきり、と心臓が音を立てた。隙間なく貼れて胸をなでおろす。よかった。

それにしても、柔らかくてさらさらの髪だった。俺とは全然違う髪質。枕元に散らばる髪にそっと触れてみた。また罪悪感が増す。毛先から根本まで細い髪。小さな頭にそのまま触れて撫でてみた。毛並みのいい猫みたいだ。

いつも膨れる頬も柔らかそうで、思わず手が伸びた。無意識だった。ふっくらとしたみょうじの頬は気持ちよくて、思わず指先で撫でる。みょうじはまだ起きない。さっきより心臓が大きな音を立てる。

すうすうと寝息を零すみょうじの口が僅かに空いていて、どきり、と一際大きい音がした。今にも融けそうな、柔らかそうな唇。乾燥など知りません、といわんばかりのそれは、きっと俺の物とは全然違うんだろう。触れたら、起きるだろうか。

少しだけ。ほんの、少しだけ。

そう思って、みょうじの唇に人差し指を当てた。しっとりとやわらかい。吸い付くようだった。みょうじから漏れる息が指に当たって、少しだけ潤った気がした。どきどきと脈が速くなる。やばい、これ。こんなに柔らかいのか。いつも笑うみょうじの、口もとから目が離せなくなりそうだ。

赤葦さん、と俺の声がこの唇から漏れるのか。この、柔らかい唇から。ぞくり、と何かが背中を走る。

みょうじの眠るベッドに手をついて身を乗り出す。ぎし、と少しだけベッドが音を立てた。みょうじの顔に、俺の影がかかる。
こんなこと、許されないってわかっているのに、もう俺の視線はみょうじの唇にくぎ付けだ。逸らせない。触りたい。

指先で、みょうじの唇に触れる。変わらずにしっとりとした、唇だった。ふにふにと触れると柔らかく押し返してくる弾力。癖になる。気持ちよくて、もっと触れていたい。指じゃなくて、同じものを重ねたら。もっと気持ちいいんだろうか。もうみょうじの吐息と俺の心臓の音しか聞こえない。

どうなるんだろうか、もっと気持ちいいんだろう、な。キスだってしたことないわけじゃないのに、あの頃の感触よりも目の前の唇の感触に想像が膨らむ。吸い寄せられるように、体が傾く。重ねたい。同じ熱をわけてほしい。

鼻先が触れそうになる。頭では止まらなくては、と思うのに。唇から、目が離せない。はく、とみょうじの唇がうごいた。ごくり、と喉が鳴った。

みょうじに。触れたい。

「ぼくと、さん」

唇を震わせて出た言葉に、ザアッと血の気が引いた音がした。俺、今、なにして。急に鮮明になる感覚。さらさらの髪、ふっくらした頬、かさつきのない、ふるふるの唇。かき消そうと思っても、どんどん鮮明になる。もう耐えられない。

俺、みょうじに何しようと。

ガラっ、と扉が開く音がして思わずカーテンから飛び出した。冷えピタの交換終わりました、と養護教諭にそれだけ言って、走る。どこか、どこか人目につかないところへ。早く。こんな顔、誰にも見られたくなかった。

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