僕はイカロスになれない


インターハイの予選がいよいよ始まった。

8月に開催される本戦に向けて、東京にあるすべてのバレー部がたった2枠の出場権を掛けて戦うことになる。うん、厳しい。

梟谷はシード権を獲得しているから1次は免除されているけど、せっかくの機会だ。下から上がって来る学校の情報を収集するのもマネの仕事。

ということで、1次予選はどこを見に行こうかなと今日発売された月バリを見る。地区ごとに複数の体育館に分散される予選。去年の戸美に上手い人いたなあ、と思い出す。多分みんなは練習だから、監督とコーチと3人で別れて見に行くことになるのかな、この後赤葦さんに聞いてみよ。

お気に入りのパックジュースを飲みながらぺらぺらと捲っていると、急に木兎という文字が飛び込んできた。思わず見ちゃう。記事にはなんだかメンタルに課題あり、みたいなこと書いてあった。

むむむ。木兎さんの良さは赤葦さんからのトスからのV字回復だというのに。この記者は見る目がないな!まったく!と思っていると友達になにぷりぷり怒ってんの、と言われた。なにぷりぷりって!私は真剣なんですけど!

「あ、みょうじ!お客さんだぞ〜」

お昼休み、お昼ご飯後のまったりタイム。さて、赤葦さんのところに行こうと思ったら、クラスメイトに呼ばれた。赤葦さんかな、と思って振り向いたけど、そこには見たこともない人がいて。あの、どちら様でしょうか。


■□■


みょうじが好きなパックジュースがいつもの自販機になくて、少しだけ離れた自販機に向かった。別に約束してるわけじゃないけど、きっとこの後みょうじは教室に来るだろうし。

嬉しそうにお礼を言うみょうじの笑顔が見たくてつい餌付けしてしまうのは認めよう。羨ましそうに見てくるクラスメイトは黙殺する。
みょうじの愛してやまないパックジュースは校内でも2か所にしか置いていなくて、そのうちの1つ、自転車置き場の近くの人気のない自販機に向かう。

自販機で目的の物を手に入れて帰る途中、ふと聞き覚えのある声がした。あまり人気のない方から。聞き間違いでなければ。みょうじの声だった。そっと声のした方へ向かえば、やっぱりいたのはみょうじと、それから。

「――3年4組の、そう。赤葦と同じクラスなんだけど。ごめんね、突然呼び出して」
「い、いえ…その、なんでしょう、か。先輩」

呼び出し相手は同じクラスの奴だった。まさか。みょうじと会話らしい会話もなかったくせに…。
内心で苛ついた。人気のない場所での異性からの呼び出し。これから何があるかなんて嫌でも分かる。不安そうなみょうじが可哀想で、今すぐにこの場から引き離してやりたい。

「俺、前からなまえちゃんのこといいなって思ってて。その、良かったら俺と付き合ってくれませんか?」
「あ、の、その、ど、どこが、」
「いつもちょこちょこ動いてて、笑顔で。可愛いなって思ってたんだ、俺。赤葦のところに来るなまえちゃん見てたら。俺のことも見て欲しくて」

―――お前が。勝手に、みょうじのこと、なまえだなんて呼ぶなよ。

その笑顔は。お前に向けられたものじゃない。全部、木兎さんに向けられたものだ。勝手にお前のものにするな。
みょうじが見てるのは俺ですらないのに。お前が、どこに入り込む余地があるんだよ。

「お試しでもいいから、俺と付き合ってくれない?」

イライラする。横から急に何も知らない奴が、知ったような口で何を言う。
今ばっかりは告白するのは自由、なんていう免罪符は破り捨てたい。そんなの、お前の押し付けだろう。みょうじを見てて、なんで気づかないんだよ。みょうじは、木兎さんに。

みょうじの性格なら99%断るとだろう。
でも、俺だってみょうじの全部が分かるわけじゃない。大丈夫に決まっている、と信じるしかできない。みょうじは木兎さんに盲目的だから。きっと。あんな、やつと。

否定したいのに、完全に否定できるほどの確定要素を俺は持っていない。今はその深くもない関係が、今は憎らしい。

ギリ、と握る拳に力が入って、食い込んだ爪が少しだけ痛かった。


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