ラムネが融ける午後3時


新学年になって初めての練習試合。結果は負けたものの、手応えは悪くなかった試合だったと思う。
反省会と称してミーティングを開いた。書記をみょうじさんにお願いして思った意見を出していく。ミスが多かった、弱点を突かれた、連携不足。1年も満遍なく意見を出してて雰囲気は上々。

そんなところかな、と思ってみょうじさんに何かある?と聞いた。梟谷のミーティングはマネージャーとか控えとか関係なくあれば意見を言うのが決まりになっている。

そういえば、事前に伝えるのを忘れてた。困ったような顔をしたみょうじさんに、今回はいい、と伝えようとしたら、じゃあまず、と始めた。

…まず?

「今回の敗因のポイントは向こうのライトへの修正が遅れたこと、それから出ている通りこっちのセットミスが目立ったことです。ポイントゲッターのレフト対策は充分出来ていたとも思いますが、ライトへのマークが少しおろそかだったと感じてます。ライトのブロック成功率が39%とレフトの57%に比べてかなりのポイント差が開いてます。また、うちのリベロのレシーブ率は34%、向こうは45%でフロアディフェンスに差が「みょうじさん1回ストップ」

つらつらと流れるようなみょうじさんの評価に思わずストップを掛けた。待って、聞いてない。

「?どうしましたか?…あの、私、なにか間違ってましたか…?」
「あ、ああ、いや。そうじゃなくて…なんというか、予想以上で」

?マークを浮かべるみょうじさんは皆が呆然と見ていることに気付いていない。いや、外から見てるとはいえ見ている観点は控えと同じなわけで。それなのに的確な情報と反省点。バレー初心者じゃなかったっけ。聞いてないよそんな分析も意見も言えるなんて。

思いのほかズバズバと言われたそれをどうまとめようかと思ったら、監督が笑いながらまとめてくれた。ミーティングが終わった後に赤葦の狼狽える姿は貴重だったな、と笑われたけど甘んじて受け入れた。


■□■


「みょうじさんって、初めてバレー見たのあの時なんだよね?」
「はい!木兎さんの試合で、私初めてちゃんとバレー見て。それで、本当は木兎さんやみなさんのプレーをもっと見たいって思って」

一度ちゃんと話をしないと、と思ってみょうじさんと部室に残った。マネージャー未経験だって言うから勝手に初心者だと思っていたけれど。…考えてみればルールも完全に把握していたし。俺はなにか大きな勘違いをしているのではないだろうか。

実はプレイヤーだった説は本人にはっきり否定されてしまったけど、あの音駒との練習試合がみょうじさんにとって初めてのバレーボール観戦であることは間違いないらしい。一体どうやって、と聞けば照れ臭そうに教えてくれた。

「春休み中に、たくさん勉強しました。友達と色んな試合見て、アナリストの真似事とかして。少しでも役に立ちたくて必死で――初めて、なんです。こんな、何かに必死になれたの」

ノートに視線を落としながら大事な宝物の話をするように、みょうじさんはぽつりぽつりと話してくれた。少しだけ眉間にしわを寄せた、だけど、柔らかい笑顔。なんて顔するんだ、と思った。

「私、運動とかあんまり得意じゃないので、みんなみたいに何かに打ち込むってこと今までなくて。それでも、あの春高の予選で見た、先輩たちはすごい輝いてて。ああ、私もああやってまっすぐに、何かに打ち込みたいっていうの思ったんです」

あの日の俺たちの試合で、誰かの心を動かせるなんて思ってなかった。俺たちは勝つこと、100%を出すことに必死だった。だから、正直、実感は湧かない。

「11月に進路変えたことめちゃくちゃ怒られましたし、親にも何度も頭を下げました。どんなに怒られても、私、一番近くで支えたいって思ったんです。だから、梟谷に来れて良かったです」

そこまで言って、みょうじさんはまっすぐに俺を見る。いつもの明るい笑顔じゃなくて、眉を下げたみょうじさんと、みょうじさんから出てきた言葉に息を呑んだ。

「赤葦先輩が、私が木兎さんばっかり追うの、いい気がしていないのわかってます。不快な気持ちにさせてごめんなさい。でも、私にとって一番忘れちゃいけないことだから、忘れません。でも部活に、みんなのモチベーションに支障が出ないようにします。今まで考えて足りなくて、本当にすいませんでした!」

ぺこり、と頭を下げたみょうじさんを見る。俺の片手で掴めてしまいそうな小さな頭を見下ろす。驚いた。気付かれてると思わなかったから。

きっと、頭のいい子なんだろうな、って思った。

テストの点がいいとか、そういうのじゃなくて。要領がよくて、人の機微に敏感で。人からどういう風に見られて、思われているか、分かってる。だから短い期間で、部活に馴染んでマネ業をひとりでこなせているんだと思う。

それに加えて、みょうじさんのバレーへの情熱。
興味を持ち始めたのは去年の11月。受験勉強もあったから、きっと本格的にバレーのことを知ってから、今日まで数か月。そんな短期間でここまで理解するなんて本当に好きじゃなきゃできないことだ。

きっかけは木兎さん。でも、その後の思いを強くしたのは、この子自身がちゃんとバレーが好きになったから。

この子は木兎さんのいる梟谷にしか興味がないんじゃないか。

みょうじさんのことを理解せずに、勝手に決めつけていたのは俺の方だった。
恥ずかしかった。主将として皆のことを平等に見てるつもりだったけど、全然足りてない。頑張らなきゃいけないのは、たぶん俺の方だ。

ああ、俺まだまだだな、と自嘲するとみょうじさんが顔を上げた。
礼儀正しくて、素直で、まっすぐ。でも、周りが見えなくなるときもある。そんな女の子。本当は木兎さんの話がしたくてしょうがないのに、それを我慢してる。なんだかそんなちぐはぐ感が面白くて笑ってしまった。

赤葦先輩?と目の前で眉を下げるみょうじさんが叱られた子犬みたいで、なんだか可愛く見えた。俺の方こそごめん、と謝る。勝手に苦手意識を持った俺が悪い。みょうじさんは悪くない。

でも俺も主将として言わなきゃいけないことがある。木兎さんの影を追いすぎるみょうじさんが、いつか他の部員に煙たがられないか心配だった。純粋で悪気はないから特に。

「部活の時はあまり木兎さんの話をしない、全体のモチベーションに関わるから。これはみょうじさんが優秀なマネージャーで、そうできると思ってるからお願いするけど、出来る?」
「はい、もちろんです!」
「木兎さんの話は部活以外で、俺にたくさん話してくれていいよ。俺も、あの人にはたくさん憧れてきたから」

同じ人に憧れを持つもの同士、よろしく。

「っ、はい!」

あまりに嬉しそうな顔を見て、珍しく声をあげて笑ってしまった。


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