君の亡霊を見つけたよ


「ドリンクできました、味見てもらえますか?」
「スコア書けました。念のため確認お願いします!」
「部誌こんな感じで大丈夫ですか?」

新しく入ったマネージャーのみょうじなまえさん。去年の練習試合で、木兎さんに一目惚れしてウチに来た木兎さん信者だ。誉めてる。

マネージャー未経験で入ってきた最初こそ役に立とうとして全力で空回りしてたけど、最近は落ち着いて仕事をしてくれて安心した。たぶん俺だけじゃなくて2年以上は全員。自分が役に立ててないって思い詰めてそうだったし。

今ではちょこまかと動く姿がまるで小動物みたいで、3年の間で人気だ。ペットとか妹感覚で。俺のクラスのやつらは子犬ちゃんって呼んでる。トイプーかダックスかなんて話が出てるけど、豆柴に決まってるだろ。

「ありがとう、みょうじさん。これで大丈夫。流石だね」
「いいえ!白福先輩達が残して行ってくれたノートが分かりやすかったお陰です!」
「そっか、なにか分からないことあったら何でも聞いてね」
「はい!あ、みなさーん、ドリンクできました!足りない方は補充します!」

白福さんたちが残して行ってくれた引き継ぎノートは、本当に入学するかわからない未来の後輩への置き土産だ。俺たちも春休みの間お世話になっていたからその有り難さは分かる。何故か3日目以降に渡すことは約束させられたけど。

みょうじさん憧れの木兎さんは卒業してしまったし、マネージャーは大変だし。モチベーションを心配していたけど思い過ごしだったみたいだ。というか仕事を覚えるのが早すぎる。もはや煽られてる気分。

「赤葦先輩、次はサーブ練ですよね?」
「あ、うん。そうだよ」
「じゃあみなさんが休憩してる間にガムテ貼ってきます!」
「ありがとう」

本当に、よく働く後輩だ。


■□■


「あれ、みょうじさん」
「あ、赤葦先輩。お疲れさまです」

図書室の奥、資料スペース近くの壁際には個人用の勉強卓が置いてある。所謂自習スペースだ。あまり知られていないそこは俺のお気に入りの場所でもある。
ふと顔をあげると思い切り伸びをするみょうじさんと目があった。俺たちの周りには人も居なくて息抜きがてらみょうじさんに話掛けた。

「みょうじさんはテスト勉強?」
「そうです、月曜日になんかテストあるみたいで。いきなり数学も理科も国語も社会も細かく別れてもう…高校生って大変ですね」
「はは、俺も1年のときそう思った。でもみょうじさんなら大丈夫だよ」

努力家で頑張り屋なみょうじさんならきっと試験は大丈夫だろう。その点木兎さんは大変だった。なんとか赤点を逃れていたのは木葉さんや小見さんの助けがあったからだ。しょうがない。木兎さんは多分違う世界の人だから。

「赤葦先輩もテスト勉強ですか?」
「そう。あとは一応受験生だからね」
「私受験はもうしばらくしたくないです」
「あっという間にやってくるよ、残念ながら」

そう、部活で毎日過ごしていたら、3年なんてあっという間だ。そして、俺の高校最後の1年も幕を開けた。言葉の重みが違う、とみょうじさんは机に突っ伏した。この子いちいち行動が面白い。まあだから俺のクラスメイトに餌付けされてるんだろうけど。いらないものはちゃんといらないって言うんだよ。

「ウチには慣れた?」
「まだできないこともありますけど、なんとか…。赤葦先輩から見て足りないとことかありますか?」
「いや、特にないよ。大丈夫。むしろ負担掛けてごめん」
「全然!大丈夫です。それに、木兎さんのいた部活を私のせいで不甲斐なくするわけにいかないですから!」

にこにこしているみょうじさんはいつも太陽みたいに笑う。全力でサポートします!と張り切るみょうじさんは全部員の中で一番モチベーションが高く、やる気に満ち溢れていると俺は思っている。

「みょうじさんは、木兎さんが好きだね」

木兎信者と化したみょうじさんは事あるごとに木兎さんを引き合いに出す。木兎さんのおかげで。木兎さんがいるから。
みょうじさんの中の梟谷にはまだ木兎さんがいて、きっと心を支えているのも木兎さんだ。好きというよりもはや羨望とか憧憬に近い。

「木兎さんのプレー見て此処に来ようと思ったので!木兎さんが居なかったらマネージャーもやってないですし」
「そっか」
「はい!木兎さんの、あの力強いスパイクが見たくて。まだ目に焼き付いてます。春高の狢坂との試合。あの時の木兎さん、すごくてキラキラしてて。私も、頑張らなくちゃって」
「見てたんだ…あの試合」

忘れもしない。120%の力で相手を砕く本物のエースがそこにいた。あの時の俺は余計なことばかり考えていて、それを木兎さんに指摘されて。クリアになった頭も視界も、鮮明に思い出せる。
これからも試合はたくさんするだろうけど、きっと俺の人生の中で一番忘れられない試合になると確信している。

「はい、もちろん。私、木兎さんがいたから、ここまで来れたんです。だからもっと頑張らないと!」
「ほどほどにね、みょうじさんは頑張り屋だから」
「そんな、全然です!先輩たちの方が頑張ってるので。それに、木兎さんに比べたら。全然まだまだです」

本当に、みょうじさんは木兎さんが好きだ。スーパースターに憧れるのは俺にもよく分かる。俺も憧れたから。

でもね、みょうじさん。ここにはもう木兎さんはいないよ。

木兎さんはいないから、俺たちがあのスターの代わりに梟谷を全国へ引っ張っていかなければならない。
コートにも、部室にも。あの底抜けに明るい声も、頭の弱い発言も、しょぼくれたときの声も。もういない。そんなの俺が、一番よく知っている。

だから、いつまでも俺に木兎さんを思い出させないでほしい。

「みょうじさんは、本当に木兎さんが好きだね」
「はい!」

俺は、木兎さんしか見えていないこの子が、苦手かもしれない。


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