幕開けはカラメルの弾丸


初めてだった。

体が熱くなる感覚も、震える背筋も、感覚のなくなるほど握り込んだ指先も。

ばしん、とボールを叩く音。ドン、と床を蹴る音。伝わる振動も熱気も。全部が鳥肌を立てる皮膚の奥の奥まで入り込んでくる。それが少しだけ怖くて、でも目が離せなかった。

■□■

今度こそと親友の茜に連れてこられた、茜のお兄ちゃんの虎さんが出る試合。茜は、お兄ちゃんじゃなくて音駒を見に行くの!とか、なまえも絶対音駒を好きになるから!と言って、私を無理矢理連れ出した。まあ、茜のバレーフリークは今に始まったことじゃないからもう慣れたけど。

音駒にお兄ちゃんがいるなら、お兄ちゃんの応援じゃん。素直じゃないなあ、と思ったけどそれを口にすると茜がうるさくなるので黙ってることにした。

「えーと、どこでやるの?」
「こっち!梟谷と音駒は練習試合することも多い強豪校なんだよ!」

練習試合ということで連れて来られたのは梟谷学園という学校だった。綺麗な私立高校で、こう言ってはなんだけどすごくお金持ちの匂いがした。制服とかおしゃれだし。
どっちが強いの、と聞くと音駒がいかに粘り強いか、という話ばっかりしてきたから、たぶん勝率が高いのは向こうなんだろうな、と察した。

体育館にはぽつぽつ観戦してる人がいたけど、中学生なんてもちろん私たちしかいなかったし、周りはやっぱり梟谷の制服を着ている人たちばっかりだった。なんか居心地悪いなあ、と思ったけど茜はそんなことどこ吹く風でめちゃくちゃ声を出して応援していた。すごい。私には無理。

「茜すごいね…」
「あ、夜久さんこっち見てくれた!なまえ!手振って!音駒には私たちが付いてるって証明しないと!」
「はあい…」

そう言ってひらひらと手を振る。やっぱりバレーやるだけあってみんな身長が高い。上から見ててもわかる。特にあの音駒の灰色の髪をした人と、同じチームの黒い変な髪形の人。

今度は白いユニフォームの人たちが入ってきて、その中でも背番号4の人が大声で叫び始めた。すごいめちゃくちゃ声がでかい。なんだか目立つ人だな、と思ってその人を見つめる。それぞれのチームが整列してお辞儀をすると試合が始まった。

ピーと笛が吹かれて音駒から始まった。青と黄色のボールが梟谷のコートに入る。ひとりだけ色の違うユニフォームを着た人がとって、そのままネット際の人がふわっとボールを上げた。すごいなあ、と思っていたら白の4番が急に大きく飛んで、思いっきりボールを音駒のコートに叩きつけた。

ボカァン、というボールからしないような音がした。思わず目を見開く。なに、いまの。すごい、威力だった。その一発に目を奪われた。ヘイヘイヘーイ、なんていう掛け声を叫びながらハイタッチをする4番。そのあとも、4番から放たれる攻撃は全然止まらなくて、次々にコートに刺さる。

4番が打つかと思ったら、違う人が打ったりトスを上げる5番さんがいきなり打ったり。体育でやってるバレーと全然違うレベルに思わず視線がくぎ付けになった。

すごい。

隣で茜が説明してくれているのに、全然頭に入らなくてずっと梟谷から、目が離せない。心臓がどきどき音を立てている。思わずぎゅ、と手摺を強く握った。もっと、もっと見たい。近くで。ずっと見ていたい。

「ちょっと、下、行ってくる」
「え!?う、うん!黒尾さんナイスキー!」

茜がそう叫んでいるのを聞きながら、階段を下りる。もっと近くで見たい。あんな、すごいプレー。力強くて、みんなが思わず見ちゃうような、そんなすごい人。スポーツを見るだけで、こんなにも心がどきどきするなんて、知らなかった。

階段を下りて、なるべく邪魔にならないところを探す。上では感じなかった地面の振動も、選手たちの小さな声も全部聞こえてくる。上からじゃわからなかったけど、小さな駆け引きがコート上にたくさん散らばっている。

打つ。拾われる。上げて、また打つ。打ちたい、でも打てない。
そうやってずっと続くラリー。しばらく見ていたら、4番さんの打つボールが全然決まらなくなってきた。どうしたんだろう、と思ったら笛が吹かれて休憩になる。

その後、4番さんに集まっていたボールが全然集まらなくなった。なんで、と思ったけどそういう作戦なのかもしれない。
でも、打ってほしい。決めてほしい。見たい。5番さんから放たれたボールが、4番さんに力強く叩きつけられるところが。
5番さんがトスを上げた。4番さんが走り出す。お願い、打って。決まってほしい。だって、見たいから。

「がっ、がんばれっ…!!」

思わず叫んで、それが思ったよりも響いてしまって急に恥ずかしくなった。でも、その声が届いたのかわからないけど、バァンとすごい音を立てて叩きつけられたボールは2階席まで飛んで行った。すごい。すごい、こんな。

茜が、声を張って、応援する理由が少しだけ分かった気がした。今日一の衝撃と迫力に思わず口を開けてぽかんとコートを見つめる。長い笛が鳴ってまた全員が円になって集まっていた。得点版がどっちとも0に戻った。先に1勝したのは梟谷だったらしい。

よかった、と見ていると急に5番の人がきょろきょろと辺りを見回した。何を探してるんだろうと思ったらそのままこっちに向かって歩いてきた。
え、え、と狼狽えていたら5番さんが私の目の前で止まった。で、でかい…。そしてすごい無表情でこ、こわい…。そう思って呆然としていたら、その人が困ったように眉を下げた。

「えっと、木兎さん、…あの4番の人のこと応援した、よね?」
「その、、というか、あの…初めて、スポーツ見て、感動して…つい。うるさくしてご、ごめんなさ」
「っ!ちょっと来てくれる…!?」

そう言って5番さんは私を急に引っ張っていく。
え、え、ええええええ。ちょっと、どういう、こと。

ずるずると梟谷の、4番の人のところに連れていかれる。他の人たちも少し慌てた様子で5番さんの名前を呼んだ。いや、そうですよね、普通そうですよね。部外者なのに、と助けを求めようと4番さんを見たら、なんか元気がなかった。
試合前はあんなに元気そうだったのに…、え、元気なくなっちゃったってこと…?全然わかんないけど、でも、元気ないから攻撃上手く決まらなくなった、の?それは、嫌だな。

「んあ?あかーし…?だれその子…」
「さっきの声の人ですよ。頑張れって、言ってくれた子です」

5番さんの言葉を聞いて、びっくりした。聞こえて、たんだ。届いてたんだ、私の声。なんだかそれに感動して、また心臓がどくどくと音を立てた。4番さんの、きょとん、と私を見るその目がすごく、真っ直ぐで。綺麗で。

今日試合が始まってから感じていた熱が再燃して、また心臓がうるさくなって、きゅうと締め付けられた。わたし、もっと、見たい。ずっと、試合が、見たい。負けてほしくない。勝って、ほしい。

「ぁ、ぇっと、みょうじなまえ、です…その、試合見て…すっ、すごいなって…私、スポーツの試合見て、そう思うの初めてで…!それで、…あの!来年!絶対梟谷に入学して、バレー部入ります!だから、あの、負けないでください…っ!」

何言ってんだろう、私。いや、もう志望校とかきめちゃってるし、いやいや、今更。いま、さら。

それまであまり元気のなさそうだった、4番さんが。急に、大きく見えた。なんなのかわからないけど、今までの4番さんと全然違っていて、思わずその目を見る。まるで獲物を狙う、獣の目だ。
ありがとな、と笑って頭を撫でてくれた7番さんはコートに戻っていく。私、なに、したんだろう。

そう思ったら私を急に引っ張っていった5番さんが、ありがとう、と急にごめんね、と御礼とお詫びをしてコートに戻っていく。あ、そうだ、と5番さんがちょっとだけ振り向いて微笑んだ。男の人って、もっと豪快に笑うと思ったのに、その人は静かに笑った。

「もし本当にウチに来るなら、その時は歓迎するよ」

そう言って今度こそコートに振り返らずに戻った2人は、騒ぎながら次のゲームへ向かう。マネージャーさんっぽい人が謝ってくれたけど私の耳はもうあの人の声しか捉えてなかった。

「赤葦……後半、全部ボール俺な」
「それは無理です木兎さん」
「少しは空気読んで赤葦!!」

結局。空気に耐えられなくなって茜の元に戻った。それでもやっぱり梟谷から目が離せなくて。気付けば心の中で梟谷を応援していた。

「ね、茜。あの人、なんていう人」
「ん?ああ、木兎さんね!全国で5本の指に入るスパイカーなの!その横の5番は赤葦さんって言って、セッター、トスを上げて攻撃の起点になる人だよ!」

私に向かってピースをしてくる木兎さんに手を振り返して、時々こっちを見て頭を下げてくる赤葦さんにも頭を下げて。気づけば2-1で梟谷が勝っていた。意気消沈する茜の横で、ぼうっとコートを見る。鮮明に焼き付いた、今日の試合が離れてくれない。

心臓のどきどきが止まらない。ずっとだ。手摺を握る手に、力がこもった。

「決めた」

そうぽつりと零せば、隣にいる茜が何を、と聞いてきた。決まってる。
進路変更。とり舵一杯。目的地急遽変更します。

「私、梟谷にいく。いちばん近くで、あのバレーが見たい」

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