ある日、君は食卓塩とともに

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息が上がる。今日ばっかりは高校前の坂を恨んだ。部活よりも全力で駆け上がる。なぜなら、今の俺らには命の危機が迫っているからだ。

今日は放課後に開かれる保護者会で、いつもより最終下校時刻が早い。夕方ごろに練習を終えた俺ら3年と日向、影山。物足りないと思っているだろう1年2人の監視がてら坂の下まで一緒に帰ることにした。
坂の下まで降りて、日向がキャプテンお疲れ様です、と言って角を曲がろうとした瞬間。白いワンピースを着た、女が現れた。

やばい。と思ったのはその女がゆうに2、3mほどあるからだ。デカイと言われる俺らバレー部ですら見上げる身長。ネットかな?と現実逃避が始まる。それだけならよかった。髪に隠れた顔は見えず、不気味な雰囲気を醸していて。

ぽぽぽぽ

およそ人間の出す声ではない声でしゃべった。
後はもう全員が学校に向かって全力疾走だ。やばい、あれはやばい。隣のスガの表情もヤバい。後ろを見ればやっぱり付いてきている。
ひとまず部室へ!と叫べば日向と影山はスピードを上げた。




「ちょっと待ってろ、大地…。俺にはこういう時に頼りになる友達がいる!」
「おおお!流石!スガさんすげえ!」

ぜえぜえと荒くなった息を呼吸を整える。ひとまず部室に立てこもったはいいけど、どうしていいかも全く分からない。
これだけはわかる。部室から出たらなんかホラーゲーム展開的には死ぬだろ。だいたい状況を変えようとするやつに死亡フラグが立つんだ。世の中そういう風にできてる。

そんな中で、スガが突然そんなことを言い出した。顔面蒼白の日向と旭はドヤるスガのその言葉に安心したようだ。よーし掛けるぞ!とスガが通話ボタンを押した。
俺も安心したいんだが、なんとなく安心できないのはなんでだろうか。

プルルルルルル。
プルルルルルルルル。
プルルルルルルルルルルル。

鬼電だ。誰がどう見ても鬼電だ。

「お、おい…スガ…?ほんとに大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!名前いつもこんなんだから!」

そう言って3回目の発信後、コール音が止まってごそごそと音がする。その名前さんとやらはやっと出てくれたらしい。スガがもしもし、と言いかけた瞬間。

『ウゼエ』

その一言のあと、電話の向こうがツー、ツーと沈黙した。え?今切られたよな。切られたよな!?名前さんという女の人はらしからぬ口調で電話を切った。名前さん、すごいキレてなかったかスガ…。

旭と日向は目が点になっている。無理もない。俺も影山も同じだ。またスガが電話をかけ始めた。今度は5回発信。お前どういう精神してんの。実はお前が精神的に一番危うかったのか、スガ…。

『しつこい』
「あーーーーまって名前ーーー!!!」

スガが叫んだ瞬間、どんどんどん!!と扉が叩かれた。ガチガチに固定した鍵でなんとか侵入を防いでいる。ひ、と日向が悲鳴を飲み込んだ。名前さんは呆れたようにため息をついた。

『巻き込むなって言ったの覚えてねえのか鳥頭。バレーやり過ぎておかしくなったわけ、ついに』
「なんかぽぽぽって言ってんだよ!魔法の言葉じゃなくてさあ!でかくて白くて!なあ!名前なんか知らねえ!?」
『聞けよ。つーか八尺様かよ…』
「はっしゃくさま!?それが妖怪の正体だな!?たのむ名前!助けて!」
『ムリ』

間髪入れずに帰ってきた返事に、室内は沈黙した。おい、普通に断られたぞ。どうすんだ、これ。
旭と日向の顔から表情が消えた。待てお前ら生きることを諦めるな。

「なっなななんなんで!!!」
『ムリなものはムリ。自分でどうにかして』
「そんな!!!ここまで来て!?!?ひどい!!鬼!」
『酷いも何も。何度も鬼電してくる方が鬼』
「はい正論!!!」
『そもそも八尺様は』
「ス、スガ…これ…、」

自分の携帯で八尺様を調べていた旭が八尺様の項目を読みはじめた。どんどん鳴る扉は激しくなるばかりでやむ気配は一向にない。

「未成年の男を狙うって…」
『男しか狙わないから無理』

旭と調べた内容が名前さんと被って、きっぱりとスガが断られた。今日3度目だ。

「うわああああいやだあああ助けてくれよ名前!!」
『塩盛って一晩ゆっくりしてろ』
「塩なんかねーべ!」
『あるとこ行けよ』
「おおおまえ俺らを殺すのか!?なあ!そんなことしないよな!?俺あの時奢った肉まんの貸し返されてないぞ!!」
「スガ、おまえそんなしょぼい貸しを…」

さっきまでの余裕はどこへ行ったのか。必死だ。いやまあ必死になるべきなんだが、なんだ、他の奴がテンパってると自分が落ち着く法則に俺は今陥っている。どうしよう、なんだかもう笑えて来る。
旭が突然、塩とお札!と叫んだ。それにビビった日向が急に慌て始める。きゅうりを目の前に落とされた猫の動画を思い出した。

「おおおふだ!!お札がないと!!!オフダ!!!」
「うるせえ日向!持ってるわけねーだろ!そんなこともわかんねーのかよ!馬鹿か!」
「言ったなお前!うらあああ!」
「喧嘩すんなお前ら!!」
『頑張って』
「この状況で見捨てる!?これで俺名前に見捨てられたら毎日あの世から2:22:22に電話するから!鬼電するから!取るまでかけ続けるぞ!!いいのかそれで!?」

最低な脅しだ。たぶん末代まで電話し続けるに違いない。急に静かになった旭は正座をして笑顔を浮かべていた。あっこいつ諦めやがった!!菩薩顔してんじゃなえよ!

「スガ…必死だなあ…」
「旭悟りを開くな!日向と影山は喧嘩するな!」
「名前名前名前名前名前」
「こえーよスガ!」

ピタリ、とそれまでドンドン鳴っていた扉が沈黙した。

いやな予感しかしなくて、おそるおそる扉を見る。ガチャ、とドアノブが最後まで回った。ギイイイイ、と普段なら鳴らない音がして、ゆっくり扉が開く。

白いワンピースを着た、髪の長い女が、窮屈そうに身を屈めながら、部屋に入って来る。ぽぽぽぽ、とよくわからない言葉なのか、音なのか。およそ似つかわしくないそれを部屋に木霊させながら、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

逃げなきゃいけないのに、足が動かない。誰一人として動けなくて、もう、だめだと目を瞑りたいのに瞬きひとつできなくて。その手が、いよいよスガに触れようとした。

にたり。髪で隠れた口元が笑った気がした。

「邪魔なんだけど」

その声が聞こえた瞬間、ぐりん、と女が扉の方へ振り返った。夢に見そうな動きだ。扉には女の子がいて。名前!とスガが叫んだ。ってことはこの人が名前さん…!
その子に向かって八尺様が襲い掛かる。動けと思っても全然動かない体。いよいよその手が名前さんに――。

と思ったら名前さんがパンチを繰り出した。綺麗に八尺様の体に吸い込まれていったボディブローは捻りも加わって恐らくかなり威力の高い一撃。

その一発で八尺様は弾けて消えた。いや待てもうなにがなんだか。何が起こったかついていけなくて呆然とする俺ら。ただ、スガを除いて。

「ひゅー!流石名前!今のなんて技!?」
「技名あるんスか…!」
「…除霊的なパンチ」

なんだそのTさんみたいなの。そんなあやふやなので撃退できるのか。というか何者なんだ。なんで影山はちょっときらきらした目をしているんだ。

疑問は尽きないが、さっきからスガが電話していた相手、名前さんが助けてくれたらしいことに変わりはない。
本当に心からお礼を申し上げたい。やっぱさすが名前だよな〜と朗らかに笑うスガの頭を叩いた。お前は恩人に対して軽すぎる。

「えーっと、その。名前、さん?助けてくれてありがとうございました…澤村です」

思わず敬語になってしまうのはしょうがない。助けてもらったっていうのもあるけど、普通に機嫌が悪い。目つきも悪い。まるで寝てるところを叩き起こされたみたいな。
…おいまさかスガのあの鬼電って。

「アンタには怒ってない。叩き起こしてきたコイツが悪い」
「え〜、だって俺の知り合いにこういうことできるの名前だけだしぃ」
「便利屋じゃないし除霊屋でもない。2度と電話すんなクソ」

しかもめちゃくちゃ口が悪い。男子でもなかなかお目に掛かれないような口の悪さだ。それもこれもスガの鬼電が原因だろう。でも、スガの鬼電がなければたぶん俺らは…。
そこまで考えてぞわり、と背中を冷たいものが走った。やめよう、考えるの。

「悪かったって!機嫌直してくれって、なんでも奢ってやるから!」
「なんでも…?」
「オウ!だからいつものもやってくれよ〜」

あれ意外とちょろくね?いや黙れ俺。影山も余計なこと言うなよ、な?
はあ、とため息をついた名前さんが面倒くさそうにスガを見た。いつものって何だろう、と思って見ていると出てきたのは透明の瓶に赤い蓋の白い粉。

間違いない。食卓塩だ。あのよく見るやつ。

名前さんはそれを手に出して、スガに思い切りぶつけた。なんだかおおよそ塩が当たると思えない音がしたけど。相撲取りかよ。
いずれにせよ全然霊験あらたかな塩ではない。なぜなら名前さんがぶら下げたコンビニの袋から取り出されて今パッケージが開封されたからだ。未開封。もう意味わからん。

「これで今日は安心して寝れるわ〜サンキュー名前」
「全員掛けるから。その気絶してるオレンジ頭、あとデカイ黒いの、ヒゲもそこ座って」
「お、起きろ日向!影山もさっさとそこ座る!きらきらするんじゃないよ!」

何とか日向を叩き起こして全員塩を掛けられる。スガよりも優しく掛けられたけど、あからさまに「面倒事に巻き込むんじゃねえよ」という強さで塩がぶち当たってきた。まさか女子に塩をぶつけられる日が来ようとは。

全員無事に除霊的な何かが終わったらしく、帰ろうとする名前さんに着いていく。なんとなく影山ですら全員の距離が近い。旭は普通に邪魔。

煩わしそうに俺らを見た名前さんはスガの元に行くとさっさと奢れ、と坂の下商店を指さした。オッケー!とにこにこ笑ったスガが財布の中を見る。あ、と漏れる声。まさか。

「名前ごめん!小遣い前で今34円しかねーわ!」
「ア?」

ビキ、と音がしそうなくらい名前さんの額に血管が浮かぶ。そんな名前さんを見て、てへ!とスガが笑った。

「わり!今度でいい?」
「名前さん俺らに奢らせてください!!!!」

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