幸運値EXの私には他人のステータスが見える3

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「ふ、ふるやくん!」

ある日の放課後、教官室から出てきたと同時に声を掛けられた。なんだ、と思って振り向いた途端、とんでもない早業でポケットに何かを押し込まれた。何を言ってるか分からないと思うが俺にも何が起こったか分からない。

ただ、俺に何かを押し込んできた女子は、この間顔を青くしていた『ご利益ちゃん』とやらだったし、ものすごい必死だったということは理解できた。

「あ、あの、あのね!……い、生きていればいいことあるよ!!これ!!お守り!!!じゃあね!!」

なに言ってるか、訳が分からないが一先ず捕まえてから考えよう、と思って廊下を走り去った彼女を追った。そういう思考回路が駄目なんだぞゼロ、と脳内景光が説教してきたが、物理で黙らせる。

話が逸れたがはっきり言おう。

足早すぎだろ!!

どんどん離されていくことに舌打ちをした途端、「またお前か降谷ァ!」という声と共に、横からの強い衝撃が俺を襲った。な、なんだ…い、痛い。横を見ると額に青筋を浮かべた教官が仁王立ちをしていた。こ、これはまずい。

「よう、降谷。ずいぶん元気そうじゃねーか?」
「き、教官……これはその……」
「うるせえ、廊下は走るな。ペナルティで一週間トイレ掃除!」

言い渡されたペナルティに、折角先週分の罰則が終わったというのにまたか、と頭を抱えた。なんてことだ。御守りを片手に、とぼとぼと寮に帰っていたら脳内ではない景光と偶然会った。その手に持っていた御守りに見覚えがあって、思わず声を掛けた。

「景光、その御守り……」
「ああ、これか。ご利益ちゃんがくれたんだけど……、ゼロも貰ったのか」

訝しげに御守りを2人で見ていると松田が帰って来た。同じように御守りを持っていたので、引き留めて話をする。なにかある、と踏んだ俺たちはご利益ちゃんを探すことにした。このメンバーであれば恐らく萩原と伊達の所にもいく可能性が高い。

そのため、俺とヒロは伊達と萩原を探して合流し、ご利益ちゃんを現行犯逮捕する作戦に出た。松田は女子寮へ続く道で待ち構えて貰うことにした。幸い、女子寮までは一本道だ。ご利益ちゃんがまだ校内にいるのなら捕まるはずだ。よし、待っていろ、と笑みを浮かべたのを見て、ヒロが苦笑した。

結局、彼女は捕まらなかった。ヒロと俺は校内でご利益ちゃんに出会うこともなく、それぞれが萩原と伊達を見つけた時にはすでにその手には御守りが握られていた。一足遅かったようだ。

そして女子寮だが、そこにも彼女は現れなかった。松田も蟻の一匹も通さない覚悟で望んだらしいが、結局俺たちが合流するまで、蟻はおろか誰も通らなかった。点呼の時間になったので諦めて部屋に戻ったが、彼女は一体どうやって帰ったんだ。

仕方がないので、翌朝、食堂でひとりでご飯を食べていたところを、無理矢理捕まえた。
どういうことか、と詰め寄ると彼女は俺たちの顔を順繰りに見たあと、頭を抱えてめそめそしながら卵焼きを差し出してきた。一体なんだ俺の顔になにが付いてる??まさか変な霊でも付いてるんじゃないだろうな??

そんなことをきっかけに交流が深まり、渡された御守りに愛着が沸いて、なんとなくお炊き上げもできなかった。そして仕事にもカタがつき、久々に会ってみれば、俺たちは揃いも揃って彼女に惚れていた。
それが発覚したのは、俺とヒロが組織を壊滅させた後何回か飲み会を重ねた、たまたま彼女の居ない飲み会でのことだった。流れであの御守りの話になった。

「いやなんかさ、あー今日御守り持ってくるの忘れたなあって思ったら急に不安になってさ。いつも着ない…いやもう着てるから!急に殴るなよ松田…、まあ嫌な予感っての?腹がざわざわするから防護服着て解体作業したら遠隔操作でドカン。解体は終わってたけどまさかそんなオプション付いてるとは思わないじゃん?いつもだったら死んでるってゾッとしたよさすがに。なんていうか、離れてても御守りが助けてくれたんだよなあ」

「いつも肌身離さず持ってってんのに、その日だけは前の日のスーツから引っ張りだすの忘れてよ。やべーな、って思ったら案の定目の前で車が事故ったんだ。ちげえ、俺は轢いてねえてめえ諸伏酔ってるからって調子こくなよ、まあ、そんで駆け寄ってみりゃ不自然な行動が目立つんで、職質かけたんだ。そしたら車ん中から爆弾が出て来たんだよ。結局、萩原んときの犯人だった。あの時ついてねえ、と思ったけど本当はすげえついてたんだわ。それ以来御守りは肌身離さず持ってる。やっぱあの御守りすげーよ」

「ちょっと色々あって、身代わりしないといけない時があってさ、いやいやこっから先はちょっと言えないから、で。まあ、それなり状況がやばくて、一回偽装しないといけなかったんだよな。いや聞くなって。その偽装も失敗しかけて、ああ、もう無理だって覚悟決めたときに、あー、覚悟っていったら男の覚悟だよ…まあ、結果的に失敗してよかったんだけど。本当はスマホごと壊す予定だったんだが、付けてた御守りが守ってくれたんだよなあ…気になって御守り開けてみたら中から黒い板みたいなものが出て来て、しかも歪んでるから、ああこれが守ってくれたんだなって、俺はずっと御守りを通してあの子に守ってもらってたんだな、って。思わず泣いたね」

「俺も張り込み明けで高木と話してたらトラックに突っ込まれてな。ぶつかりはしたが、幸いなことに減速もしてたんで大事には至らなくて済んだよ。後から交通部から聞いた話だが、ドラレコみたら直前まで結構なスピード出してやがったうえに居眠り運転だったらしい。おう、すげえのはここからだ。記録確認したら急にスピードが落ちたタイミングがあってな、車体を確認したらパンクしてた。パンクのタイミング、現場までの距離、減速速度、俺の立ち位置がどれかひとつでもずれてりゃ俺は死んでたらしい……ぞっとするだろ……御守り?もちろん肌身離さず持ってたさ……本当に感謝しかねえな」

皆が口々に言う。俺だってバーボンとして仕事をしていたときに、何度御守りに救われたか分からない。
体もそうだし、なにより心が救われた。潜入捜査なんてやっていると、時折どうにもならなくなるときが来る。自分の心が闇に染まっていくような気がして、時々狂いそうになった。

そんなときいつもの「降谷零」に戻してくれたのは、いつだって思い出深い、あの御守りだった。そして極めつけは。

「っぅう……っぐす、ふ……よ、よかったよぉ……ふ、ふるやくん……生きてる……!あ、ありがとぅう!」

普段ころころと変わる表情の中で、ついぞ見なかった涙。組織が壊滅し、安室透としてではなくちゃんと降谷零として同期の前に姿を表せることになって、初めての同期会。
久しぶり、元気だったか、今まで顔出せなくてごめん、と声を掛けたと同時に、彼女が静かに涙を流した。

今まで見なかった表情に愕然としたが、嗚咽を殺すように、堪えるように泣く姿を見て、感極まって俺も少し泣いた。ようやく戻ってこれた、と。今まで心配掛けてごめん、と言うと涙を流しながらも、精一杯の笑顔で言ったのだ。「おかえり」と。あまりにも綺麗なその表情に、俺は、あっさりと落とされたのだ。

萩原、松田は爆発解体後に。景光は、あの後に。同じように泣かれ、そして笑顔に落ちたという。全く事情も、何があったかも知らないのに、何かあったのを察して、俺たちの命を喜んでくれた。それだけで、恋に落ちるには十分な理由だった。






俺の家で開催された宅飲み。夜も更けてくると、伊達は可愛い嫁の元へ早々と帰路についた。昔の話をして盛り上がったせいで少し疲れたのか、酔いが回ったのか。ソファに凭れリラックスした様子で、「本当に良かった」と溢す姿を見て苦笑する。今日の彼女はこればかりだ。俺だけじゃない。他の全員が笑っていた。その時までは。

「良かった、本当に……友達が誰1人欠けなくて。これからも仲良くしてね…!」

アルコールの回った赤い顔と潤んだ目で、にこにことした、君たちのことは何も警戒していませんという表情でそう言われた時。

もう限界だ、と悟った。俺は、名前ともう一歩先に進みたい。ちら、と全員を見ると同じ事を考えている顔をしている。俺たちもそれなりに酔っていたし、なによりこの関係に終止符を打ちたかった。
そんな中で、まず動いたのは萩原だった。

「全員こうして集まれるようになったことだし、もう心残りはないよね?…ね、名前聞いて。好きだよ、ひとりの男として君が好きだ」

彼女の横に座っていた萩原が、するりと名前の首筋に頬を寄せて細い肩に凭れた。耳元で囁くように萩原が言うと、びくり、と震えた肩と、え、え?と狼狽えながらも赤くなっていく耳がかわいいなと思った。

「そうだな、ここから先はなんも遠慮することはねえよな。…名前、お前のことが好きだ。初めて会ったときから、お前のことずっと想ってた」

ぽん、と松田が頭に手を乗せて優しく撫でた。その手はそのまま名前の耳をなぞり、縁を弄ぶ。その目は今まで見たことがないほど甘く、蕩けていた。それを間近で見た名前は、顔を赤くしたままびしりと固まった。

「これからは本気で落としにいくから、覚悟してくれよ?好きなんだ。あの時生きててくれてありがとうって言われてから、俺はずっと名前が忘れられない」

するり、と名前の手を取ってその感触を楽しむかのように撫で、指を絡めるように手を握った。逃げられないように絡め、そのまま手の甲に唇を落として細い指先を甘く噛んだ。ぴくり、手が震える。真っ赤になって震える名前のいじらしさに、思わず口許が弛んだ。

そして、俺も。

「俺を救ってくれたのは君だ。心も、体も。なあ、俺の全部をあげるから、名前の心をくれないか。俺だけのものにしたいんだ。…好きだ、名前」

真っ直ぐに目を見つめて、降谷零として偽りのない想いを伝える。赤くなった頬に指を滑らせて、少しかさついた唇を、そのままゆっくり親指でなぞる。同じようにぺろ、と自分の唇をゆっくり舐めた。ごくり、と名前の喉が鳴った。はは、なんだ、キスされるのでも想像したのか?


「「「「これからは俺が幸せにするからな」」」」

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