ノマドワーカーの拠点探し!

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視界は全て青だった。
空は雲ひとつなく晴れ渡り、海はこの海域にしては酷く穏やかだった。水平線はどこまでも続いていて、陸を見つけることは出来ない。まるで世界にはそれしかないんじゃないかとさえ錯覚する程に。

島国生まれで、多少海というものに免疫はあっても、一体誰がこんな大航海を予測しただろうか。いや、ひとりだけいる。というかそのひとりに、俺の人生は滅茶苦茶に破壊された。


ぶっちゃけにぶっちゃけると、俺は異世界の人間で魔法使いだ。魔法使いってのはアレだ。箒に乗ったりでけえ鍋掻き回したりするアレだ。ひとつ明らかにすべきは、俺はあんなに根暗じゃねえってことだけど。まあ、そこら辺はご想像にお任せしよう。

某国の魔法学校を7年間トップを取り続けて卒業した俺は、案の定お役人に勧誘されたものの、それを豪快に蹴りあげてきた。流石にこれには教師共も何故と詰め寄ってきたが、俺としてはあんな堅苦しい場所はご免である。今日日、世界はノマドワーカーに支配されているのだ。俺だってノマド的に働きたい。

そんな理由で卒業時点で用意できる最高のポストを断った俺は、しつこく問い詰められた。一番しつこかったのは自分んとこの寮監だったが。そんな教師共を蹴散らし、省庁の役人共を綺麗に撒いて、俺は協調性を高めるとかフザケたこといった学校から晴れて自由の身になった。

まあ、まさかノマドが世界すら超えるとは予想していなかったが。

そもそもは怪し気なあのサディストが原因だ。あいつの呪いのおかげで気付いたらこの世界。一辺全身の骨を抜いてやらなければ気が済まない。唯一の救いは旅の格好をしていたことだが、俺の想像とは違う。こんな治安の悪いサバイバル的なノマドワークを望んだわけじゃない!

「あーあ、疲れた。目的地までの距離ぐらい知らせろよ。カーナビ以下かよ」

なんで俺がここに、と思い返すといつも頭痛が止まらない。今まで生きてきた中で一番の失態だ。
しょうがないので、あの宗教勧誘にも似た自称・闇の魔法使いなんていう中2くさい教祖を一発殴るために、俺は帰り道を探している。
今はその途中。公海上を箒に乗って進む俺の手元には、今時インテリアかサバイバルでしか使わない方位磁石。方向しか教えてくれないこいつには最初かなり手古摺ったものの、今ではきちんと扱える。いやしかしマジで到着予定時刻ぐらい出せや。

なんて、のんびり思っていたそんな時。背後からヒュルルルという音が聞こえた。なんだ、と振り返ったその刹那、視界に映ったのは間違いなく砲弾。

「んなっ!」

びっくりするのも束の間、砲弾は着水。派手な水柱を立てた。なすがままの俺は予想通り濡れネズミである。ぽたぽたと髪や服から水滴が落ちる。水も滴るイイ男って?ふざけんな。

「やっろォ…いい度胸じゃねーか!あのふざけた船だな!?」

そう叫んで、俺は箒の速度を最大にした。





甲板でウソップとルフィが、大砲をぶっ放している。なにが楽しいんだか全く分からない。俺としてはレディたちのお茶会を見ている方が余程有意義だ。ナミさんとロビンちゃんのカップに紅茶を注いでいたら、急に船に気配が現れた。

「オイ!」

突如声がした。全員がキョロキョロと辺りを見渡すが、誰もいない。あァ、幻聴か? なんて思った俺は間違いない。
なんといってもここは『偉大なる航路』だ。なにが起こっても不思議じゃない。

「どこ見てんだよ!上だ上!」

上、と言われたんで上を見てみた。…いた。人が。ただし、なんというか、あり得ない光景だったが。

「飛んでる…」

呆然と誰かが呟いた。有り得ネェ。人間が空飛ぶなんて有り得ねぇ。しかも見間違いじゃなきゃそいつが乗ってんのは、箒だ。あの甲板とか部屋とかを掃除する箒だ。

「人間が飛んでちゃいけねーのか。船長はどいつだ」
「オレだ!なんだオマエ。何で空飛んでんだ!すっげえな!!」
「すっげえのは俺が一番よく知ってる。だがな?俺はてめーらの撃ちやがった弾でこの通りなんだよ!通行人になんてことしやがる」

銀色の髪に、透き通るような蒼い瞳。街を歩けば、きっと誰もが見てしまうような、整った顔。あァ、まあ、そりゃあモテるんだろうが。なんて自信に満ち溢れた奴だ。いっそ清々しい程に。

「いや、なんていうかその、す、すまねえ…」
「悪いと思ってんだったら今すぐフロ貸せ。潮でベタベタして気持ちワリーんだよ」
「おういいぞ!」

あれよあれよ、という間に決まっていく奴のフロ行きに、ナミさんが待ったを掛けた。

「ちょ、ちょっと待って!アンタ誰?何者なの!?」
「あァ?俺?そんなん後後。とにかくフロ」

ひらひらと手を振って、そいつは甲板に降りた。やっぱり箒だ。まごうことなき箒だ。

「質問に答えてくれなきゃ浴槽は貸しても水はやらないわ」
「構わねえよ。水なら死ぬ程ある。じゃ、借りるぜ。おい長ッ鼻、案内しやがれ」
「オオオオオレかァ!?いやだめだ聞いてくれ『浴室に入ってはいけない病』が…!」

浴槽さえあればいいだなんて、なんつーか、魔法使いのような言い方だ。勿論オレはこいつが魔法使いだなんて信じちゃいねえ。箒に乗ってきたのはアレだ、悪魔の実でも食ったんだろう。きっとトビトビの実とかそんなだろう。そして突然の指名にウソップがまた架空の病気を言いやがった。一辺チョッパーに診てもらえ、頭の方。大体大砲撃ったのテメェだろうが。

「じゃあそこの剣士でいいや。案内しろ」
「ふざけんなテメェ。斬るぞ」
「ンだよ。じゃあそこの黒髪のおねーさ」
「ロビンちゃんに触るんじゃねえよこのイカレポンチが!」

そいつはいけねぇ!ヤローに興味はねえがロビンちゃんとナミさんにだけは案内させんじゃねぇよ!このクソ野郎が!マリモにしろ!つかマリモも断ってんじゃねえよ!3枚にオロすぞこの野郎ォ!

「ハァ…どうしろと?」

そりゃこっちが聞きてぇよこの野郎!
そろそろこいつの俺様っぷりに、イラっと来始めた頃。

「いいわよ。浴室ね?」
「流石。話がわかるね。案内ヨロシク」

ロビンちゃんが立ち上がった。何故だ!ロビンちゃん!

「だめだァーー!ロビンちゃーん!何故!自ら獣の所に!」
「ちょ、ちょっとロビン!いくら強いからってそんなホイホイ行ってどうすんのよ!」
「ふふ。大丈夫よ」
「そうだ。あいつは大丈夫だぞ!」
「アンタは黙ってろ!!」

ナミさんが思いっきりルフィを蹴った。怒ったナミさんも可愛いなァー…。





「いやぁいい湯だった!流石俺!」
「そうそれはいいけどアンタ一体誰?何なの?」

とりあえずフロに入って上機嫌な俺は再び甲板に戻った。呆れたようにこっちを見るオレンジの女が俺にそう聞いた。

「俺か?名前は名前。俗に言う魔法使いだ」
「マホーツカイ!」
「魔法使い!?」
「童貞のほうじゃねえぞ。ちゃんと箒乗って来ただろ?」

そう言って箒を指差せば、他のクルー達も文句はでないらしい。ただ、金髪の男だけが俺を殺す勢いで睨み付けてやがるが。誰が死んでやるか。

「信じらんない…迷信でしょ?そんなの」

まだ納得のいかないらしい航海士。まあ、気持ちはよくわかる。

「見たことねーくせにないとか言ってんなよ航海士。俺だって最初はそう思ったさ。でも7年掛けて洗脳されちまったんだから仕方ねーだろ」
「7年!?」
「そ。7年も魔法学校とかいうふざけた場所に通わされてな。そんで、他に聞きたいことは?」

あの魔法学校のことなんざ思い出したくもねえ。なんて思っている間に、船長と帽子被った二足歩行の人語トナカイが目をキラキラさせて俺を見た。

「マホーツカイなんだろ!?マホー見せてくれよ!」
「見せたじゃねえか。箒もそれだよ」
「普通の箒だぞ?」
「まァ普通の箒だな」

そう言って終わらせたかったのに、全員が俺を見てやがる。おまけに航海士がびっ!と指を指しやがった。これはアレか。フロ桶貸してやった代わりに見せろって事か。…仕方ねぇ。

「っち。いいか。一回しかやんねーぞ。よく見とけよ。『来い』」

そう言うとパシッ、と手に収まる箒。遠くのデッキに転がしておいた箒が、勝手に俺の手に収まる。おぉという歓声が上がって、数人が目をキラキラさせた。
ああ昔俺もあんな反応…してねえな。確実に。

「魔法使いって普通なんかステッキみたいなの使うんじゃないのか?」
「あんなダッセエ棒切れ俺が使うかよ。まあ、一応あることにはあるが」
「なあもう一回!もーいっかい!」
「「「もーいっかい!もーいっかい!」」」
「やかましい!コールすんな!殺すぞ!」

沈黙の魔法を使って黙らせると、航海士が羨ましげに俺を見た。こいつ、結構苦労してんのな。確かに見てみりゃ黒髪の女以外アホみたいな顔してるしな。

「やっぱり魔法使いにも人を殺せるのかしら」
「ったり前だ。自分の身ぐらい自分で守れなくてどーすんだ」
「へえ。魔法使いの世界も物騒なのね」
「そ。最近じゃ馬鹿な奴が魔法界巻き込んで戦争起こしやがってよ。まあ、そのおかげで俺も旅しやすくなったんだけどな」
「でもそれにしちゃオメー荷物少ねえな」

長ッ鼻が俺の荷物を見てそう言った。まあ、確かに旅するには小さすぎるよな。だが、俺の鞄は普通じゃない。

「鞄の中に全部入ってんだよ。便利だぜ」
「何が入ってんだ?」
「薬、服、鍋、本。その他諸々」
「おかしいだろ。明らかに中身と外見が合ってねえ」

まあ、そう思うのも当然だな。明らかに鞄の方が小さいし。しかし無茶をやるのが魔法というものだ。俺は7年掛けてそれを学んだ。

「空間をねじ曲げてんだ。鞄の中は広い空間にしてある。そして軽量化の魔法を掛けてるから中の重さは関係ない」
「スゲー!その鞄俺にくれよ!」
「誰がやるか」
「あら?それってエターナルポーツ?『オルレアン』?」

航海士が興味を示したのは俺が持つエターナルポーツ。やけに綺麗になっているのは今まで馬鹿コレクターの所で大事に保管されていたからだ。

「ん?ああ。俺の目的地。聖地『オルレアン』」
「聞いたことあるわ。絶対に見付からない、グランドラインにあるはずの幻の島」
「そう。魔法を操れるものだけが入ることを許される聖地。そこは地上の楽園だと言われてる」

聖地オルレアン。
空は蒼く、大地は緑で覆われ、四季の花が咲き誇る四季島。魔法使いにしか見つけることは出来ず、また魔法使いにしか入ることを許されない。 世界中から魔法と名の付く全てが集まる魔法使いの聖域だ。今までに入ったことのあるこっちの世界の人間はある一団体のみ。じゃなきゃオルレアンなんて知られてない。

「素敵っ!見せて、名前!」
「おいナミ!俺にも見せろ!」
「オイ手荒に扱うな…」

よ、と続くはずだった言葉はパリン、という音によって息の根を止められた。
え?パリン?ちょっと待ってくれよ。現在ここにある割れ物は航海士のログか俺のエターナルかであって?
航海士のログは割れてない。つまり消去法で、割れた物割れ物の正体は―――!

「……………………あ」

誰かの声が響いた。
甲板に砕け散ったガラスを見て、俺の怒りは頂点に達した。

「なんってことしてくれんじゃあぁああぁ!!」
「つ、つい手が滑って…」
「手が滑ってじゃねえよ!ふざけんな!あれを手に入れんのに俺がどれだけ掛かったと…!」
「「ご、ごめんなさい…」」
「わりぃで済んだら海軍いらねーんだよ!」
「…弁償するわ。航海には不可欠なものだし…」
「弁償…?出来るモンならやってみろよ!俺が富豪島で成金の馬鹿相手に買ったときには27億!しかも!オルレアンのエターナルは世界にたったひとつだけだ!」

そう、世界にたったひとつだけ。27億でも随分と値切ったもんだ。
ただし、27億は現金分だけだ。27億まで値切った影には数々の魔法品の献上があることを忘れちゃならねえ。
多分実際の値段は軽く倍はいくはずだ。

「誠に申し訳ありません!そんな高価な…!に、にじゅうななおく…!」
「ま、誠申し訳ない…?おいサンジ、肉何コ分だ?」
「最上級の肉が100000000トン買える」
「え゛ぇー!すまん!」

そう言うクソ麦わらの顔を思い切り掴んだ。おそらく俺の後ろにはゴブリンかバジリスクがいるに違いない。

「――俺は2度同じことをいうのが最高に嫌いだ。いいか?」
「ばび、ばばびばじだ」
「本当にわかってんのかよ。指針無しでどうやって渡れと…?このグランドラインを?あァ、死ねと。お前らは俺様に死ねと。そう言うのか」

船長、ルフィとかいったか。そのルフィの顎を思いっきり掴む。本来ならこのまま殺してやりたいが、そうすると面倒すぎる。特にさっきから柄に手ェ掛けてやがる剣士。緑頭の。名前はゾロだとか。どうでもいいが。
そう思っていたら、急にルフィがぽん、と手を打った。よし、軽い頭なりに考え出した打開策を聞いてやろうじゃねぇか。

「よし!じゃあお前、俺の仲間になれよ!」
「却下。なんで俺が海賊やんなきゃいけねーんだ。海賊ってアレだろ?略奪だろ?面倒くせえ」
「そんなことしねえ!」
「お、おいマジかルフィ!魔法使いだぞ!?」
「しししっ!いいじゃねぇか!面白そうだしよ!」

まあ、確かに。27億の損失を許せる程俺は優しい人間じゃねえし?だったらとことんまでこいつら使ってやろうじゃねーか。いざとなったら瞬間移動も出来るしな。船の出航に間に合わせる必要もねえし。これは意外に好条件かもしれない。だったら乗らない手はあるまい。

「―――条件がある。ひとつ、ロッカーをひとつ俺に寄越すこと。ふたつ、食事は無料で提供すること。みっつ、俺の物には触んな。これが保証されればいいぜ。乗ってやるよ」

そう言って笑えば、満足気に笑い返したのは僅かだったが。まあ、船員の信頼はいらないとして、一応どうぞよろしく、麦わらの一味。

「名前だ、せいぜいこれから俺のナイトバスになってくれや」
「「「ナイトバス?」」」

共通言語がないっつーのはめんどくさいな、とすでに船から降りたくなったことは言うまでもない。

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