おまけ

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誰も使わない資料室行きのエレベーターは、とっくに1階に着いていたが、随分長く滞在してもエレベーターが動くことも、誰かが乗ってくることもついになかった。
本当に誰も来なくて良かった、と内心で息をつく。あれを見られたら事案だし俺は多分10分後には公安をクビになっている。さて、帰るか、と一歩踏み出した。

ちょうどその時 ああ、そういえば、と名前がぽつりと溢した。なんだ、と振り返ると名前がじっ、と俺の目を見ていた。ど、どうした?お、怒ってる、のか?と何か声を出そうとしたら、名前の口が動いた。

「この間一緒に行ってから、海釣りにハマってさ。水曜日の朝行ったら、よく行く湾岸エリアのおじさんが、今が旬の獲物の塒を教えてくれてね。ほら、あんたたちがに前がかかったはいいけど釣り上げる直前でばらしちゃったやつ」
「?、な」
「前とは違う、隣の埠頭の橋の下の穴場だって。でも最近住み着いた黒猫がうるさいらしくてさ。釣り上げるといつの間にか獲物を持ってかれてるらしい。頭に来た釣人たちが、猫を一斉に捕まえる計画があるんだって機嫌よく教えてくれたよ。来月あたりから罠の仕掛けでばたばたするらしいから、釣りに行くときは気をつけて」

怒涛の肺活量である。ほぼ息継ぎなしで喋った名前だが、これまでの長い付き合いの中で、こんなに一気に喋る名前は初めてみた。お世辞にも口数は多い方ではないだけにこの文字量。突然どうした。

しかもだ。俺には「この間」もなければ、名前と「釣り」に行ったこともない。
なんの話だと思いながらも、名前が無駄なことを言う筈がないという確信があった。そう思って一言一句逃さす記憶する。言葉の意味をフル回転させて考えていると、軽い衝撃。

「よかったら、行ってみてよ」

とん、とスーツの胸ポケットの部分を拳で軽く叩かれた。お先に、と消えていった名前を呆然と見送った。はっ、と我に返った俺は、そのままエレベーターの階数ボタンを押す。向かう先は、そう、公安のフロアだ。

名前は無駄なことを喋るタイプではない。つまり、あれだけ喋るとしたら必要なこと。もしくは伝えなければいけないことに限られる。ならば、あれはなにかしらのメッセージと取るべきだ。
しかも、それをわざわざ俺に伝えたということは、表向きでは伝えられない伏せるべき情報。かつ確かな筋から流された、公安案件の情報である可能性が高い。すぐさまフロアにいた風見さんにそれを伝える。

湾岸エリア、おじさん、黒猫、魚、塒、あんたたち、前とは違う橋の下。出てきた人物や場所を、咲のスケジュールと共に整理すると、警視庁の警護対象だった国会議員から、以前公安が逮捕に踏み切れなかった案件について怪しい動きがある。そしてその動きは、この先1ヶ月ほどで大きくなる、という予測がされた。

突如として出てきた話に、フロア全体がざわつく。でかした諸伏!と肩を叩かれ、情報の真偽について会議と調査が設定されたようだ。俺はひとまず組織の潜入任務があるので対策班からは外されたのだが。

ふと、かさ、と鳴る筈のない胸ポケットから音がした。まさか盗聴器か、と青ざめて漁ると出てきたのは名前の名刺。しかも裏をひっくり返すといくつかの名前が書いてあった。どれも公安がマークしているが、逮捕には一歩及ばない名前ばかりだ。
名前を記憶して、名刺ごと燃やした。一体、いつだ、と考えても思い当たるのは抱き締められたあの時しかない。思わずその手管に頭を抱えた。

「どうやってこんな情報を…」

いつから名前は女スパイになったの??警備部に潜入してる公安の捜査官なのか?やったな!一緒だ!(2徹目)
俺の幼馴染は昔はもっと表情がころころ変わって、それはもう小さい頃はすっっっげ可愛くて…。ゼロと2人で俺たちが守っていこうな、なんて誓いを交わしてたのに。なのに。

「いつの間になあんなハイスペックになっちまったんだ…しかもこの諸々の能力、どう考えてもSPで身に付くもんじゃない…!」

仕事?するよ!すればいいんだろ!?ああ、くそ!
俺はもっと!惚れた女は全力で愛でたい派なんだ!組織なんてはやく滅ぼしてやる!!

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