ノマドワーカーはWiFiが欲しい

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バタバタと忙しない足音が辺り一帯に響いていた。偉大なる航路上にある島の、そこそこに治安の悪い港町は今、海軍がとある海賊を追っている最中だという。その海賊というのが、あの四皇一角にあたる白ひげ海賊団の幹部らしい。

そんな大物海賊がこんな島で見つかって、海軍は蜂の巣をつついたような有様だ。だが、別に町が荒れようがどうなろうがこっちは知ったこっちゃない。箒でさっさとおさらばすればいいだけだ。そのつもりだったのに。

「だーーかーーらーー!お前もぜってぇ気に入るって!な?オヤジはすげえんだよ!なんせ海賊王になる男だ!」
「うっせえな!声がでけぇっつってんだよ!見つかんだろうが!シレンシオ!」
「……!ーーー!……!」

その追われている白ひげの幹部というのが隣で馬鹿でけぇ声を出したこの男、火拳のエースじゃなけりゃ、の話だ。そう、端的に言えば俺は追われている。海軍に。こいつと一緒に。

思い出しても苛つく。なんで俺まで一緒の扱いされなきゃいけねーんだよ。こっちはコイツの被害者だぞ。隣でメシ食ってただけなのに、気付きゃ喧嘩に巻き込まれてお尋ね者。
幼体マンドラゴラの悲鳴を耳元で聞かされた気分だ。耳当てなしで。要は最悪。

さっさととんずらしようと思ったのに、なんでか知らねえが「気に入った!」と言われてひっつかまれて一緒に走る羽目になった。くそ……ゼェ……魔法使いは脳筋みたいな肉体労働は向かねえんだよ……!俺の体力無駄に削りやがって……!
今はなんとかやり凄そうと路地に隠れていたのにこの馬鹿のせいで気づかれそうだ。今すぐ詫びながら死んでくれ。

「いたぞ!火拳だ!」
「チィッ!遅かったか……!」
「……、おっ!もう喋れんな!はは、見つかっちまったな!逃げるぜ、名前!」
「もうお前だけで行けよ、考えてみりゃ善良な一般市民の俺が逃げる必要なんざねぇし。じゃあな」

大人しく降参して俺は関係ない無実の一般人です、つったら解放されんだろ。悪いことは全部お尋ね者のコイツに被せりゃいい。食い逃げだって俺の本意じゃねえし。
足を止めて海軍に向かってホールドアップのようとした。が。

「こちら町の南東!火拳と共にいる不審な男を発見!両方捕えて尋問します!」
「ふざけんなくそが。ハンティングじゃねえんだぞ……!ひとまず獲物を動かなくしてからどうするか考えようなんざ正義が聞いて呆れる!骨が折れてもすぐ生えるからいいだろ、みたいな考え方すんな!」
「骨はすぐ治るだろ??」
「俺とお前を一緒にすんな人外!俺は人間だし、回復魔法にも限度があるんだよ!」

どんな感覚したら骨折が軽症認定になるんだよ。重症だろうが。
そもそも骨生え薬は悪臭と激痛がアフタヌーンティーのごとくセットでやって来る。出来るならあの薬は飲みたくないんだこっちは……!

「くそ、こんなことならさっさとこんなやつ見捨てて離脱すべきだった……!」
「おいおいヒデーな!つーか、名前足おせえな!俺が抱えてやるよ!」
「ちょ、おい、離せ!俺には箒があるから足が遅くてもいいんだ馬鹿!」

箒はトランクの中だし、そのトランクはさっきの飯屋に置いてきちまったけどな!お前のせいで!呼び寄せ呪文で呼び寄せたいとこだが、呼び寄せるこっちがひとところに留まれない以上魔力の無駄だ。

「まー、なんにせよ!ひとまず一緒に逃げようぜ!俺の船に乗せてやるよ!サッチが作る飯はうめぇし、ふかふかのベッドもある!あと酒も!」
「お尋ね者はごめんだ。お前の船には乗らねえよ」
「それに、親父ならオルレアンのこと知ってるかもしんねぇし!」

その言葉に思わず黙った。その条件、案外悪くないかもしれない。

白ひげは今やこの海の多くを知る海賊といっても過言じゃない。しかもそれなりの経験はあるだろうし、船も大所帯。オルレアンのことを知ってる奴だって1人ぐらいはいるんじゃないだろうか。
俺が1人で飛び回るよりは手っ取り早そうだし、こいつに非があって、かつ幹部の口添えがあんならまあ悪いことにはならないだろ。

何よりこの世界に来てから肥えてしまった舌が美味いメシに反応している。あの大船団を導く船ならコックの腕も相当なはず。元の世界に戻ったときに心配なのは味覚だな……。もうフィッシュアンドチップスに戻れる気がしない。

「……情報を聞き出すまで、1番良い客室1室よこせ」
「いいぜ!決まりだな!」





「着いたぜ、名前!」

ごちゃごちゃうるさい海軍の軍艦を沈めて俺と火拳は母船、白ひげ海賊団の船に着いた。火拳が単独行動だったのはどうやら使者として遣わされた帰りだったらしい。自隊のお仲間は先に船に返していたところ、俺と遭遇したというわけだ。なんでコイツ一緒に連れて行かなかったんだよ、部下共。

「この船が『白ひげ海賊団』モビーデイック号だ!」
「白鯨、白ひげ……なるほどな」

元の世界でも有名な小説からあやかっているのか、それこそ鯨よりも遥かにデカくて白い、立派な船だった。火拳に言われるがまま乗船して後に着いて行けば、途中で案内を交代するそうだ。なんでも部下たちに報告にいかなきゃいけないらしい。
あんな無茶苦茶なやつも一応規律を守る意志はあんだな、と待っていると後ろから声を掛けられた。

「そこの御仁よい、エースに連れられてきた『おもしれーやつ』っつーのはあんたかい?」
「『不死鳥マルコ』か……!」

声を掛けてきたのは噂でもおなじみの白ひげ1番隊隊長の『不死鳥マルコ』だった。
不死鳥という二つ名がずっと気になっていたから割と顔でピンときた。ここに来る道中で火拳に確認すれば不死鳥みたいにしぶといっつー比喩じゃなくて本当に不死鳥になれるらしい。スゲーな、悪魔の実。なんでもありじゃねえか。

「末の弟がすまねえよい。話はエースから聞いた。随分な優男じゃねえか」
「顔もいいの間違いだろ。どうも。苗字・名前だ」
「マルコだ。オヤジに会いてぇんだってな、来いよ、オヤジは甲板にいる」

随分とあっさり会わせてくれるもんだ。あの馬鹿も一応幹部として信頼はあるらしい。案外いい拾いもんだったな、とその背中を追う。

マジで不死鳥になれるなら涙とか羽根とか採集させてくんねぇかな。魔法薬の素材としては充分だろうし、こっちも手持ちが少なくなって来てるからな……。つーか、羽根だけじゃなくて血とか爪とかでもっとデカい効果得られないもんだろうか。人間相手なら魔法生物規制管理部もうるさくないしな……。交渉の余地はあるか。

「……なんだよい、名前。俺の背中になんかついてるか?」
「これは失礼」

やべ、下心とは流石に言えない。
能力者の能力解析はそのまま弱点に繋がるから嫌がる奴が多い。もう少し貸しを吹っかけてからだな、と思っていると甲板に出た。

広々とした甲板には興味深そうにこっちを見ている船員。最奥で美女ナースに囲まれている大柄の男が見えた。この美女しかいないナース軍団を見るに、このジジイ相当な好き者だな。この世界の老体、どいつもこいつもエロジジイかよ。年老いてもこうはなりたくねえ。

「お前がエースが迷惑掛けたっつーハナタレかァ!随分整った顔立ちをしてやがるな、どっかの王族でもあるめェな?」

んなデケー声出さなくても聞こえてるよ。鼓膜破る気かこいつ。
カイドウといい、ビッグ・マムといい、図体がデカい奴はデカい声じゃないと生きていけねーのか。それとも耳遠くなってんのか?俺もデカい声で喋んないといけないわけ?嫌だが。念のため拡音魔法掛けとこ。

「まさか。善良な一般市民だ。それと顔が良いのは知ってる。苗字・名前。アンタんとこの火拳に巻き込まれた魔法使いだ」
「魔法使い……オルレアンか」
「話が早くて助かる。単刀直入に聞くが、オルレアンのこと知ってるか?」

オルレアンはゾウと同じ幻の島だ。
一応島だから磁力を放ってはいるが、秘匿意識の強い魔法族が住んでいるせいか指針通り進んでも島が見つからないらしい。おまけにその指針もほとんど出回らないというんだから流石に俺もこればかりは自力で探すのは難しかった。

そもそも『サムライ』と同じく、国外にいる魔法使いを見つけることすら至難の業。出国が禁止されているわけじゃないらしいが、実際どこにいるか、どんな格好をしてるか一切不明。俺の世界の魔法族とマグルと同じで、たぶん魔法族ってことを隠してんだろうけど、それにしてもこうも見つからないとなると物知りに頼るしかない。
長く生きてりゃそれなりになんか知ってんだろ。

「よしんば知ってたとして……それをオメェみてえな小僧に教える必要が、この俺にあると思うか?」
「おいおい、そっちの隊長さんに迷惑掛けられたのはこっちだぜ?立場が違う。あんたが俺にケジメをつけなきゃならねえんだ。そこんとこわかってんのか?」
「年端もいかねえ、無礼なガキに教えることなんざねぇな……」
「そうかよ、それじゃあ聞き出すしかねえな――力づくで」

そう言って杖を出すと同時に、それまで静かにこっちを見ていた甲板の船員が俺に向けて得物を向けていた。1人にこの仕打ち。過剰防衛が過ぎないだろうか。鼠狩るのに全力を出す猫が居てたまるかよ。

「妙な真似すんじゃねえよい……ったく、エースが連れてきたってっつーから嫌な予感はしてたが……本性現すにゃ随分早ぇんじゃねぇか?」
「本性なんか隠してねぇよ。そっちが勝手に俺を甘く見てただけだろうが」

そう吐き捨てると周りからの視線が鋭くなった。図星刺されてんのはそっちだろうが。俺に当たんじゃねえよ。

「ハ、てめぇみてえなヒョロっちい優男、誰が怖がるかよ」
「そんな棒切れで、何しようって?」
「まさか、本当に魔法使いとか言わねぇよな?あいつらは幻みたいなもんだぞ」
「俺を弱いみてぇに言うんじゃねえよ。知らねえのか……電話ボックスの地下、人里離れた古城、あるいはパブの片隅。魔法使いはどこにでもいるんだ。ちょっとした違和感も決定的な記憶も、魔法でなかったことにされてるだけでな」

魔法の痕跡を隠すことは無理だ。世界が接している以上。けど、魔法族には魔法という力がある。人の記憶に残るあったことをなかったことに出来るくらいほどの。こっちの魔法族がどうだかは知らないが、こんだけ情報が出てこないなら同じような呪文があるかもしれない。

「何言ってやがる!オヤジに向けたその汚え棒切れを下ろせ!」
「っオイ、勝手なことすんじゃねえよい!」
「『ウサギになれ』」
「ーーは!?」

痺れを切らした男が耐えきれず飛び出してきた。分かりやすくガタイがいいパワー系のトロールみたいな体だ。まあ知能はあいつらみたいに著しく低いわけじゃないが。
それでも戦況を考えずに飛び出したこと、俺に最も遅い肉弾戦を挑んだこと、相手の力がわからないのに飛び込んできたことを考えると、まあ、それなりに脳筋の部類には入るだろう。

正当防衛、と判断して飛び出してきた大男に呪文を放つ。相手をウサギにする呪文は見事に当たって、小さくなった体が俺にぶつかった。おーおー小さくなっちまって可哀想に。
何が起きた、と震えるウサギの首根っこを掴んで引き上げる。動物愛護団体が見たら顔を真っ青にするだろうが、元は3m近い大男だ。許されんだろ。

「はは……知ってるか?俺の祖国じゃウサギのお父さんは……ミートパイにされちまうんだとよ」

お前は美味いのかな?
有名なウサギを引き合いに出せば途端にガタガタと震えるウサギ。本物のウサギみてえだな、と軽く笑うと同時に甲板が悲鳴に包まれた。

「う、う、ウサギになったァ〜〜〜〜〜!?」
「な、なんだァ今の!?」
「能力者かァ!?」
「ほ、ホントに魔法使いなのか、こいつ!?」

阿鼻叫喚、といわんばかりの甲板で白ひげと隊長たちが俺を睨んでくる。最悪コイツを盾にして逃げよう。俺悪くねぇし。
そう思っていたら甲板と船内を繋ぐ扉から火拳が飛び出してきた。マジで落ち着きがなさすぎる。お前絶対末っ子だろ。

「あっ!?名前!!お前もう魔法使ったのかよ!?おれがちゃんと話すまで待ってろっつったろ!みんなをビックリさせたかったのによ!」
「正当防衛だっつーの。見ろ、こんな顔が良くてか弱そうな俺にガタイのいい男共がよってたかって……お詫びとして俺に蹂躙されて然るべきだろ」
「さっきまでと言ってることが真逆……」
「俺様すぎる……」

そっと胸に手を当てながらそう言えば途端にブーイングが上がった。失礼なやつらだ。喧嘩吹っかけてきたのはそっちだろうが。

「さて、船長殿……。俺にオルレアンの情報を――」
「オヤジ!見たろ!?魔法使えるすげえやつなんだ!仲間にしてぇんだ、俺ァ!」

は?何言ってんだこいつ。
そんな空気が船中に漂った。火拳の言葉に今まで騒がしかった甲板がシーンと静まり返る。仲間?いや、聞いてねえし。

「はァ?一言も頼んでねえんだけど。こんな下らねえ家族ごっこなんか誰がするかよ」
『エースなんでコイツ連れてきたァ〜〜〜〜〜〜!!!』
「うっさ」

今日イチのデカい声が船に響いて舌打ちを零す。
オルレアンの情報がないなら、いつまでもこんなところにいる必要はない。聞いてりゃオヤジがどうの、弟がどうの。家族ごっこなんざ俺はごめんだ。元の世界でも家族なんかいねえんだから必要なわけがない。こっちだって願い下げだ。

俺は何にも縛られず生きていたいだけだし、元の世界に帰るのも全てはあの変態染みた妄想蛇野郎を殴りたいだけだ。とにかく狭苦しい組織で仕事なんかごめんだ。ましてやこんな大規模な船、マジでごめんだ。

「グララララ!家族ごっこか!おもしれぇやつだな!そこまで言うなら、お前、俺の息子になれ!ごっこかどうかはお前が見極めろ!」
「あ?頭沸いてんのか。俺はてめぇのおたまじゃくしから生まれた覚えねぇよ」
『てめぇええええ!!!』

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