米花町テロ多過ぎてSPな私はめっちゃ公安と会うんだがあんた警察辞めたんじゃなかったの??
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※苗字固定です。井上
「井上!!」
「カバー入ります!」
首の後ろにずっと停滞するヒリヒリとした感覚。もう長い付き合いだ。
やっぱりな、と悪い方向に当たった予感に内心でため息を吐きつつ、状況に対処するために机を飛び越えた。
私はこっちでできることをやろう。対象はきっと大丈夫なはずだ。さっき他のメンバーが対象をかなり雑に引きずって行ったのは見た。
特に瑶子さんは今までのセクハラ発言に相当腹をたててたせいもあって、容赦がない。本当にそういうところ見習いたいと思う。
目の前で刃物を振り回す男はとても訓練されているようで、放たれた拳も刃物のスピードも一般人とはかけ離れていた。交わしつつ、面倒だと想いながらいつものスイッチを入れる。
所謂やる気スイッチだ。頭が痛くなるから気が重い。内心でため息をひとつ。振り回される刃物の鋒がシャツを切り裂いたところで完全にエンジンがかかった。
よくも今日下ろしたシャツを。経費で落ちないんだからな。許さん。
「なんとか今日も終わったな」
「東都は要人狙われ過ぎです。本格的にボディチェック導入すべきですよ…」
無線や特殊警棒を所定の位置に戻しつつ、班長とお互いを労う。
私はこの日本の要人を守ることを仕事とする、所謂SPだ。正直向いてないと思う。
本当は警察になんてなる気はなかったのだ。それがいつからこうなってしまったのか。答えはもう出ている、私の幼馴染達の悪影響である。
私には小学生から高校生まで一緒に過ごしてきた、幼馴染というべきか、もはや腐れ縁とも言える関係の男が2人いる。突き放しても突き放しても寄ってくるし、学校どころかクラスもずっと一緒なのだから、神のなにかが悪さしているとしか思えない。
そんな彼らと諦めて交流していたお陰で、私の交友関係もかなり広くなってしまった。勿論、彼らの交友関係に引き摺られる形で。そのせいか私には同性の友人が極端に少ない。
まあ色々あったが、とにかく、その幼馴染たちに首根っこを掴まれるようにして警官になった私は、この局地的に治安の悪い東都で文字通り身を粉にして、要人の警護にあたっている。
そして件の幼馴染達だが、最近不自然なほど姿が見えない。社会人になったのだ。忙しくて時間が取れないことなどままある。しかし聞けば2人とも警察を辞したと言う。勿論絶対に嘘である。
あんなに殺しても死ななさそうな、スペックと祖国への偏愛が過ぎる男が警官を辞める訳がない。そしてその横にずっといながら背中を追いかけ、劣等感をおくびにも出さないメンタルゴリラが、精神的な理由で辞める訳がない。備品壊しまくって出向になったとかという理由の方がまだ納得ができる。
つまりはそういうことである。2人はおそらく、表向きには姿を消さなければならない部署に行ったのだろう。大方予想はつく。私の同期たちもそんなことだろうと思っているはずだ。
最初の方こそ人生のほとんどを一緒に過ごしてきた彼らが急に居なくなったので、こいつ病んでいるんじゃないか、と色々な知り合いが声を掛けにきた。
あの萩原ですら様子を見に来たくらいだ。だが、私の顔を見て皆一様に、うん、大丈夫だな、と肩を叩いて帰っていくのだ。なにがだ。
ニコイチは奴らなのであって私も含められているのは少し、いささか、いやかなり不服なのではあるが、思ったより私が元気そうなのを確認し安心して帰っていく。お前らの不安を私で拭うな、私はメガネ拭きじゃないぞ、と言いたいが黙っておく。昔父に習った大人の必殺技である。
とにかく私の幼馴染たちは、警察官ではなくなってしまった。
私だけが今日も表舞台に立つ『正義』のお巡りさんとして働くのだ。
と、思っていたのに。
「井上、どうした?」
「ああ、いえ、すいません。ちょっと見知った顔を」
「お前友達少ないのにか?」
「わたしにだって同期くらいいますよ。泣いていいですか?」
「はは、お前は相変わらず表情が読めなくて面白いなあ」
この班長絶対いつか泣かす。
そう思いながら少し先で風船を配っているアルバイトをじっと見る。間違いない。我が幼馴染の諸伏である。
キャップで顔を隠しているが、ちらと見えた顔で確信した。人を見るときにきゅっと目を細める癖はあいつ以外の何者でもない。良く似た誰かと言うわけでもないようだ。
なんであいつ風船渡すだけで子供に泣かれてるの。笑いを堪えるの辛いから止めてほしい。
対象が到着するのはまだ先だ。じっと見つめていると視線を感じたようで、視線の先に私を見つけるとぎょっとした顔をした後、目線をうろうろさせ始めた。
なんてことだ。典型的な動揺している人間の動きである。
おいお前よくそれで公安が務まるな。もうこのミスは挽回できないだろうから、こちらから話し掛ければまだ言い訳はたつだろう、と足を進めようとすると奴の方からこっちに歩いてきた。
なに考えてんのあんた。先に動いたらだめじゃん。
「よっ、久しぶりだな!仕事辞めて警官になったって聞いたけど本当だったんだな!」
「そういうあんたこそ元気そうだね、泣かせっぷりも変わってない。何人目?」
「女を泣かせたみたいに言うなよ!?」
相手は子供だぞ、と慌てたように訂正してくる諸伏はどうやってこの場を切り抜けようか考えているらしい。分かりやすく注意散漫である。
だったら声なんか掛けて来なければよかったのに、そう思いつつも他愛ない話をしてやる。問題があれば向こうから切ってくるはずだ。コミュ力は同期の中でもある方だったはず。それこそ私よりかは遥かに。
中身のない、お互いがお互いをぼやかしてばかりの会話が終わるタイミングを計りつつ、適当に話を振ってやると程よいタイミングで会話が切れる流れになった。この間私は主に相槌しか打っていない。流石コミュ力のある男は違う。
諸伏の意識がちらちらと他に移り始めたのを察するに、そろそろ話している場合ではなくなったようだ。ここら辺で勘弁してやろう。優しい幼馴染に感謝しなさい。
「元気そうだったから安心したよ」
「ああ、お前こそ」
「じゃあ私仕事で行くから…辞めたんだ、あの仕事?」
「あー、辞めたよ。合ってなかったみたいだ」
「そう、じゃあね」
「ああ、―――なあ、元気で、な」
祈るような、喉から絞り出したような声だった。
思わず足を止めたくなるような、そんな声。
名前は呼べない。呼んではならない。
振り返らなくてもどんな表情をしているか分かってしまう。それだけ長い時間を過ごしてきた。だからこそ分かる。
これは、彼の覚悟だ。
足を止めてはならない。
振り切れ。
踏み出した一歩は、かつてないほど重い。
離れても諸伏が追ってくることはなかった。
当然だ。知り合いという体裁は整えたし、これで盗聴器ごしの上司にも言い訳はたつだろう。諸伏の評価に大きく影響することはないはずだ。
諸伏は公安だ。本人が辞めたと公言している手前、今後はそうそう出くわすこともないだろう。潜ってるなら尚更目立つ場所には出てこないし、私はギャラリーの多いところか機密性の高い所にしか行かない。だから下手をすればこれが最後かもしれない。
「なんか言っておけばよかったかな…」
今更言っても、もう遅いか。
死ぬなよ、景光。
昨日ははからずも諸伏と会ったが、そもそも仕事中はなにかが起きない限り同期や警察関係者と会うことはない。
表だって警察が動くと面倒なことは往々にしてあるのだ。警官がいることをアピールして仕事が減るなら、私は対爆スーツだってミニスカポリスの制服だって着る。嘘だ。ミニスカは嫌だ。
今日は、今ワイドショーを騒がせている政治家の街頭演説の護衛任務につく予定になっている。字面を見るだけで班員たちは項垂れた。私も同じだ。相変わらず首裏のヒリヒリとした感覚が抜けない。今日も嫌な予感しかしないが、しがない公務員。働くしか道はない。
「行くぞ、もたもたするな井上」
「了解…班長、着いたらひとつだけ。嫌な予感がするので車調べていいですか?」
「お前の嫌な予感は当たるからな…許可する」
「ありがとうございます」
本当に嫌な予感だ。
以前、車に爆弾が仕掛けられていたこともあってそれ以来注意することにした。途中まで解体して爆処に引き継いだら、松田と萩原にめちゃくちゃ怒られたが。対爆スーツなんか爆処の備品常に置いてある訳じゃないんだからしょうがない。
それにしても萩原はキレ過ぎである。もっとカルシウムを取るべき。これを言うともっとキレるからお口チャックである。
到着した先にはすでに多くの報道陣と聴衆が詰めかけていた。応援演説なこともあって、対象が表に出る時間は短いが、そうは言っても限度はある。
各車に怪しいものがないか確認し、演説カーの上に登る。高い場所から回りの状況を確認しようと辺りを見回した。
見回した瞬間がっくりきた。
なんで、またいるの、景光くん。
向こうも私を見つけたようでぎょっとこちらを見ていた。昨日の今日である。警察辞めたくせに会いすぎだ。警校でヤンチャしていた頃じゃあるまいし。
せっかく知らないふりをしてあげようとしたのに案の定気づかれていた。そういえば、諸伏の横にいる眼鏡のエリート然とした男は何度も現場で見たことがあるな。なるほど、先輩か。
目線をうろうろさせた後、なにかを言いたげに眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。なにが言いたいんだ。私はテレパスなんか持ってないし降谷じゃないからわかんないぞ。首をかしげると手で顔を覆われた。なんだ今の、なんのサインなんだ。
いるのはしょうがない。無線で公安がいることだけやんわり情報共有する。公安が出張っている時点でなにかしら不穏な動きがあったということだ。
おい、諸伏、どうした、と隣の先輩から語りかけられている諸伏は意味不明なのでもう知らないことにしよう。めんどい。
いつからか降谷にしろ諸伏にしろ松田にしろ萩原にしろ、よく分からない行動が多くなった。いつか解説してくれると嬉しいが、その機会は当分来なさそうだ。
会いたく無いわけではないが、飲みに誘われても呼び出しが多くてまともに行けたことはない。東都の要人はアクティブにイレギュラーの動きをしすぎである。大人しくお家でテレビでも見ていてほしい。切に願う。
愚痴っても仕方がない。彼らは彼らの、私は私の仕事をしよう。ふう、と一息ついて、いつものスイッチを入れた。
キィン、と脳に走る嫌な感覚。回りの音が急に聞こえやすく、また、聞こえづらくなる。気になる箇所、無意識的な違和感、言動、匂い、音。鮮明に浮かび上がっては消えていく。まるでパズルを解け、と言わんばかりに並べられる過度な情報。
もう慣れてしまったし、今の私の仕事では便利なものでもある。
今回は完全に黒。
聴衆の中から、銃身が覗いた。
まずい、と思ったときにはもう体が動いていた。
対象の前に飛び出したと同時に乾いた音。そして胸に来る衝撃。息が詰まるどころか、一瞬痛みで意識が飛びかけた。上手くベストの上にあたってくれたようでよかった。
ただ、当たった衝撃で演説カーから落ちたのは誤算だった。
「いっ、か、は…はん、長!」
「井上!大丈夫か!?」
「肋骨が、少し、は、ぅっ、ベスト、着てるんで大丈夫です」
回りはパニックだった。無理もない、聴衆の面前でのテロ行為である。
それぞれの班が護衛対象を掴んで既に待避をさせている。現場に配備されていた警察官によって、犯人は既に取り押さえられていた。皆さん本当に仕事が早い、流石東都。
「動けるか?」
「多少鈍くなりますが、行けます、不安なら交代要員を」
「今からの人員補充は難しい、運転だけ頼む」
「けほ、了解です」
ばたばたと車に乗り込む。他のメンバーは既に現場から対象を連れて離脱していた。演説カーには爆弾が仕掛けられていないか確認しておいてよかった。あとは私と班長だけである。
ふと視線を感じて振り替えると、騒ぎのなかこっちをどこか呆然とした様子で見つめる諸伏が見えた。
ああ、なるほど、公安に動きがないところを見るに、公安案件ではなく只の素人の犯行だったわけだ。いや、組織的な怪しい動きあったなら言ってくれよ、と思うが公安の秘匿主義は今更である。
またね。声には出さず視線だけ送り返した。起こったことを呆然と見つめる諸伏はちゃんと公安部でやっていけてるのだろうか。
一般人に擬態しているなら正解ではあるが、あれはどう見ても本気で動揺しているだけだ。動揺が分かりやすすぎて幼馴染は心配である。降谷も降谷で動揺すると迂闊なところあるから、お互い是非気をつけてほしい。
車を発車させて打合せ通りの場所へ向かう。事件現場から大分距離を取った頃、にやにやしながら班長が話しかけてきた。何が言いたいか即座に分かってしまって、内心で悪態をつく。本当に面倒くさいなこの上司。
「あの男、お前のコレか?」
「冗談止めて下さい。こんな仕事してちゃそんな人できませんよ」
「でも同期なんだろ?理解もあるし俺と一緒じゃないか」
「ああ、班長は奥さまも同業でしたね」
「彼女は民間に移ったがな。で?どうなんだ??ん??」
「班長セクハラですしうざいですよ。それに、『元』同期以外の何者でもないです」
「ああ、なるほど、ハムか。いやあ爆処や捜一にお前の同期がいるのは知ってるが、それ以外は知らないからな。俺は嬉しいよお前にもそんなやつがいるなんて。そうか、もう春だしな、いいじゃないか」
「話聞いてました?」
むかついたので急ブレーキを踏んでやった。めちゃくちゃ怒られたが自業自得なので右から左である。
***
そうそう会うことなんてないだろう、今回がたまたま、昨日の今日だっただけだ。
そう思っていたのに。
それからというもの、ことあるごとに現場が被るようになってしまうなんて、誰が予想しただろうか。
時に、前官房長官の護衛任務の最中に
「え」
「あ」
「…久しぶり」
「え、ああ、久しぶ、り、」
さらに、都知事の選挙演説の応援任務で
「あ」
「ちょっ…!」
「ここは危険ですので離れてくださいね 」
「まっ…!」
はたまた、ヴェスパニア王国の国賓護衛任務時に
「………」
「よ、よお」
「どうも」
「あー、なんだ、その…」
「すいませんが、一 般 の 方 は もう少し離れてください」
「あ、はい…すいません…」
そして極めつけは。
チーン、と軽快な音ともにエレベーターが開いた。
扉の向こうで伸びながら大きな口をあけて男があくびをしていた。どうやら徹夜明けらしい。隈がすごい。
ぽかんとする男を尻目に、閉じるボタンを連打して素早くエレベーターを閉めた。警視庁のエレベーターは古いせいか、反応が悪い上に移動のスピードも遅くて困る。
エレベーターの壁に寄りかかって、エレベーターの先客へ向き直る。両手で顔を覆って蹲って震えてるし、耳も赤いので私が言いたいこともわかってるんだろうが、思わず半眼になってしまうのはしょうがないだろう。ねえ、あんたさ。
「―――警察辞めたんじゃなかったっけ」
「名前、言ってくれるな…!」