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教え子の結婚式に呼ばれるということは、どうにも嬉しさよりも誇らしさが募るのだと、この歳になって初めて知った。
是非来てください、と送られてきた結婚式の招待状に迷わず出席と記入して一張羅のスーツで臨んだ披露宴には、多くのヒーローが来ていた。そして会場で唯一白を纏う2人が本日の主役である。
派手さはないものの、地道に実績を積んできたヒーローは人徳という何事にも代え難い宝を手にしたらしく多くの人に祝福されていた。
式が進行していくと、途中からまるで2次会のようなノリになってくる。ヒーロー同士の結婚式は無礼講となることが多い。披露宴からこの流れは珍しいが、まあ、2人が幸せそうなんだからまあ、いいんだろう。
そう思っていたら、ビンゴ大会が始まった。なんでもアリだな、と思わず笑う。1位は海外旅行、2位は最新家電、3位に松坂牛、4位、5位と続いていく。駆け出しを抜けて安定した実績を出しているヒーローらしく、随分と太っ腹だった。ノリ良く始まったビンゴ大会が進んでいって、そうしてどういうわけか俺は最新スマート家電を手にしたのだった。
いやこんなトコで運使ってどーすんの。
そう思いながら家に帰って、名前にその話をすると案の定、見せて、と目を輝かせた。飽きっぽいわりに、流行りモンに弱い名前は、早速箱の開封の儀に取り掛かった。どうせすぐ飽きてメリカリ行きだな、箱は取っておくか。
巷で流行り始めた、スマートスピーカーとやらはきっと出品すればそれなりにいいお値段で次の持ち主の元に行ってくれるだろう。
この時の俺は完全に名前のことを舐めていたと言っても過言ではない。
なぜなら、常に楽を求める名前にとって、音声ひとつで動くコイツは相性抜群だったのだ。
「ねえ、エレクサ。明日の天気は?」
『はい、明日の天気は10℃。寒い一日でしょう』
「エレクサ、『より恋』の最終回流して〜」
『はい、『愛よりも恋がいい』の最終回を再生します。続きから再生しますか?』
「エレクサ、電気消して」
『電気を消します。おやすみなさい』
「エレクサー、なんか面白いこと言って」
『寿限無寿限無』
「いや落語て」
1人でドッと笑った名前は楽しそうだった。視線はスマホを捉えたまま離さないし、予想外の返答に愉悦を滲ませながら会話に興じている。俺を置き去りにして、だ。
最新のスマートスピーカーは前評判通り非常に便利だった。家の他の家電と連動させれば電気は付くし、好きなドラマも流してくれる。高性能のAIを搭載したスピーカーは名前の好みをどんどん抑えていく学習能力まで備えている。そんな高性能が今は憎らしかった。
「名前」
「ひざしくん、どうしたの?」
「なァ、いる?ソイツ」
一目惚れして購入したなめらかなソファに体を預けて、俺の横で電子コミックを読んでいた名前が顔を上げた。きょとん、とまあるくなった目は大層可愛いが、今の俺は焦っていてそれどころじゃない。
思わず零しちまったそれに不機嫌は含まれてなかっただろうか。名前の反応を見る限り大丈夫っぽいけど、妙なところが敏い名前だ。きっと俺がちっとばかし機嫌悪いのもなんとなくわかってんだろう。ほんとは言うつもりなかったんだけど、なんか言っちまった。
「そいつ?……もしかして、エレクサのこと言ってるの?」
「Ah〜〜〜、や、なんつーか、名前が便利に思ってんのも知ってんだけどよ……」
便利には違いない。呼びかけるだけで、スイッチは付くし、気に入ったドラマは流れる。まさしく夢の道具だ。だけど。
「わっ!」
「俺としては、名前を呼んでくれることが減っちまって寂しいンだけど」
それは、全部俺が出来ることじゃねーの、名前ちゃん。今までさんざん俺がやってきてあげたでしょーが。
ソファに沈んでいた肩を引き寄せて腕の中に囲えば、大人しく収まる名前。
そう、今まで呼びかけられるのは俺だった。それが今やエレクサの方が圧倒的に多い。はっきり言っちまうが、面白くない。
「……やきもち?ひざしくん」
俺の言葉を理解したらしい。猫のように目を細めて俺を見上げてくる名前が、うっそりと笑った。
いたずらっ子のような笑顔に図らずも心臓の音が大きく鳴った。何度だって認めよう、惚れた弱みってやつだ。消太はぜってー俺にその話すんじゃねえって顔すんだろうけどよ。しょうがねえだろ、離したくねえんだから。
「ハニーちゃん……意地悪なこと言っちまうお口は塞がねーといけねーのよ」
「すけべオヤジみたいだよ、ひざしくん」
「可愛いダーリンの我儘聞いてくれよ、ハニー」
「えー、やだよ、便利なんだも……んぅ」
そのまま名前の頭を固定して、かぶりつくように唇を合わせる。軽く触れるだけで唇を離せば、殺気よりも少しだけ高い熱を孕んだ瞳が交わった。頬に触れるか、触れないかぎりぎりでいたずらに遊んでいた指先を、名前の唇押し当てる。
「な、だめか?名前」
「……しょうがないなあ、もう」
その代わりひざしくんよろしくね、と託された言葉とぽすり、と全て預けられた体重に思わず苦笑した。そんなひとつひとつの動作や言葉ですら、俺だけに与えられた特権のように感じてしまうのだから、本当にどうしようもない。
じゃあ早速化粧箱を出してきますか、と唇をまたひとつその狭い額に落として、エレクサの門出を祝うことにした。
1時間後、仕返しと称してメリカリの詳細爛に「彼氏が嫉妬するので名残惜しくもお別れです」と書かれることになるとは、この時の俺はまだ知らない。