華麗なる犬死に

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「久しぶりやなァ」
「……ご無沙汰してます。直哉様」

できれば会いたくなかった。いや、そんな表現では生ぬるい。死ぬほど会いたくなかった。ぶっちゃけ死んだ方がましだ。私がじゃない、お前がだ。死ぬのが駄目ならせめて爆発四散しろ。内心で中指をおっ立ててやった。

「いややわ、そんな固くならんで」
「ははは」

乾いた笑いしか出ない私を見て何が楽しいのだろうか。訳もわからないまま、目の前の男は相変わらず胡散臭そうに笑っていた。ひええ、と内心で震える。

禪院家に呼ばれた悟さまに付き添って来たものの、重要な話するからバイバイと私は早々に部屋を追い出されてしまった。しょうがなく手持ち無沙汰のまま庭へ向かう途中、不可抗力で見慣れてしまった胡散臭い笑顔に進路を塞がれた。なんだってこうも毎度毎度絡んでくるんだこいつ、暇か。

禪院の人間に絡まれたくない一心で気配を殺していたにも関わらずよりによって人気のない廊下で、モンドセレクション人でなし部門の最優秀賞最多受賞者、禪院直哉とエンカウントを果たしてしまった。最悪である。これだから禪院は。ろくなことにならない未来しか見えなくてHPが5000くらい削られた気がした。

そんな私を余所に、目の前のクズ西日本代表は1人で楽しそうに盛り上がっている。なんも面白くねーわ。お前関西人のくせにつまんねーな。

内心でギャグセンスをボロカスに貶していたら悟さまに呼ばれた気配がした。相変わらず仕事のお早い方だ。まあ、一方的に意見を押し付けたか、煽ったか。なんにせよ用がすんだならさっさと帰りたい。

「悟さまに呼ばれましたので失礼します」
「そんなに悟君が大事なん?」
「はあ……?それがなにか」

当たり前だろう。私は悟さまの従者で、何においても悟さまを優先する義務がある。ある意味で私のすべてだ。最強である悟さまに私は必要ないかもしれないが、あの唇が私の名前を呼ぶ限り、私は悟さまの傍にいると決めたのだ。だから。

「命掛けるくらい大事なモン無くなってしもたら……君はどうすんのやろなァ?」

ピシ、と家鳴りがする。パキン、と窓にひびが入った。まずいな弁償かな、と思ったけどそれ以上に目の前の男に対する感情の爆発が抑えられなかった。

「悟さまに手ェ出したら……殺すぞ」

屑め。
視線に殺意を込めれば、目の前の男はその笑みをさらに深めて笑い始めた。は?え、何こいつ。怖いんだけど。殺意は霧散した。

「ああ〜〜〜、ええ、ええわぁ」


やべえ普通に引いた。


「君のその歪んだ表情も、ゴミ見るような目も、俺のためだけの感情やろ?―――幸せや」

ひええええ!コイツマジもんのやべえヤツだ……!
恍惚とした表情でそう言う屑野郎にいよいよ鳥肌が立った。変態も塵屑も近寄らないに限る。一発殴りたいのを極限まで我慢して、震える拳をそっと下ろせば何故か寂しそうな目をされた。

なんだその目は。やめろ、私はそんな気味の悪い性癖も趣味も持ち合わせてない。やっぱこいつ爆発四散しろ。それかさっさと自然界に帰れ狐野郎こんちくしょうめ!

そう思いながら急いで反転して悟さまの方へ足を向ける。視線のぶつかる背中がぞわぞわした。後で塩撒こ、塩!あっ!悟さま!?痛い、痛いです!やめて、ぐりぐり、痛い痛い、いじめないで!





颯爽と廊下を歩いていった背中を見つめる。廊下の突き当りを曲がって姿を消すまで、そのすべてを視界に入れていたかった。ああ、あかん。もう抑えられない。

「ああ〜〜〜〜!なんなん??可愛らしいが過ぎん??めっちゃすき!!!」

思わず顔を覆って廊下に膝を着いた。
あんなんあかんやろ。えらい可愛らしいやん。あんなちょこっと悟くんのこと引き合いに出しただけやのに、あんな必死に威嚇してまうなんて、そんなんえらい可愛らしいわ。ほんま何でできてんねん。誰か教えてや。

「は――――、ほんま、はあ、しんど〜〜〜」

しかもあんなゴリゴリの殺気。もうこんなん興奮して今日寝れんやん。肌を刺す殺気も、あの瞳孔開いとるみたいな冷え切った目もほんまに好み過ぎてあかんわ。

普段五条悟の後ろ控えとるときは無表情なんに、俺と会うときだけあんな負の感情に揺さぶられてしまうなんて。あかんで、呪術師なんやからちゃんとコントロールせんと。
でもそれが出来へんくらい俺のこと嫌いなんやろ。嫌そうに歪む口も、釣り上がる目も、俺だけに向けるなんてあかんやん。心臓痛いわ。

「ああ、かわいい、かわいい。欲しい。ほしいなァ」

くつくつと喉の奥から笑いがこみ上げてくる。欲しい。自分のものだけにしたい。俺だけしか見えなくして、俺のこと恨んで、殺したいと魂を揺さぶるほどの、唯一の感情を向けてくれないだろうか。何をしたら、あの目を手に入れられる?

無理矢理結婚を取り付けてもいいかもしれない。家の奥にある座敷牢に入れてしまってもいい。そうしたらきっとずっとあの視線をくれるはずだ。あの目に絶望が映るのはきっとこの世のものとは思えないくらい美しいと断言できる。けれど、孕ませるのはだめだ。俺以外を見るなんて許せない。

ああ、でも膨れていく腹に絶望するあの子はきっとおぞましいほど美しい。

「邪魔やなあ……五条悟」

皹の入った窓ガラスをなぞる。羨ましい。傷をつけて貰えるなんて。少し力を籠めればパリン、とガラスが散った。廊下に散らばる破片に触れればピリ、と走る痛み。指を伝う赤を見て、歪む口が抑えられなかった。

きっと、この朱はあの子にとてもよく似合う。


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