透明度の高い欲望

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夏だ。夏と言えばプールだ。

きゃらきゃらと響く声と少しだけ塩素の混じった水の香り。夏の眩しさを閉じ込めたようなその場所で私は硬直していた。
きらきら輝く視界にその姿をおさめながら、今日までのことが頭の中に溢れ返る。どうしてこんなことになったんだっけ。





「苗字ちゃんも一緒にプール行こうよ!ね、いいでしょ、岩ちゃん」

ことの発端は彼氏であるはじめくんの幼馴染、及川くんからのお誘いだった。及川くんのお母さんが持て余していた、レジャー施設のチケット。岩ちゃんたちさえ良ければ4人でどう?そんなお誘い。
巨大プールで有名なそこは是非とも一度は行きたかった場所だ。だけど、施設の設備がしっかりしているせいか、お値段はそれなりにするから学生のお財布には大ダメージ必至。そんなところのタダ券、そしてグループデート。

ごくり。行きたい。

喉が鳴った気がした。
私は部活に全力なかっこいいはじめくんが好きだし、私も運動部だから部活優先なのも理解してるつもりだ。でもたまにはカップルらしいことだってやりたい。夜の公園も嫌いじゃないけど!でもたまには昼間からカップルしたい!

つまり、今!このタイミングでなければ!私は大手を振るってはじめくんとプールデートに行けない!これはなんとしてでもはじめくんをその気にさせないと!!

それに、なんだかんだ2人きりだと緊張するだろうから、正直他にも人がいるのはありがたい。私とはじめくんだけだったらたぶん、はじめくんばっかり見ちゃう気がする。はじめくんがOKくれそうなグループデートのお誘いなんてやっぱり今しかない!及川くんもっと誘って!強く!

結果、あんまり乗り気じゃなさそうなはじめくんを及川くんと2人がかりで説得してOKを貰った私は安心していた。
当日、急転直下の事態を迎えることになるとも知らず。

「ワリィ……その、あいつ別れたらしい」
「あらら……」

可哀想すぎる。その一言に尽きた。
及川くんはなんと昨日別れてしまったらしい。なんと。当然ながら及川くんからは2人で行ってきて、という言葉を貰うことになった。
流石に傷心中の人間をカップルの巣窟であるプールに引っ張り出すほど鬼畜でもない私は、及川くんに内心で合掌だけ送っておいた。

グループデートの予定だったけど、なんか及川くんに悪いし、どうしよっか。そう思って買った水着に思いを馳せる。結構気合入れたつもりだったけど、はじめくんもあんまり乗り気じゃなかったし、この先機会はいっぱいありそうだし。

「今回は見送りかなあ……」

ぽろ、と零した言葉に反応したのは意外にもはじめくんだった。

「あー、その、名前、さえよけりゃ、」

2人だけで行かねえか?と真っ赤な顔で言われて断れる人間がいるだろうか。私は無理でした。





そうして話は冒頭に戻る。施設に入ったあとは待ち合わせ場所を決めて別れた。次に会うときは水着だ。緊張する。着替えた後、何度も鏡で全身をチェックする。全然心の準備は整わないけど、あんまりはじめくんを待たせるわけにもいかない。

女は度胸!ってさっきおっぱいばいんばいんのお姉さんもそう言ってた!140p台の私なんかとは比べものにならないくらいナイスバディだったけど!よし、い、いくぞ!
恐る恐る待ち合わせ場所を離れたところから見れば、はじめくんはもうそこにいて、スマホを片手に難しい顔をしていた。まずい、待たせすぎちゃったかな、と思って慌てて駆け寄ろうとして、思わず足を止めた。

「お、お待たせ!はじめ、く……、う、あ……か……かっこぃぃ……!」

男の子らしい引き締まった体と腹筋。捲った袖から見える血管の浮いた腕。
そうだ、私、はじめくんの水着姿というか、こういう姿初めて見るんだった……!思わず固まった顔に、熱が集まっていくのが分かる。ど、どうしよう。はじめくん、かっこよすぎる……!

私の熱視線に気付いたのか、はじめくんが私を見つけて同じように固まった。しばらく動けない私が誰かにぶつかってしまった瞬間、お互い動き出したけど。

「は、はじめくん、その、」
「〜〜〜〜っ、わりい名前、見すぎた……!」
「は、はじめくんになら、別に……」

そう、はじめくんになら見られたっていい。はじめくんのために、ちょっと気合を入れて友達と選んだビキニ。
はじめくんに可愛いって、似合ってるって言ってもらいたくて買ったんだけど、感想を聞く勇気は出なかったから、なんか変な言い方になっちゃった。

失敗したかな、と思ってはじめくんを見上げれば片手で顔を覆って空を仰いでいた。そ、そんなに似合わない、かな……!?

「〜〜〜〜っ!おっまえ……!」
「え、あ!ご、ごめん変なこと言った!」
「いや、ちげーよ、その………………、っっっっこれ!!着てろ!!!」

ばさ、と頭から被せられた布に一瞬視界が奪われる。さっきまではじめくんが着ていたグレーの冷感素材のパーカーだ。なんだか申し訳ないから断ろうとしたけど、頼むから着てくれ、と言われたら着るしかない。

言われた通りいそいそとパーカーに腕を通して、はたと気づいた。
袖が全然でない。丈も腿まで来る。まるでワンピースみたい。わかってたけど、はじめくんって大きいんだなあ。なんてしみじみと思って、自分の体を見下ろした。

まさに着られている、と言わんばかりのパーカのサイズ。少し冷静になれば、なんだか急にはじめくんの男の子の部分を感じて、今更ながら体の奥からぶわり、と熱が湧き上がってきた。

は、恥ずかしい……!これ……!
うわあ……!袖全然出ないし、肩幅全然違うし、なにこれ、なにこれ……!

自分の顔に熱が集まるのが嫌でも分かる。耳まで赤くなっている自信あるし、なんだか頭もうまく回らない。パンクしそう。
そう思ってたら、急にパーカーの前を閉められた。目を白黒させているうちにファスナーが一番上まで来る。

「なんつーか、」

思ったより近くから聞こえてきた声にはっと顔を上げた。視界いっぱいに広がるはじめくんの顔は私より赤いんじゃないかってくらいになっている。それなのに、大好きな真っ直ぐな目だけは私のことを変わらずに見ていて、心臓がうるさいくらいに音を立てていて。からだじゅう、あつい。

「その、……見せたくねえ」

俺以外。

喧騒に掻き消されるほどの小さな声もばっちり拾ってしまって、今すぐきらきら輝く水面に飛び込みたくなった。



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