革命前夜のうそのこと

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「クロ〜お雑煮〜」
「ねえミカンないんだけど」
「お前らちょっとは自分で動きなさいよ!」

クロがキッチンから声を張り上げた。それと同時にデデーン、と例の音がして私と研磨は同時にふき出した。なおクロの声は聞こえなかったものとする。

「つーかね、お前らなんでもかんでも俺にさせんなって」
「俺場所提供してるじゃん」
「私も食材と話題提供してるじゃん」

ね、と研磨と顔を見合わせたあとにクロを見れば渋い顔をしていた。ははは、なんかキレてる。うける、とビールを飲み干した。

「「だからクロは労働力提供」」
「ほんとお前らそーいうトコね!!」

暇つぶしに私が持ってきたボドゲで負けまくった結果、罰ゲームでお雑煮係になったクロが叫んだ。しかし、忘年会で使用した罰ゲーム用のフリフリエプロンを身に着けているせいで迫力なんてまったくない。めっちゃ似合う〜可愛い〜(棒読み)
ツッキーに送ったろ、とサイレントカメラで写真を撮る私を研磨がソワソワしながら見ていた。これは面白がっているサインだ。

小学校低学年のころから一緒にいる私とクロと研磨の幼馴染トリオは、なんだかんだ大学を卒業してからも仲良くやっている。そんな私たちが研磨が借りている広いお家でお雑煮を食べて年を越す、というのはここ数年で恒例になりつつあった。

クロから渡されたお雑煮にふうふう息を掛けて中のお餅にかぶりつく。お雑煮って年明けに食べるんだっけ、お餅入ってるので合ってるっけ、と前に潔子ちゃんから聞いた話をぼんやりと思い出す。東北のお雑煮ってどんななんだろ。

テレビを見ながら元旦寒波らしいよ、なんて他愛もない話をしながらお雑煮をすすった。去年はこうだった、来年はこうかも、みたいな話をしていた流れで思い出した。これ一応言っておこうかな。

「あ、そうそう。私4月から東京離れるかも」
「は?」
「なんか支社で産休入った人がいて、1年かそれくらい大阪に異動するかも。噂だけど」
「マジで?」

そう。おめでたいことだからあまり文句言えないけどなんでよりによって私。ジョブローテーションという無駄に便利な言葉のせいで私に白羽の矢が立ったらしい。住み慣れた東京を離れるのはちょっとだけ嫌だった。というかすごく嫌だ。
まだ未定だけど、と話をすればクロがへえ、とビールを煽った。

「やだ〜〜、1年で戻ってこれたらいいけど知らない土地で生きていけないよ〜私ってばすごい繊細だし〜」
「いやお前なら大丈夫でしょ。たぶん引っ越しして3日後には誰かと一緒にたこ焼き食ってから」
「ちょっと鉄朗くんここ座ろうか」
「自信持ちなよ。名前なら平気でしょ」
「え〜〜そうかな?研磨やさしい〜〜好き!」
「この扱いの差よ」

クロにはあ、とため息をつかれて追加のビールを渡される。おお〜こんなに気が利くなんて協会の方は違いますな、と茶化せばクロに軽く頭をはたかれた。暴力反対。

「名前はなんで行きたくないの?出張好きって言ってたよね」
「出張は別じゃん……。転勤だとこんなに簡単に来れなくなるじゃん。遠いし」

そう言えば少しだけ驚いたような顔をした研磨がへえ、と頬杖を付いたまま楽しそうに笑った。は?なにその顔ムカつくんですけど!
反対を見ればクロも似たような胡散臭い顔をしていた。うっわ腹立つ。

「なぁに、名前チャンってば寂しくなっちゃう?」
「あー、うん、ちょっと寂しいかも」

どちらかといえば、環境とか住み慣れた、というよりはこの2人に気軽に会えなくなるのが嫌なのかもしれない。素直に認められたのはお酒の力だとは思うけど、年末だし許されるでしょ、と思いながらクロの言葉を肯定すれば静かにクロが視界から消えた。え、なんで倒れるの。

「ちょっとクロ邪魔。沈まないで」
「研磨酷くねえかお前!?蹴るなよ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた2人を見て、通常運転だ、とけらけら笑う。いつの間にかテレビの内容は最後の爆破シーンに移っていた。テレビよりも2人と話してる方が楽しいからいいけど。あくまで噂だから、って言ったの聞こえてたのかな。

「まあ、なったらなったで。それに、もし大阪行ったらめっちゃ木兎と日向と遊ぶ!それでミャーツム紹介してもらう!」
「「却下」」




思えば随分と長い関係になったな、と目の前で雑煮を食べる名前を見る。
付き合いはもう人生の半分以上。人見知りだった俺と研磨はバレーボールを通して仲良くなった、と名前は思っちゃいるが実のところかなり違う。

昔から快活で人見知りをしない名前は、お互いにコミュニケーションの足りない俺と研磨を仲を取り持つ潤滑油のような存在だった。

俺がバレーボールを好きだと言えば、名前も興味を示して最終的には研磨を巻き込む。夢中になる俺と、時々置いて行かれる研磨。そんな俺に待って、と声を掛け、研磨の背中を汗だくになって押す。それが名前だった。いないとスムーズに回らない。名前は俺らにとってそんな存在だった。

小学生であってから今まで。世間的には幼馴染というくくりに入る俺らだが、こうして一緒に過ごす正月はあと何回なんだか、と思っていた矢先にこれだ。

名前が大阪転勤。正直そんなことを言い出した会社の上司に文句を言いたくなる。こいつより活きがいいのいるでしょ、と思っても全部は運と名前次第だ。会社に所属する以上、なんかしらの大人の事情ってやつがある。長い人生こういうことだってあると想像はしていた。
ただ、名前が素直に寂しい、と言ってくるのは完全に想定外だったけども。

「ちょっと寂しいかも。だってずっと一緒だったし。近くにいないの考えらんないっていうか」

は?おまえソレどういう意味ですか?
聞き返したいのをぐっとこらえて炬燵布団に顔を埋めたら、隠れて悶えていたのがバレて研磨にこたつ布団の中で足を蹴られた。ちょっと研磨ひどくね!?あーやべえ、顔赤い自信あるわ。このタイミングでのデレとかずるすぎませんか名前さん。

つーか研磨もまんざらでもない顔すんじゃないよ、と睨めば研磨から言ったら殺す、と言わんばかりの視線が俺に刺さる。言うわけねーだろなんで敵に塩送んなきゃいけねーんだよ。

「あ、あけましておめでとうじゃん!」

名前に言われて時計を見れば、いつの間にか新しい年が始まっていたらしい。お互いに新年の挨拶をしたら名前が急にパタパタと準備を始めた。これもいつもの光景だ。

「ちょっと研磨もクロもいつまでも炬燵入ってないで!はやく鐘突きにいこ!」
「はいはい」
「けーんーま!全然動いてないじゃん!ほら行こうってば!」
「はいはい」
「ちょっとクロもなんとか言ってよ!毎年じゃんこの下り!」

きゃんきゃん子犬みたいに吠える名前の頭に手を乗せる。研磨研磨って、俺が一緒じゃだめなんですかね、ほんとこの欲張りめ。
妹扱いしないで、と言う名前越しに研磨を見れば明らかに不機嫌な顔。今年は譲らねえよ、わりーな、と笑えば研磨が珍しく俊敏に立ち上がっていそいそと準備を始めた。

急にテキパキ準備を始めた俺らを不思議に思ったらしい名前は首を傾げながらも、薄くて寒そうなコートに袖を通した。一応持っていくか、と持参したカイロのパッケージを開けて空気に触れさせておく。これも毎年同じ流れだ。特に去年は暖冬だったから名前はこの寒さで待つ辛さを舐めているに違いない。

「クロ―、はやく!」

玄関から名前が俺を呼ぶ声がする。確かに、名前の言う通りこの下りはもう何度目かわかんねえ。けど、できればずっとくだらないこの下りをやっていたい。つーわけで。

せいぜいお前が寂しくならないよう神様にお祈りでもしにいきましょうかね。


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