オリジナルを貪る怪物
キュッ、と床を擦る音がしてその体が飛び上がった。私よりも大きな背丈、しっかりとした体。それなのに、そう思わせないほどの軽快さ。

きれいなフォームだ。そう思った。

木兎さんとも、岩泉さんとも違う、きれいな空中姿勢。異常なほどの手首の柔らかさ。受ければ分かる、いやらしい回転の掛かったスパイク。腕に当たっても思う通りに殺せない回転と乱れた返球に、相手のリベロが嫌そうな顔をした。

確か古森、だったと思う。眉が特徴的ですぐに覚えた。それに、多分この中でも群を抜いて上手いからつい目で追ってしまう。ディグに課題のある私としてはぜひ色々教えて貰いたい。

「嫌な回転掛けて来んなあ……!」
「オレ木兎のブロックの方がやだわ。なんで1本で10本止めたみたいな顔してくんだよあいつこえーよ」

そんな声が聞こえてきて思わず笑った。例年に比べてキャラもクセも強いメンツに、コーチたちが頭を抱えているのを知っているからか、そんな会話にも納得してしまった。
男子のコートに目を奪われていたら、チームメイトに見すぎ、と小突かれる。しまった、と自分のコートに目を戻すと、丁度ブロックアウトが決まった。

JOCの都選抜選考に選ばれた私は現在、選抜合宿の真っ最中である。県対抗の全国大会であるJOCは、各校から選抜された選手で構成される、いわばオールスターゲームみたいなものだ。上手い人の中から上手い人を選ぶこの合宿。ハードな練習と高いレベルに思わずにやけた。

こっちのコートを見れば、全国3本の指に入ると言われるなっちゃんのトスから、鮮やかなスパイクが決まった。ハイタッチが交わされる。私の相棒のトスはいいでしょ、と何故か私も鼻が高くなった。

昨日一緒に練習した木兎さんだって、中学生離れしてるパワーだ。いいなあ、あんなパワー出せたら気持ちいいんだろうな、と思う。私のプレースタイルとは全然違うけど、それでも羨ましいと思った。

「次! 苗字入れー」
「はい! お願いします!」

キュ、と鳴る床が心地良い。
ふう、と息を吐くとそれまでの世界から音が消えた。後はコートの中の情報しか入ってこなくなる。サーブを受けて、そのまま走る。コートの中の情報を整理して腕を振り下ろした。

相手リベロにあげられたスパイクから次の攻撃が始まる。今度はブロックに飛んだ。バチン、と当たった掌の痛み。はじかれないように指先まで力を込めて押し返す。目がぐるしく変わるコートの情報。多くて、しんどくなる。

全部出来るようになりたいと思った。

サーブも、レシーブも、トスも。ただできるだけじゃなくて、全部を丁寧に、研ぎ澄ました鋼みたいな鋭い武器にしたかった。その為なら、努力は惜しくない。全部できれば、それだけコートで自由で居れるから。





木兎さんとの約束通り、練習が終わって自主練のためにコートが解放された。そのまま食堂に向かう人と残る人に分かれる。私は約束通り木兎さんと練習なんだけど、今日はスパイク練がしたいらしい木兎さんはブロッカーを探してうろうろしている。が。

「ブロックたんねーな! おーい、だれ飛んでくんね?」
「皆逃げちゃいましたよ、木兎さん……」

木兎さんの休憩中を見ていたら、納得した。自主練に際限がなかったのは昨日だけじゃなかったらしい。木兎さんのエンドレス自主練をしている人たちはそそくさと別グループで練習を開始している。

「おっ! 佐久早くんだっけ? 飛んでくんね!?」
「木兎さん、佐久早君もスパイカーですけど……」
「いいじゃんいいじゃん! 色々やろーぜ! お、鷲尾〜!」

嵐のように過ぎ去っていった木兎さんは私と佐久早を残して別の人のところに行ってしまった。ぽつん、と2人。じっと私を見下ろす佐久早の目が、物語っている。まだ何か用か、と。……ダメ元で聞いてみよう。

「あ、えっと、佐久早君、もし良かったらどう?」
「やだ」
「だよね……」

にべもなく断られる。まあ、予想はしていた。
独特の空気を出している佐久早は、古森や木兎さんといった太陽属性にダル絡みされてよく辟易としているのをもう何度も見ている。
木兎さんが苦手なのか、人付き合いが苦手なのかはわかんないけど。折角だからと誘ってみたけど秒で断られた。知ってた。

邪魔してごめん、とその場を離れようとすると、なあ、と背中から声が掛けられた。振り向くと眉間のしわを濃くした佐久早が私を見ている。

「お前、名前なんての?」
「? 苗字名前だけど……」
「女子なのになんでここにいんの。ネットの高さ違うしやりづらくないの」
「あー、まあ、そりゃちょっとはやりづらいけど……」

佐久早の言う通り、女子と男子のネット高は違う。きちんと飛ばないとうまくスパイクが決まらない。バテて飛べなくなると大変。確かにキツイ。あまり慣れるな、とコーチたちにも言われている。でも、と続けると佐久早が不思議そうな目をした。

「こんな上手い人たちと練習しないなんて、もったいないなって。それだけだよ」
「勿体ないって……それだけかよ」
「うん。練習で出来ないことは本番でもできない。そう思ってるから練習は手を抜かないって決めてる」
「……へえ」
「誰かから盗める技術は全部盗むの。それが一番だから。それに、私は、なにかひとつじゃなくて、全部出来るようになりたい。だから、あるモノは全部」

練習はきつい。試合は楽しい。それは、皆一緒だ。練習だけでいいなんて人はそうそういない。
でも、試合を100%楽しむためには、120%の練習が必要だと私は知っている。そして、積み重ねた技術と経験だけは、絶対に裏切らないってことも。

才能のない私が唯一この世界に食らいつくなら、きっとそれしかない。

だから一つひとつを丁寧に、研ぎ澄ませた刃のように磨かなくちゃいけない。練習でも試合でも関係ない。全てのボールに対して、落としたら負けると思い込んで。
そうやって自分にプレッシャーを掛けて、私はここまで進んできた。きっと、これから先も、こうでしか進めない。不器用だと思う。でも、私はこれ以外に進む術を知らない。

「ふぅん……俺は」
「え、あ、さ、佐久早?う、上手いよもちろん!私、勝手にお手本にしてて…その、ずっと見てたいって思ってる」

じとり、と睨んでくる佐久早は、意外とわかりやすいのかもしれない。少しだけ不機嫌そうなその視線に気を悪くしたかな、と少しだけ申し訳なく思った。

佐久早のあの綺麗な空中姿勢も、スパイクの力強さも。本当はずっと前から知っていた。試合会場で見るたびにいいな、と思って目で追っていた。

どれも私にはないものだから。あんな風にスパイクが打てたらいいな、と思った。憧れている、と言ったら大袈裟だろうか。でも間違いじゃない。言葉にして分かった。そうか、私は、この人に憧れている。私は、この人みたいなスパイクが打ちたい。

「……明日なら」

ぽつりと零された言葉に思わず声の主を見上げる。一度しか言わないからよく聞け、と言わんばかりに深いしわを眉間に刻みながら、言われた言葉に思わずぽかんとした。

「明日暇なら、自主練」

そう言って去って行った佐久早の背中を呆然と見送る。明日、自主練に誘われたってことでいいんだろうか。かああ、と自分の顔に熱が集まるのが分かる。え、どうしよう。すごくうれしい。

「お! 名前やるぞゲーム!」
「ぼ、木兎さん!! 今日はいいけど明日はごめんなさい!!」
「エッ!! 裏切りだぞ名前!!」

ゲーン、とショックを受ける木兎さんに謝りながら明日の練習が待ち遠しくてたまらなかった。



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