ないものねだりの天才
ターン、ターン。

体育館に響くボールの音は、私にとって集中するためのスイッチみたいなものだ。

音が聞こえなくてもそのモーションだけで、自分の中のスイッチがオンになるようになったのはいつからだろうか。
ふっ、と余計な肩の力が抜けて、体が軽くなる。すっと上に投げたボールに向かって飛ぶ。あとは、力一杯振り抜くだけ。

コートの端のペットボトルはぎりぎり倒れずそのまま。むう、と眉間にしわが寄った。これで5連続失敗だ。はあ、とため息をつく。

東京の選抜メンバーを決めるJOC自主練の体育館は1つしか開放されてなくて、男女混じって行われている。その分コートは3面あって広々と使えるのだけど、と思ってサーブトスを上げる。ジャンプサーブの調子がすこぶる悪い。少しずつ上がってきているとはいえ、成功率がこんなに低くちゃ話にならない。

成功率を上げて、できるようになりましたって、早く及川さんに見せたくてたまらないのに。今日は全然決まらなくてムキになっていたらしい。気づくと周りに人は全然いなくて一部の男子しかいなかった。しまった、監督にも気を付けるよう言われていたのにまたオーバーワークだ。そろそろ上がるか、と思ったら声を掛けられた。

「なあ!お前すげーな!」
「は、どうも……あの、どちら様です……?」

突然話しかけてきた男子は人一倍元気な人で。体育館に木霊する声に思わず耳を防ぎたくなった。この人元気すぎるしなんだか目がらんらんと輝いている。まるで猛禽類みたいな目だな、とたじろぐ。

「俺、木兎光太郎!お前のサーブめちゃくちゃすげえ!俺にも打ってくれよ!」

思わずその勢いに、こくり、と頷いた。





「まだ……まだやるんですか……!?」
「おー!ものたんねえよ!!名前、もう1本!」

流石に限度がある。際限がない。
声を掛けられてから2人でずっとお互いにサーブとディグの練習をしている。木兎さんのパワフルなサーブもだいぶ拾えるようになってきた。お盆休みに及川さんと岩泉さんとやった及川さんからサーブ権をとろう大会を思い出す。

及川さんの本気サーブは岩泉さんと2人がかりでもなかなか止められなくて、気付けば腕が真っ赤になっていたっけ。
コートの奥から見つめてくるあの目にぞくり、と背中を冷たいものが駆け抜けた。夢に見そうだ。

周りを見ればもう誰もいなくて、私と木兎さんだけが体育館にいる。
そろそろ私もオーバーワーク気味だし、なっちゃんが殴り込みに来かねないし、晩御飯なくなるかもしれないし。何が言いたいかっていうとそろそろおしまいにしたい。

まだ打ち足りない、という表情をした木兎さんの目はキラキラと輝いたままだ。これは完全にエンジンがかかってしまっている。まずいな、と思うと同時にこれははっきり言わないといつまでも続く可能性があると悟った。

「もう止めときましょう。闇雲に練習しても。肩壊しちゃいますよ」

そう言うと木兎さんはきょとんとした顔をして私を見る。予想外のことを言われてびっくりした表情だ。そんなおかしいこと言ったかな、と私も首を傾げた。

まだこの人のことはよくわからないけれど、木兎さんも私もきっとバレーに向かうとバレー以外のことが見えなくなるタイプだ。だからオーバーワークに気づけないんだと思う。なるほど、他の人から見たら私もこう見えるのかと妙に納得してしまった。

「合宿はあと3日ありますし、また明日にしましょう。木兎さんみたいな柔らかい肩、壊しちゃ勿体ないからだめですよ」

そう言うと木兎さんは首を傾げた。え、自覚ないのこの人。今度は私がきょとんとする番だった。
柔軟性のある肩、可動域が広いからきっとえげつない角度のインナースパイクだって余裕で打てるだろうな、とこの自主練中でも思ったのに本人にその自覚がないとは。

佐久早と一緒にバンバンスパイク決めて他の人から若干引かれていたのに、本人はただ楽しくバレーしていただけだったんだろうなと少し笑ってしまった。
この人も私も、気持ちいいくらいの典型的なバレー馬鹿。きっと同じ部活だったら手が付けれられなくなる未来まで想像できてしまったけど、それでも今日はここまでにしたいと思う。

「練習と同じくらい休むことも大事ですよ、きっと。だから、今日より強くなった、明日の木兎さんとやるバレー、楽しみにしてますね」

さ、食堂行きましょ、というとぱああと笑顔が炸裂した。行く!腹減った!と急にご飯ご飯言い出した木兎さんは、餌を前にした動物だった。なんか可愛いなこの人。そう思って体育館を後にする。

「名前!明日もやろうな!」

明日の自主練は約束されてしまったけど、この人のスパイクは見ていて気持ちがいいから大歓迎だ。
もちろん、と返事をすると木兎さんは大口を開けて笑った。




「名前!」
「名前〜!見てたか今の!!」
「名前〜練習しようぜ!」

体育館中に響く声で名前が呼ばれる。思わずびくりと震える肩。そして嫌そうに声の主を見るなっちゃん。はは、とこぼれる乾いた笑い。まさかここまで全力でからまれるとは思ってなかった。木兎さん、女子はまだ休憩じゃないですよ…?

「なに??なんかめっちゃ懐かれとるやん、名前。餌付けでもしたん?」
「まさか…」

そんなわけないし、おやつあげたくらいで懐かれるなんてそんなことあるわけないでしょ、と言うとなっちゃんの顔がゆがんだ。またそうやって舌打ちする…!

「今日もやるぞー!」
「木兎さん、本当にバレー好きですね」
「おお!楽しいだろ!つーか、名前もだろ?」

当然のように出てくる言葉に私もつられて笑った。バレーが本当に好きじゃなきゃ、ここにはいない。ここにはバレーが好きな人しかいない。それがとても嬉しくて、安心する。

レベルの高い選手たち。技を盗める環境。コートに転がる無数の情報。全部持って帰る。
コツ、とサーブトスを上げる前にボールを額に当てる。イメージしろ。ボールを上げる。掌に当たる感覚は、昨日と同じで、少しだけ違う。

自分の練習と技術を信じろ。才能のない私の、最高に楽しいバレーボールは、確かな技術と積み重ねた練習の先にしかない。

さあ、今日の全てを糧にしろ。

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