急所にはとどめのキスを
「すげーな、久山っつたら超強豪校じゃねーか」
「全国常連だよね」

名前はなんと東京の中学に進学していたらしい。寮制のバレーの強豪校。あの久山学園。
正直びっくりだ。確かに小学生としては体格にも恵まれているとは思ったけど、まさかそんなところまで行っているとは思わなかった。通りで県内の学校を探しても見つからなかったわけだ。

…キツく当たったから辞めちゃったんじゃないか、と思っていたけど、続けていて良かった。ちょっとほっとした。絶対言わないけど。

名前の話を聞くと同時に一度収めた結局こいつも才能マンかよ、という嫉妬がまた湧き上がる。目ざとく岩ちゃんに発見されて殴られたけど。別に北川第一が嫌だなんて思わない。県内じゃレベルの高い環境だし、岩ちゃんいるし。

でも、そっか、東京の強豪校か。レベル高いのは純粋にうらやましい、なんて思ってたら、名前が急に顔を曇らせた。

「でも、ボール全然触れなくて。バレーが、遠くて…」

陰った表情に嫌な予感が走る。おい、ちょっと待ってよ。それ以上言ったら俺怒るけど。
そんな俺の気持ちなんか知らない名前の口から、ぽつり、と零れた。


学校、辞めようかな、って。


ぶつん、と何かが切れた音がした。

は?こいつなんて言った?辞めたい?そんな恵まれた環境にいるのに?そんな恵まれた体格があるのに?
なんで、そんなこと言うんだ。なんで、なんでも持ってるくせに。なんで、なんで、なんで!

そう思ったら止まらなくて、思わずふざけるな、と声を荒げていた。びっくりした表情で岩ちゃんと名前が俺を見ていたけど関係ないね!もちろん口から出る言葉も止まらない。

「ボール触れないくらいで諦めるなんて言うなよ!」

むかつく、むかつく、むかつく!

カッとなった感情は歯止めなんか効かなくて、そのまま口からどんどんこぼれ出る。おい、という岩ちゃんの言葉を振り切るように名前の肩を掴んだ。

「そこまで行っておいて、途中でやめるなんて、あれだけ俺と岩ちゃんの時間を奪っておいて!絶対許さないからね!」
「おい気色わりいこというんじゃねえ」
「岩ちゃんは黙ってて!」
「ア?」

びき、と岩ちゃんの米神に血管が浮いたような声がしたけど、今は無視だ。俺はこの持たざる物を持つ後輩に何かを言ってやらないと気が済まない。俺に無いものを持っているくせに、なんでそんな簡単にあきらめようとするんだ。
名前にぶつけているはずの、そんな言葉が、俺にもそのまま返ってきた。

―――ああ、そっか、俺も諦めたくないんだ。

才能に抗いたい。

努力が間違ってないって信じたい。


こんなもんじゃないんだろって、自分に期待したい。


「そこまで行けるほど努力できるくせに!自分で見限ろうとすんなよ!ここまでサーブ鍛えてきたならあともう少し…、俺の教えるサーブが通用しないなんて言わせないから!」

はっ、と名前が息を呑んだ。大きく丸い、ガラス玉みたいな目はまっすぐに俺を見ている。何かを言われる前にポケットに手を突っ込んで、目当てのものを取り出す。ぐい、と名前の目の前に突き付けたそれには、俺の連絡先が映っているはずだ。そのまま名前に押し付ける。

「これ!及川さんの連絡先!」
「え、あ、あの」
「ケータイくらいあるでしょ。行き詰ったり、悩んだりしたら連絡すること!あとこっちに帰って来る時も!バレーするから!」

呆然としたままの名前は俺とケータイを交互に見て、不安そうな表情を浮かべた。どうしたらいいかわからない、みたいな迷子になったみたいな顔。
うん、わかってた。名前がここまで言わないとわかんないだろうってことは。だから、ちゃんと口に出して伝えてやろう。

「――師匠なんだから、弟子の面倒見るのは当たり前でしょ」

俺は、もう、おまえの頑張りも存在も。ちゃんと認めているってことを。
あんな態度とっておいて今更どの口が、と言いたげな岩ちゃんが俺を見てるけど見ないふりだ。それでも突き刺さる岩ちゃんの視線に負けた。

「い、言っておくけど、及川さんの連絡先めちゃくちゃ貴重だからね!?」
「おい、フォローになってねえよ…名前、俺とも交換すんぞ」
「い、岩泉さん」
「こいつだけじゃ暴走したとき不安だからな、俺にも相談しろよ。俺も、一応師匠なんだろ?」
「っはい!――――…っ、ぅうう〜!」

そういって岩ちゃんが名前の頭にぽん、と手を置いた。元気よく返事をしたと思ったら、途端にあふれ出る涙。ぎょっとした俺と岩ちゃんを余所に、ぽろぽろと名前の目からは透明な雫がこぼれ続ける。なんで!

「ぅえ!?ちょ、ちょっと!なんで泣くの…!?」
「お、おい、なんか、なんかねえのかよ及川!使ってねえタオルとか!」
「俺!?あるわけないじゃん!岩ちゃんこそないの!?」
「さっきまで部活して自主練してんだ!あるわけねえだろ!使えねえなグズ川!」
「ひっ!ひっどい!岩ちゃん!いくら俺がイケメンだからっていつでもハンカチ持ってるわけじゃないんだよ!?」
「うるせえ!今オメーがイケメンかどうか聞いてねえだろうが!」
「ぎゃん!」
「っ、は、ははっ!」

おろおろする俺らが面白かったのか、名前のすすり泣く声が笑い声に変わった。なんだ、もう平気なのか、とほっとすると同時に急に泣くなよ、と文句の1つでも言いたくなった。

「ちょっ…!泣くか笑うかどっちかにしてくんない!?」
「すいません…へへ…ありがとうございます、師匠」

そう言って泣きながらも笑った名前に岩ちゃんと俺はぴし、と固まった。
これは後から聞いた話だけど、この時岩ちゃんと俺は珍しく同じ感想を抱いていたらしい。さっきまで泣いていた子が、満面の笑みを浮かべていて。安心しきって緩んだ表情。ちょっとバカみたいな感想だけど。まあ、なんというか。

女の子の笑顔ってすごいんだなって。





それから、名前とは大きな休みの度に会ってバレーをするようになった。
帰省した名前との練習は俺たちにも刺激になったし、教えたことを吸収して自分の糧にしていく名前の成長していく姿を見るのは結構楽しかった。

気づけばそれなりに会う回数を重ねていて名前が俺の超かわいい後輩になるのは、ある意味予定調和だった。

はい認めます。名前ちゃんは俺の超かわいい弟子です。

「まったく、しょうがない弟子だね」

軽くため息混じりにそう言うと、すいません師匠、と嬉しそうに笑う名前が可愛くて、俺よりも下にある小さな頭を滅茶苦茶に撫でてやった。


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