痛覚はいつからだか鈍い
「及川さん!」
「ゲッ!またお前かよ!いーかげんにしなよ!」
「おう、名前今日もか」
「はい、岩泉さん!今日もお願いします!」
「ちょっと二人とも話聞いてくれる!?」

あれから。

春休みに突入しても、名前は校門で毎日俺らを待つようになった。まるで一度餌をあげたら着いてくる犬みたいに。くそ、こんなことならあのとき見てやらなきゃ良かった。そう思ったところであいつはやめなくて、忠犬みたいに俺たちの自主練に着いてくる。

しかもなんでか分からないけど、岩ちゃんはあいつを気に入ったみたいでまめに面倒を見ている。そうなると必然的に俺も付き合うことが多くなるわけで。

貴重な自主練の時間を、なぜ俺はこいつと一緒にいるんだろうか。全然納得がいかない。

「及川さん!今日もお願いします!」

俺は全くよろしくしたくない。
果たして岩ちゃんはこいつの何が気に入ったんだろうか。ああ、ほんとむかつく。

「やだね!べー!だ!」

いい加減にしろ、という声と一緒に降ってきた拳は相変わらず強かった。





結局、俺と岩ちゃんとついでに名前は、今日も学校とは別の体育館で自主練をすることになった。強豪とはいえ他の部活も使う体育館をずっと借りっぱなしというわけにもいかない。春休みも残りあと少ししかないというのに。なんでこいつなんかと。

ちら、と横を見ると名前が飛んだ。放たれたサーブは相変わらず全部が中途半端なまま、簡単に岩ちゃんに返された。上手くいかないサーブに、名前がイラついたようにふう、と息を深く吐いた。

そんなに嫌なら諦めればいいのに。そう思って名前にねえ、と話し掛けた。名前が、きょとん、と俺を見る。
今から俺酷いこと言うけど、面倒だし泣かないでよね。

「才能ないよ、オマエ。サーブ強化止めたら?」

そう言うと、名前は顔を強ばらせてぎゅっと眉間にしわを寄せた。
酷いなって、自分でも思った。でも、こいつを見ているといらいらする。自分に無いものを強請って、藻掻いている姿がどうしようもなくみっともなくて。

こいつがバレーを馬鹿にしてるわけじゃないのも分かっているけど、なんでそんな苦しい顔してるくせに、立ち向かっていけるんだよ。なんでそんなに必死になれる。どうして。

「…才能がなくても、私は、及川さんみたいなサーブが打ちたいんです。一番、綺麗なサーブだから」
「…勝手にしろ」

頑固なやつ。無駄ってわかってるのに、才能ないってわかってるのに。なんで諦めないんだろう。

そう思って横でサーブを打ち続ける。名前がじっと俺を見ているのは分かったけど、特に何かを言うこともなく岩ちゃんに向かってサーブを打った。

盗めるものなら盗んでみなよ、そんな生半可な練習で追い付けさせない。そんなに簡単に、俺のサーブが真似されてたまるか。


才能がないお前には無理だよ。


内心でそう思いながら、その言葉が自分にも刺さっていることには目をつむって。サーブを打てば、今度は俺のサーブも岩ちゃんに返された。ああ、ほんといらつく。キュ、と自分以外の足音で鳴る床。岩ちゃんと交わされる会話。
うるさい、うるさい。

うるさい。







いつも通り自主練に行くとちょっと目を離した隙に名前が岩ちゃんにトスを上げていた。もう見慣れてしまった光景を思わずにらみつけた。
正直、名前のトスは普通の部活なら抜き出ていると思う。小学生であそこまでできるのはよっぽど指導者がいいか、名前自身が天才ってやつだからだろう。新人戦で会った、あのいけ好かない白鳥沢のやつのような。

でもそんなの、あっという間にそれ以上の、圧倒的な才能に押しつぶされる。

どんなにうまくても、才能があるやつには勝てない。その先にある景色は見えない。それなのに、なんで諦めない。なんでそんなにがむしゃらで、ひたむきで、貪欲なんだ。

「あのさ、なんでそんなにジャンプサーブに拘るわけ?」

水を飲みながら名前にそう聞いてみた。正直、名前にはジャンプサーブは早いと思う。技術的にもだし、そもそも女子は打点が低いしパワーが乗りきらないから、ほとんどがフローターサーブを使う。だからこそ習得すれば大きな武器になるけど、それは今じゃなくてもいいはずだ。

小学生と中学生とは言っても1年しか差はない。そんな急に男女差がはっきり出てくるわけじゃない。正直、成長期は女子の方が早いから、肉体的に成長しているのは名前の方かもしれない。

だけど、所詮はまだ小学生だ。いくら身長が高いからって限度がある。下手にやると故障につながりかねないっていうのは、こいつも分かってるんだろうけど。そう思って名前を見て、ぞくりとしたものが背中を走った。

貪欲な、何もかも食べつくすほどの欲を出した目。

どんな餌でも欲しい、という欲望が俺にぶつけられる。


食われそうだ、と。思ってしまった。


「私も、なにかひとつほしいんです。私だけにしかない武器。才能がない私が少しでもコートに長く立つには、必要だから」
「…あっそ、勝手にすれば?」
「ありがとうございます!」

そんなにがむしゃらで、いつかこいつも才能の壁にぶつかる。そうしたら、きっと諦めたくなる。俺からバレーを習うこともなくなる。

ただ。

いつだったか、そろそろ帰ろうと声を掛けようとしたとき。汗だくになりながらも、試合中のような集中力でコートを見つめてサーブを放つ名前を見て、背中にぞっとしたものが走った。異常なほどの集中力。同じ練習を幾度となく繰りかえせる力。


それも才能というなら、一体俺には何がある。

俺は、どうしたらいいんだろうか。


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