次の進化までずっといっしょ
練習が終わって、簡単に掃除と片付けを済ませた。バタバタと出ていく俺に大地さんたちが不思議そうな顔をしていたけど、そんなことは知らねえ。
早く早く、と気持ちを抑えて約束の体育館に行くと、そこには既に名前がいた。
高く上がるサーブトス、姿勢のいいジャンプ。コートに突き刺さるボール。やっぱりこいつすげえ、と思った。
動画で見ても凄かったのに、近くで見るとその凄さがさらに増した。こんなに飛ぶのか。こんなに力強いのか。
名前のバレーには、何故かいつも心が惹かれてしまう。
しつこくすがって、かなり嫌な気持ちにさせたと思う。でも俺も譲れなかった。譲りたくなかった。
怪我ではない。でもバレーは辞めた。そんな、わけもわからない理由で。俺は諦められない。
憧れなんだ。お前のサーブもスパイクも。
だからそんなこと言わないでくれよ。
「ノヤっさん!」
龍の言葉に弾かれたように前を見る。
ぼーっとしていた。腕に当たるボールの威力は強くて、バシン、と弾かれた。今のは集中してなかった俺が悪い。転がっていく青と黄色のボールを見る。
「つ、ええ〜、やっぱスゲーな…間近だと」
にや、と龍が笑った。龍も同じだ。
自分より強い相手とやるときに思うのは、大体どっちかだ。怖くて強くて、嫌だと思うか。倒したいと思うか。生憎、俺は倒したいとしか思わねえよ、名前。
「コーナーは狙わないよ。2対2でコーナー狙いなんてつまんないでしょ」
だからその言葉にカチンときた。手加減してやる、みたいな言い方だ。名前のサーブの威力とコントロールを考えれば、コーナーは狙って欲しくない。でも。
それ以上に、俺はお前の本気が見たい。
「本気でこい!ぜってえ取ってやる…!」
コートの向こうにそう叫べば、名前の雰囲気が、ぴり、と変わった。
「…っなら、文句、言わないでよ…っ!」
「サッコォォォォォイ!!!」
放たれるサーブは全部取ってやる。アウトジャッジなんて関係ない。サービスエースなんて決めさせねえよ。リベロとビックサーバー。
俺と、名前の戦いだ。
結局、勝ったのは名前と縁下だった。そもそもセッターの不在、リベロとウィングスパイカーが組んでもあんまり上手くいかなかった。ルール的に制限されるとこはあるにしてもだ。いいなあ、やっぱり6人で、コートで、試合でやりてえ。
「すっげえな!!やっぱ!!すげえとりづらかった!」
「まあ、嫌なとこ打ってるって自覚あるし。つーか、」
そこまで言って、名前はちらりと龍を見た。言うか言わないか迷ったような名前を、はっきり言えよ、と龍が促した。
「じゃあ言うけど、田中。あんたはレシーブ弱すぎ、ジャンプショボすぎ。ストレートはもっと練習して」
思ったより数倍キツい言葉が出て来て俺と力は目を見開いた。いや、まあ、分かってたけど。名前がバレーに関してはきっぱり言うタイプだってことは。
でもその言い方よりも、内容に驚いた。この間烏養監督が言っていたことと一緒だったから。
「あァ!?てめえ…!言いたい放題言いやがって…!」
「じゃあ練…、…なんでも、ない」
龍に返そうとして途中で止めた。龍も不思議そうに名前を見るけど、名前は視線をうろうろさせたままだ。バレーしてるときとも、俺たちを撥ね付けるときとも違う名前がいて、初めてバレー選手じゃない名前を見た気がした。
まるで迷子みたいな名前に、なんとなく昔の俺が重なる。なんでも怖いと言っていた頃。名前にも不安になることがあるんだ、と思ったら。その支えになってやりてえって思った。どんなに落ちても、俺が拾うから。
だから、俺の側でバレーしてくれよ。
「俺は!俺はなんかねえのか!」
「…西、谷は上手いよ。すごく。私が見てきた中でも、指折りのリベロだと思う。センスだけじゃない、正しい努力を、積み重ねて来たプレーだった」
真剣な目をした名前は、真っ直ぐに俺を見てそう言った。今まで上手いも、才能があるとも、何度も言われた。でも、それよりも名前のこの言葉の方が重くて、心に突き刺さる。
憧れていた人に努力を認めてくれた。その人から掛けられる、飾り気のない言葉がこんなにも真っ直ぐで、喜びで震えそうになるなんて、知らなかった。
「でもさ、オーバー苦手なんじゃないの、ほんとは。苦手意識持つ前にどうにかした方がいいと思うけど。あと、位置取りが微妙。時々邪魔になるから視野は広く持った方がいい」
「お、俺とかは…」
「縁下は全体的にプレーに迷いがあるから出だしが遅れやすい。もっと自信持った方がいいと思うけど。性格も派手じゃなくて堅実だし。伸びるよ絶対、真面目に練習すれば」
しん、と体育館が沈黙した。
言い過ぎたかな、と思った。でも、これくらい言わないとこの2人が納得してくれないこともこの1週間で嫌というほど分かった。だから、あえて突き放すようなことを言った。
きっと偉そうにアドバイスしたら怒って離れていくと思ったから。
「「すっげええええ!!!」」
それなのに2人は目を輝かせて興奮して騒ぎ始めた。びっくりして思わず彼らを見ても凄い凄いと騒ぐばかりで、何が凄いのかこれっぽっちもわからない。
動揺する私を他所に、2人はぐいぐいと迫ってくる。余りの勢いに思わず後ずさった。
「なあ!他に!他にはねーのかよ!つーか、名前!お前バレー部来いよ!」
「は!?田中、あんた話聞いてた!?今回だけって言ったよね!?」
そう反論すると、田中がうるせえ!と叫んだ。あんだけ言われっぱなしで引き下がれるか!と言う田中の言葉に二の次が言えなくなる。
「俺はお前とバレーしてえんだよ!次はぜってー勝ァつ!!」
「ちょ、話を…!」
「名前!バレー部来いよ!俺やっぱりお前のサーブもスパイクももっと取りてえ!!つーか色々教えてくれ!」
「だから…!」
「バレーしようぜ!な!?な!?一緒に練習しようぜ!!」
その言葉に、限界だと思った。
「っ!だから!もうバレーはやんないって決めたって言ったじゃん!!!」
自分が思っていたよりも遥かに大きな声が出て、体育館に声が響いた。はっ、として顔をあげると驚いたように私を見る西谷たち。思わず唇を噛み締めた。
なにしてんだろう、私。絆されて、辞めたと思ったバレーやって。動かない体に少し焦って。西谷や田中と戦って。
楽しい、なんて。勝ちたいなんて思って。
「…帰る。今回だけって約束だから。じゃあ」
無理矢理会話を終わらせて体育館を後にする。背中に刺さる視線も全部無視した。
これでいいんだ。もうバレーは辞めた。
期待するだけ無駄だってわかってる。一緒に練習したって、いつか誰もいなくなる。だったら。バレーなんて。
バレーなんて、もう、好きじゃないんだから。
「よっ!名前!」
「はよ!名前!」
「「バレーしようぜ!」」
「は…はあ!?言ったじゃん!昨日!バレーは辞めたって!なのになんで来んの!?」
翌日。朝のホームルームに西谷も田中も来なくて、少しだ安心した。それなのにその次の5分休みでは西谷と田中がやってきた。
挨拶もそこそこに、懲りずにバレーをしよう、と言い出した2人に私は混乱して思わず叫んだ。どういう思考回路したらそうなんの!と言ってもどこ吹く風だ。
「知らねえ!俺は名前とバレーで戦いたいから誘ってんだ!お前がバレー辞めたなんて知らねえ!」
「どんな理屈だっての!私は、もう、バレー好きじゃないんだってば!」
「――本当に?」
西谷の。真っ直ぐ射抜くような視線に思わず言葉が詰まる。ぐっ、と喉まで出掛かった声はどこにも行けなくて、胸の中に戻って来た。
なんで、どうして。たかがいちバレーボールプレーヤーにそこまで拘るの。性別もポジションも違うのに。
どうして、そんな、真っ直ぐでいられるの。
「っ、もう、好きじゃないから、いいの!もうバレーはしないって、決めたの!だから…!」
「じゃあもう1回好きになれば良いってことだな!?」
「はあ!?」
何を言い出すんだ、この男、と思ってももう遅い。完全に勢いに乗せてしまったらしく2人はぴょんぴょん跳ねている。
「よっしゃあ!俺がもう1度、名前がバレーを好きにしてやる!バレーが楽しいモンだって、何度でも思わせてやるよ!」
「ノヤさん!最高じゃねーか!諦めねーからな!俺ら!」
「ばっ…!…だっ…!」
「諦めた方がいいと思うぞ、苗字」
ぽん、と肩を叩かれる。なんでそっち側に行たの、縁下!
完全に孤立してしまった私がなす術なんてない。勢いに負けそうになるのを、なんとかして踏み留まる。これは西谷と私の意地の張り合いだ。なのに、動揺してさっきからちゃんと言葉が出てこない。
「だっ、から…!」
「しゃあ!そうと決まれば俺のローリングサンダーを見て貰うっきゃねえな!?」
「体育館来いよ!黒川さんに入部届貰っとくからよ!」
「ひとの、はなしを、きけええええ!!!」
西谷と田中は教室戻れー、という担任の声を後ろに嵐のような2人。
そんな2人のせいで、この後すぐ、私は体育館で烏養監督に会って、バレーを再開するなんて思ってもいなかった。